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予防接種はなぜ効くか、なぜ必要か。

防衛医科大学校 小児科講座 教授 野々山 恵章 先生

 最近、日本にも新しく多くの予防接種が導入されてきている。なぜ予防接種が必要なのか困惑している方がいると考えられる。そこで、ここでは、予防接種がなぜ効くか、なぜ必要かについて説明する。

予防接種はなぜ効くか(1)

予防接種の効果は、抗体とT細胞(①)免疫によるものである。

(1)予防接種における抗体の役割

a ウイルスの中和

抗体は遊離ウイルスに結合し中和・不活化することで、ウイルス感染防御に重要な役割を果たしている。

B型肝炎は、針刺し事故や、出産時の母子感染などでは、ウイルスが直接血中に侵入しウイルス血症を呈した後に、肝臓にウイルスが定着、増殖する。

肝臓に感染する前のウイルス血症の段階で、特異的に抗体がウイルスを中和することで、肝臓への感染を予防することが出来る。具体的には、リコンビナントHBs抗原を不活化ワクチンとして用い、血中に中和抗体を産生誘導している。世界的には、B型肝炎の予防接種は全員に行うことが標準となっている。この背景には、水平感染が性行為感染を含め様々な場面で起きていてハイリスクの対象を絞れない状態(全員がハイリスク)になっていること、B型肝炎ウイルスがGenotype Aと呼ばれる慢性化しやすいタイプに流行が変化してきて、慢性肝炎、肝硬変、肝癌につながることが挙げられる。なお、日本では生後2ヵ月からの接種のみが認可されているが、欧米では新生児期に全員に接種することを推奨している。

A型肝炎も経口感染し、流行が続いている。特に2枚貝の生食経口摂取により、ウイルスが腸管で増殖し、血中に入り肝臓に到達し、肝炎を発症する。劇症肝炎も報告されている。予防接種しておけばA型肝炎特異抗体が産生され、血中でA型肝炎ウイルスを中和し、肝炎を発症しない。本来は小児を含めて全員に接種すべきであり、アメリカでは1歳から定期接種が推奨されている。

日本脳炎でも同様に、予防接種により誘導された血中抗体が有効である。蚊の虫刺傷により血中へウイルスの侵入がおきても、抗体が存在すればウイルスは血中で中和され感染防御として働き、脳炎の発症を予防できる。5年間勧奨接種が中止されたため、接種率が低下し、抗体を持たない年代が発生した。40代の成人で日本脳炎の発症が多いという現状が有り、子どもだけの病気ではない。予防接種が控えられ接種率が低下した空白の年代が、今後日本脳炎のハイリスクグループになりうる。そこで、この空白の年代については、20歳までは定期扱いとする措置がとられている。日本脳炎の予防接種の推奨を勧めていただきたい。

ポリオは、経口的に感染し、腸管で一次増殖する。ポリオウイルスは一次増殖後、細胞融解により遊離ウイルスとなり血中に侵入し、神経系に至り、神経症状をきたす(小児麻痺)。腸管における感染・増殖を抑えるためには、腸管粘膜における分泌型IgA(免疫グロブリンA)抗体が有効である。すなわち、ポリオの腸管における一次増殖を防御するためには、 分泌型IgA抗体を誘導する経口生ワクチンの効果が高いと考えられる。また、血中IgG(免疫グロブリンG)抗体も産生誘導される。したがって、腸管での一次増殖の抑制と血中でのウイルスの中和の両方の効果がある。

不活化ポリオワクチンでは、腸管粘膜における分泌型IgA抗体産生を十分に誘導出来ないと考えられる。したがって、不活化ポリオワクチン接種者では、腸管でのポリオウイルスの1次増殖は起きうる。しかし血清IgGは十分に上昇するため、腸管から血中へのウイルスの侵入中和抗体で防御し、ウイルス血症による脊髄前角細胞への感染は防御できるため、ポリオの発症を防ぐことが出来ると考えられる。一方、野生型ポリオが蔓延している地域では、腸管からのポリオウイルスの排出を防ぐために、生ワクチンの方が有用と考えられる。

ポリオでは、ワクチン株が野生化して毒素を産生する場合があり、野生化したポリオウイルスが、ワクチン接種者自身にポリオ様麻痺を起こすことがきわめて稀におきる(ワクチン関連麻痺、Vaccine associated paralytic polio, VAPP)。また、ワクチン接種者から排出される糞便からの感染により、抗体を持っていないヒト(ポリオワクチン未接種者)にVAPPを起こすこともあり得る。

