総合討論(2)

今度は遠藤先生、「子どもと保護者との間にアタッチメントができない場合は、保育所でもいいという話を聞き、保育士さんたちにもそのように話しています。こうした場合、保護者の支援はどうしたらよいでしょうか。子どもはやはり親との愛を求めているように感じます」という、なかなか難しい質問をいただいています。

遠藤

非常に難しく、重い質問かなと思います。

アタッチメントには一人ひとりの子どもに違いがあり、「安心感の輪」をスムーズに回れていない子どももたくさんいます。たとえば、子どもが怖くて「ぎゃあ」と泣くと、それを嫌うお母さんやお父さんもいるかもしれません。「うるさいからあっち行ってよ」と言われてしまうお子さんもいるかもしれません。泣けば泣くほど、安心感が脅かされてしまう中で、子どもはどうするか。怖くて不安でもあまり泣かなくなるし、くっつこうとしなくなります。これを回避タイプのアタッチメントと呼びます。

一方で、ずっと親のところにとどまって、なかなか離れられなくなってしまうようなお子さんもいます。そういうお子さんは、気まぐれな養育にさらされてることが多いです。「ぎゃあ」と泣いてくっつくこうと思ったときに、いるはずのお母さんお父さんがいない。また戻ってみたら、またいない。もう一度戻ってみたら、ようやくいた。親の都合や気分で受け入れてもらえることがある一方で、全然受け入れてもらえないこともある。そういうお子さんたちです。子どもの視点に立つと、いつ、どうすれば確実にくっついて安心感に浸れるかという見通しが立ちにくいため、警戒心や不安が強くなり、しがみつき、後追いが激しくなります。これをアンビバレントタイプと呼びます。

さらには、虐待にさらされているお子さんは、くっつきたいのか、離れたいのか、よく分からない、どっちつかずの行動を示すことが多いといわれています。不自然に行動が固まる、親が近くにいるとすくんでしまう、不自然にうつろな状態が長く続く、そんなこともあります。虐待は、子どもにとって解決不可能なパラドクスです。本来、親という存在は、子どもが何かにおびえたときに逃げ込むところ、避難所であるはずです。しかし虐待は、子どもにとっての一番の避難所が、子どもにとって一番怖いところになってしまいます。これがパラドクスです。そういう中で、くっつくことも、離れることもできず、時々フリーズするという不自然な行動になって表れることが知られています。家庭の中では、いろいろな事情で、今、申し上げたように、輪っかをうまく回れていないお子さんたちがいるわけです。そういうお子さんたちも、当然、園に入園してきます。そして、入園して間もなく、あるいはその後数か月間ぐらいは、家庭での親子関係を引きずって、先生方にも不安定な行動を見せるでしょう。

そこでぐっと辛抱強く、園の中で、それこそ避難所と基地の役割を、とにかく地道に、愚直に果たそうとすると、家庭の中では輪っかを回れていない子どもも、徐々に園の中では輪っかを回れるようになります。実際、家庭でのアタッチメントと、家庭の外の園でのアタッチメントは、同じ子どもでも全然違う場合があります。これは、たくさんの研究の中で示されていることです。

家庭での親子関係をいい方向に支援することは理想であり、必要なことではあるかもしれませんが、そこはなかなか時間がかかります。その一方で、家庭とは独立した、もう一つの育ちの場として、そうしたお子さんたちの発達を支えていくという考え方も必要ではないかと個人的には思います。

ありがとうございます。やはり頑張ってくださいということです。それは必ず報われるのではないかということだと思います。

次は田中先生、「姉妹のうち、下の子には優しいけれども、上の子には厳しい保護者への対応をどうすればいいか」ということで、具体的な質問が寄せられています。上のお姉ちゃんは、小さい頃からの寂しさも相まって、何かと注目してほしい思いから、自傷行為や、物隠し、周囲へ気をめぐらせ過ぎて落ち着かないということです。

田中

難しい問題ですね。まず自傷行為や物隠しといった行動を、その子がなぜそういう取るのか。発達の特性なのか、アタッチメントの課題から来る孤独感や、信頼感のなさ、感情のコントロールの難しさといったものが行動上に出ているのか。はたまた発達の特性とアタッチメントの課題とが重なって、より育て方が難しくなり、この子に症状が出ているのか。なかなか難しいところかなとは思いますが、しかるべきところにつなげられれば、心理医学、精神学、心理学といったところでアセスメントがなされて、ケアの方針が出てくるのかなと思います。

もしかしたら、やはりトラウマなのかもしれないという視点で、トラウマ・インフォームド・アプローチとして、「ここは危険だよ」、「ここは危なかったね」など、お子さんが思っているであろう感覚について私たちが言語化していく必要もあると思います。先ほど遠藤先生がおっしゃったように、子どもが安全な中で遊べるような環境を整えながら、敏感に子どもたちの応答に気づいて、子どもたちの感情を言語化しながら、情緒的な温かさで遊びを見守る必要もあります。

