4.タンデム・マス試験~ガスリー法に代わる新しい代謝産物測定法

先天代謝異常症の早期発見・早期治療に貢献してきたガスリー法ですが、現在我が国ではこの枯草菌を用いたマス・スクリーニング法は用いられなくなっています。ガスリー法に代わる新しいスクリーニング法として用いられているのが、タンデム・マス試験です。アミノ酸などの低分子代謝物の測定方法として近年急速に進歩した技術に質量分析法(マス・スペクトロメトリー)があります。代謝産物の質量(重さ)を非常に正確に測定することで、その物質が何であるかを決定するのが質量分析機です。タンデム・マスの「マス」は、マススペクトロメトリーを指し、「タンデム」は質量分析機を2台直列に繋いだ測定装置を指します。この検査法は、米国で1990年代に開発が進み、我が国では福井大学の重松陽介教授が1977年にタンデム・マス試験を用いた新生児スクリーニングのパイロット研究を開始しました。その後、島根大学の山口清次教授を班長とする厚生労働省の研究班が立ち上がり、我が国の新生児マス・スクリーニングへタンデム・マス試験を導入する研究が進められました。全国各地で多数の新生児を対象にパイロット試験が実施され、実際に患者さんが見つかることが例証されました。この成果に基づき、2011年に厚生労働省母子保健課長通達が発出されて、全国でタンデム・マス試験が新生児スクリーニング法として導入されました。

この測定法には、「微量、多種類、短時間」の3つの特徴があり、ろ紙血中に僅かに含まれる多種類の代謝物を短時間に測定するにはうってつけの方法です。ガスリー法と異なり、アミノ酸以外の代謝物を測定できることから、対象とする代謝疾患の種類が増えました(表3)。

表3 2011年以降の新生児スクリーニング対象の19疾患

タンデム・マス試験ではアミノ酸以外にも、アシルカルニチンという代謝物の定量に威力を発揮します。アシルカルニチンは、カルニチンと呼ばれる物質に結合した生体内代謝物の総称で、代謝性疾患の診断で有用なものは、脂肪酸や有機酸が結合した脂肪酸アシルカルニチンや有機酸アシルカルニチンです。有機酸は、アミノ酸が体内で代謝される時に生ずる物質でアミノ酸からアミノ基が外れた構造を持っています。タンデム・マス試験でこれらのアシルカルニチンの定量が可能になったことで、脂肪酸代謝異常症や有機酸代謝異常症といった、ガスリー法では診断が出来なかった疾患が新生児マス・スクリーニングの対象疾患になり、現在では16の先天代謝異常症を診断できるようになりました。これまでガスリー法でスクリーニングされてきたフェニルケトン尿症、メープルシロップ尿症、ホモシスチン尿症の3疾患は引き続きタンデム・マス試験でも対象疾患となっています。従来のガスリー法で3疾患のスクリーニングを行っていた時代には約6万に1名の患児発見頻度であったのに対し、タンデム・マス試験による16疾患のスクリーニングでは、約1万人に1名と発見効率が大きく向上しています。ガラクトース血症、先天性甲状腺機能低下症、先天性副腎過形成の3疾患は、タンデム・マス試験では診断することができないため、従来の測定法で新生児スクリーニングが継続されています。