ポリオ発症者がほぼ消失した地域では、非経口不活化ポリオワクチンが使われてきている。ワクチンの副反応としてVAPPが極めて稀ではあるが起こりうるからである。日本でも、ポリオ発症者が昭和55年からいない現状から考えて、不活化ポリオワクチンにするべきであり、平成24年度に不活化ワクチンに切り替えられた。いつポリオが日本に持ち込まれるか分からないので、免疫を子ども達につけておきたい。

ロタウイルスワクチンは、経口生ワクチンである。これは、ポリオと異なり、ロタウイルスワクチンの目的は、ロタウイルスが腸管で増殖し、胃腸炎を起こすことを防ぐ事にあるためである。経口の方が腸管でのロタウイルスに対する中和抗体を産生誘導しやすいこと、生の方がT細胞免疫も惹起しヘルパーT細胞(②)がB細胞(抗体を産生する細胞)のクラススイッチを誘導し粘膜免疫で重要なIgA抗体を誘導しやすいこと、さらに、メモリーB細胞(抗原を記憶しているB細胞)、高親和性抗体の産生誘導も起こすのではないかと考えられる。また、ロタウイルスの排除に関わるキラーT細胞(③)の誘導も起こすと考えられる。以上のことから、経口生ワクチンとなっている。ロタウイルスによる胃腸炎は、感染力が強く、ほぼ100%の乳幼児が感染する。脱水により外来点滴や入院加療が必要になったり、脱水によるショック、ロタウイルスによる脳症などの重症化することもありうる。乳幼児のほぼ全員が感染するとされるほど、感染者数が多く、重症化もあり得る疾患であるため、予防接種により感染を防ぎたい疾患である。

生後8週(42日齢)から投与可能であるが、24週(168日齢)までに投与を完了する。これ以降は投与してはならない。2ヵ月児にロタ、Hib(ヒブ),PCV7(小児用肺球菌ワクチン),HBV(B型肝炎)を同時接種する方法が分かりやすい。3ヵ月児にはこれに加えてDPT(三種混合ワクチン)を接種する。

ヒト由来弱毒化1価ワクチン(ロタリックス)と、牛—ヒトの5価ワクチン(ロタテック)があり、いずれも生ワクチンであるが、2回接種と3回接種であるという違いがある。

ムンプス(流行性耳下腺炎、おたふく風邪)、麻疹(はしか)、水痘、風疹などのウイルスは、気道粘膜などで感染が成立し、一次増殖後に血行性に全身に広がり、二次増殖を起こして発症する。例えば、ムンプスではウイルスの一次増殖後にウイルス血症を起こし、唾液腺、膵臓、生殖腺などに至り、そこで二次増殖を起こして発症する。麻疹、水痘、風疹も同様である。したがって、これらのウイルスでは、血中に中和抗体が存在することで、血行性の全身への拡散を阻止し、発症を予防することが出来る。すなわち予防接種で血中抗体が誘導されていれば発症しない。

麻疹は、二次増殖後に血行性に脳に至り、三次増殖を起こし脳炎を発症しうることが知られている。最近の日本における麻疹の流行において、1000人に一人程度で脳炎が発症していることも報告されている。こうした麻疹の発症、麻疹脳炎の発症も、予防接種の徹底により、排除することが出来ると考えられる。MRワクチン(麻疹・風疹ワクチン)を95%以上の接種率で2回接種することで、国内から麻疹をほぼ排除できるとされている。現在日本では麻疹の排除をめざし、感染状況を確実に把握するために、麻疹は全数登録になった。しかし、臨床診断だけでは間違える場合がある。そこで、確実に診断するために、麻疹を疑った場合、PCR法(④)で全例を検査診断できる体制が確立された。すなわち、医療機関等から連絡を受けた保健所は、血液、咽頭ぬぐい液、尿を原則とする検体採取を依頼し、検体を地研に届ける。地研においては、RT-PCR(⑤)で速やかに麻しん検査診断を実施する。得られた結果は早急に保健所に報告する。なお、麻疹IgM抗体測定のみでは、偽陽性、偽陰性があるために確実な診断はできない。確立されたPCR診断体制を有効に活用し、全数把握を実現したい。