そのお子さんは、さまざまな理由で褒められる体験がすごく少ないのかもしれません。大人からすれば当然のことかもしれませんが、ご飯を食べていたり、上手に午睡ができていたり、少しでもお片づけができたり、何かそういう少しでもできていそうなことを、「何ちゃん、これはよくできているね」とポジティブな言葉がけをすることで、自己感が取り戻せる可能性というのは、ゼロではないのかなとは思います。

繰り返しになりますが、安全で安心なサークルを園の中でつくっていくこと、そして、何か必要なことがあれば、保健師さんに介入をお願いしたり、親御さんに、「もしかしたら、このお子さんは、少し何かしらの支援が必要なのかもしれませんね。ここに相談してみたら、いい解決があるかもしれませんよ」と専門の窓口につなげていただくということも考えられるのかなと思います。

ありがとうございます。ぜひ参考にしていただければと思います。

では遠藤先生、「乳幼児にアタッチメントが築かれて、その後、環境が悪くなった場合にどういう影響がありますか」という質問が寄せられています。

遠藤

幼少期に安定したアタッチメントがちゃんと経験できていたお子さんでも、家庭環境が大きく変わるなど環境が少しマイナスの方向に寄ってしまうと、一時的にお子さんのアタッチメント、あるいはお子さんの行動が不安定になるということは、一般的にあることです。ただ基盤がしっかりとつくられているお子さんというのは、一時的に環境が少し悪化して行動が不安定になっても、その後、立ち直る確率が非常に高いということも、研究の中で示されています。

先ほどお話しさせていただいたように、根本的なところで「自分はちゃんと人から受け入れてもらえる」「やはり人は信じていいんだな」という感覚が成り立っているからこそ、そういう信頼関係の中で、ちゃんと立ち直ることができるということです。これもいろいろな研究の中で示されていることですので、幼少期のアタッチメントはそういう意味でも重要だということを少し考えていただけるとありがたいです。

ありがとうございます。一時的に環境が悪くなっても、きっと頑張ってもらえる。その根っこを保育者の皆さんがつくっているということだと思います。

では田中先生。「発達に障害があると思われるお子さんとの間のアタッチメントが薄いと悩むご両親を、どのように励まし、援助していけばいいのでしょうか」という質問に対してはいかがでしょうか。

田中

この質問は、回答するのは難しいのですが、先生方がそういう視点を持っておられること自体がすばらしいことで、きっと親御さんにも伝わって、私はこれでいいのかなという自信につながるのではないかと思いました。

発達特性を持つお子さんのペアレンティングについては、構造化された集団で、1時間~1時間半くらいのセッションを5回以上行うペアレントトレーニングがあります。この基盤になっているのは、先ほど紹介したポジティブペアレンティング、肯定的なしつけと同じです。子どもの行動を3つに分けて、好ましい行動、これからも続けてほしい行動が出たら、たくさん褒める、具体的に褒める、ステップを褒める、ということをします。また、6人ぐらいのセッションで、お子さんをどのように褒めるかといったことを、「Aさんというお母さんは、こういう褒め方をしました」、「すばらしいですね」とか、「Bさんというお母さんは、こういう褒め方をしました」、「それもありですね」など、それぞれやっていることをエンパワーメントします。

質問にあったお母さんが実践していることに対しても、「お母さん、これ、いいですね。私も使ってみようかな」などと褒めることをされてもいいのかなと思っています。子どもに過干渉になり過ぎず、上手に距離を空けていたり、上手にセルフケアをなさっていたり、そういったところを一つひとつ先生方が気づいてあげて、「お母さん、すばらしいですね。ぜひ続けましょうね」と励ましたり。また、お母さんがふだんされているような家庭でのしつけに関連して、「こういうことがあったら、お母さんはいつもどうされていますか」と聞いてあげることは、ご自身が日々やっているしつけが園でも継続されるということであり、お母さんにとってきっと自信と安心につながるような気がします。

ありがとうございます。田中先生の資料にあるペアレンティングの知識を園でも活用していただいて、お母さん、ご両親へのアドバイスにしていただきたいと思います。

次は「コロナのワクチンを園児に勧めるかどうか悩んでおり、国や小児科学会の見解を知りたい」との質問がありましたので、私から少しご説明させていただきます。

ワクチンは、医療者が十分に情報を伝えた上で、ご本人、お子さんの場合には親権者である親御さんが判断して接種するものだと思います。特にコロナのワクチンは、熱が出るなど反応がそこそこありますので、そういう意味でも、十分な説明が必要だと思います。

