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江崎グリコの事業が軌道に乗った1933年(昭8)に、藤原九十郎(大阪市保健部長)・木下東作(大日本女子スポーツ連盟会長)・平林治徳(大阪府立女子専門学校校長)ら各界の有識者に相談した結果、江崎グリコの企業理念である「おいしさと健康」の精神を生かして、母と子の健康増進に取り組むことになりました。
翌1934年(昭9)2月11日に私費5万円を出捐して母子健康協会を設立しました。まだ厚生省が出来ていなかったころのことです。設立時の役員には、各界から鈴木梅太郎(東京帝大名誉教授)、嘉納治五郎(初代講道館館長)、吉岡弥生(東京女子医大学頭)、恩田和子(全関西婦人連合会理事長)、楠本長三郎(大阪帝大総長)竹内薫平(日本児童学会会長)ら18名が理事・監事・顧問に就任しています。
発足当時の事業としては、母子健康改善についての継続的研究、映画部を設け教育上優秀な映画を児童に提供し情操教育及び保健上の貢献を目的に各地の小学校で無料映画会の開催。この為の保健映画「母の微笑み」を制作しています。この映画会は好評で1940年(昭和15年)まで続けられました。また1944年(昭19)までには「学校給食」「食糧と母子の健康」「妊産婦の保護問題」などをテーマに座談会や講演会の開催、「弁当」「栄養知識」「偏食」「眼の愛護」「乳幼児の栄養」などの叢書発行をおこなっています。
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グリコ東京工場にて(S12)
(左より江崎利一理事長・嘉納治五郎顧問・鈴木梅太郎顧問・江崎清六東京支部長)
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