ムンプス(流行性耳下腺炎、おたふく風邪)は、合併症があり、軽い疾患ではない。合併症として、 無菌性髄膜炎は約10%に発症するとされており、頻度が髙い。髄液検査をすると、ムンプス患者の62%に髄液細胞数増多がみられるという報告もある。また、頻度はまれであるが、脳炎を起こすことがあり、その予後は不良である。思春期以降では、男性で約20〜30%に睾丸炎、女性では約7%に卵巣炎を合併し、不妊の原因になりうる。また、250〜20000例に1例程度に感音性難聴(⑥)を合併すると言われており、永続的な障害となりうるので重篤な合併症のひとつである。日本では、250〜700人に一人とされている。その他、膵炎も重篤な合併症の一つである。ムンプスの治療として、抗ウイルス薬は存在しない。対症的に治療する。腫脹した耳下腺を冷却、湿布することが行われる。髄膜炎を合併したときは、髄液圧を下げることが、症状の軽減につながる。睾丸炎合併時には局所の冷却が試みられる。予防接種が有効であるので、積極的にワクチンを接種すべきである。現在日本では任意接種であり、しかも殆どの場合1回しか接種されていない。1回の接種率でも約30%程度と低く、年間13万人程度の発症があり、流行が続いている状態である。先進国の多くでMMRワクチン(麻疹、ムンプス、風疹混合ワクチン)の2回接種が導入されていて、ムンプスワクチンの2回接種が行われ、ムンプスの排除に進んでいる。一方、日本では、MMRワクチンによる無菌性髄膜炎の発症が問題になり、中止された。その後MMRワクチンの導入が困難になり、ムンプス排除にはほど遠い。ムンプスワクチンの定期接種化、MMRワクチンの導入が望まれる。ぜひムンプスワクチンの重要性を説明し、2回接種を進めていただきたい。

水痘については、重症化しうること、感染源となることが問題である。水痘は、免疫抑制剤などを使っている場合致死的になることがあること、新生児では母体が水痘抗体を有しない場合感染する可能性が有り、新生児水痘は致死率30%という報告があるほど重症化しうることから、こうした免疫が低下しているヒトに感染させてはならない。また、後述するように、水痘に一旦感染すると生涯にわたり水痘 ウイルスは体内に潜伏し、細胞性免疫が低下する50〜60歳代で帯状疱疹を発症し、難治性帯状疱疹後神経痛の原因となる。水痘は排除すべきである。日本では水痘ワクチンの接種率が30%程度と低迷し、年間100万人発症と流行が続いている。アメリカでは水痘ワクチンの2回接種を定期接種化している。ぜひ、水痘ワクチンを出来れば2回接種するように勧めていただきたい。

局所に感染し、その部位で一次増殖し、そのまま発症するウイルス感染症がある。多くの風邪ウイルス、インフルエンザウイルスは咽頭、上気道に感染し、一次増殖して発症する。ロタウイルスは腸管に感染し、腸管で一次増殖することで発症する。潜伏期が短いのも、一次増殖がそのまま発症につながるからである。したがって、局所での一次増殖を防ぐことが感染防御に必要となる。こうしたウイルスでは、粘膜免疫で重要な役割を果たしている分泌型IgA抗体がウイルス中和の主体となる。したがって、予防接種も抗原特異的なIgA抗体を粘膜に誘導しておく方が有利である。分泌型IgA抗体の産生には抗原の経粘膜投与が必要であり、粘膜生ワクチン(点鼻(インフルエンザ、日本では未承認)、経口(ロタウイルス))が開発されている。なお、インフルエンザワクチンは、3歳未満で0・25cc 3歳以上で0・5ccと接種量が変更になっているので、注意されたい。発症予防の効果は低くても、インフルエンザ肺炎発症などの重症化予防は充分期待できるので、接種を勧められたい。

ヒトパピローマウイルスワクチンは非感染性リコンビナントウイルスをアジュバント(⑦)とともに筋注で免疫するが、血中IgG抗体を自然感染以上に上げる効果がある。これは、血清IgGが子宮頚管粘膜に分泌し中和抗体として働くと考えられている。子宮頸がん予防になるほか、尖型コンジローマの予防にもなる4価ワクチンも導入されている。

①T細胞
 細胞性免疫を司る細胞で、サイトカイン産生、ウイルス感染細胞の破壊などの免疫系の司令塔としての役割を果たす。
②ヘルパーT細胞
 サイトカインを産生し、B細胞の抗体産生を誘導したり、マクロファージを活性化したりして、免疫系を賦活したりする作用がある。
③キラーT細胞
 ウイルス感染細胞を破壊するT細胞のこと。
④PCR法
 ポリメラーゼ連鎖反応 ごく少量のDNAを大量に複製する手法。
⑤RTーPVR
 RNA(リポ核酸)を鋳型に逆転写を行い、生成されたcDNAに対してPCRを行う方法である。
⑥感音性難聴
 内耳又は内耳から聴覚中枢に至る部位に器質性の病変があると考えられる聴覚障害。
⑦アジュバント
 抗体産生をより効果的に誘導する物質。ワクチンで使われている。
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