ワクチンについては小児科学会の中でも議論を重ねました。重症化を防ぐということだけは当初からはっきり分かっていたので、2022年の夏頃までは、重症化を防ぐという点でワクチンは意義があるけれども、子どもたちにワクチンを勧めるかどうかについては、親御さんの判断で行いましょうとお伝えしていました。ただ、先ほどお話をさせていただいたように、亡くなるお子さんや、急性脳症のお子さんなどが、決して多くはないんですけれども、一定の数いらっしゃるということで、そのことをお伝えした上で、今はワクチンは推奨すると表現を変えました。マスクに関しても、非常に多くの質問をいただいています。これは、まだ学会として正式にコメントは出していないのですが、これからどのようにコロナの感染対策を緩めていくかということが今後のポイントだと思っています。

私は病院長という立場でもあるのですが、今とても悩んでいます。というのは、患者さんたちは今でも病院の中ではゼロコロナを求めているんです。ゼロコロナを求められる以上は、面会を制限しないといけません。私たちがマスクをしたり、感染対策をすることはやむを得ないことだとしても、当院のスタッフの皆さんは、宴会などは一切していませんし、会食は3人までというような厳しいルールを守っています。これをいつまでやったらいいのかというのは、本当に悩んでいます。

保育園も同じだと思います。保育園にゼロコロナを求めるのではなく、ある程度起こっても、それは社会の中にあるのだから仕方がないと、少し寛容になってもらうことも必要ではないかと思っているところです。また早く感染対策を緩めるという意味では、やはりワクチンは打っていただいたほうがいいかなと思っています。

私自身としては、子どもたちはこれだけ長い間、感染対策で頑張ってきたわけですので 、保育園や学校から基準を緩めていってほしいと思っています。経済的な理由は分かりますが、学校や保育園に感染対策を強いながら、大人だけ勝手にするというのは、どう考えてもおかしいと思っています。

しかしこれは、これから国が感染対策についてどのように指針を出すかというところにかかっていて、特に子どもがコロナ陽性になったときに親御さんが仕事を継続できるかどうかに、恐らく影響されると思っています。

今日の話題にもありましたが、「コロナ禍になり、いわゆる気になる子が増えてきたような気がする」「アタッチメントの問題、あるいは発達の課題があるのではないかと相談されるケースが増えている」というコメントもいただいています。

おそらくコロナによってさまざまなことが変わって、その中で、やはり課題のあるお子さん、課題のあるご家庭がいろいろ苦戦している可能性があります。これからポストコロナで、それがよりはっきりしてくる可能性があるのではと思っています。これまではコロナを発生させてはいけないということで感染対策に必死でしたが、今後はそうした困っているお子さんの存在に早く気づき、対応していける社会にシフトしていく時期ではないかと強く思っています。

これからいろいろな課題が出てくることが想像できる中で、保育者の皆さんにはそれぞれの現場で、いろいろ工夫をしていただかないといけないかなと思います。ただコロナに関しては正解はないので、何を選択されたからといって、間違いではありません。自分たちの選択をちゃんと議論して、ちゃんと園長先生のリーダーシップで決めれば、それでいいのではないかなと思っています。

そろそろ時間ですが、会場からご質問等ございませんか。

質問者

少し変な質問かもしれませんが、コロナ禍で、逆によかった点や育まれたものがあれば、教えていただきたいです。

すごくびっくりした質問で、確かにあまり考えたことがないですね。残念ながら病院ではコロナでよくなったことはひとつもありません。もう嫌なことばかりですけれども、もしかしたら保育園の子どもたちにはいいことがあったかもしれないですね。遠藤先生、いかがですか。

遠藤

私どものCedepではコロナに関わる調査を実施しました。保育者の先生方にもご協力いただいたのですが、その中でコロナがいい方向に働いたのではないかという感想も、実はすごくたくさんありました。

多かったのは、「我々の保育は、そもそも子どものためになっていたかという反省をした」という声です。特に園の行事に関して、子どものためになっていたのか問い直しをした、という意見が多数ありました。行事の目的が保護者に見せることになってしまい、子どもたちの遊びは二の次、三の次になっていたのではないか。本当に子どもにとって必要な行事は何なんだろうか。あるいは子どもの育ちを支えるという中で、日々私たち保育者がやるべきことは何なんだろうか。そういうものを、ちゃんともう一回話し合って、園の保育のやり方をいい方向に変えることができたという声が、意外に多かったです。

コロナ禍が、先生方がより良い保育を考える機会になったのであれば、子どもたちに及ぶネガティブな影響は和らいでいるというか、むしろ子どもの発達が伸びているという側面もあるのではないかなと、個人的にはそういう感想を持ちました。

ありがとうございます。そういうことがあったんですね。素敵なご質問をいただきありがとうございました。

そうしましたら、時間となりましたので、本日のこのセッションを締めさせていただきます。ご協力ありがとうございました。(拍手)