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温かい心を育むために

東京女子医科大学 医学部長 大澤真木子先生

乳児期の発育・発達

生まれたばかりには、一見、眠ること、お乳をのむこと、泣くこと、四肢を不規則に動かすことくらいしかできないように見えた児が、4か月には首が座り、7か月には座位を保持し、さらにその後、つかまり立ち、四つん這いを獲得し、1歳過ぎには独立歩行し、そして、、、今これをお読みの貴方のように、ご自分の目的を達成するためのしなやかな行動をとれるようになります。なんと驚異的なことでしょうか。子供たちは、保護者、保育機関、学校、地域や交通機関の方々との関わりなど、環境に依存しながら日々変化しています。お子さんの脳には、脆弱性と無限の可能性が備わっています。可能性をできるだけ活かし大切に育むことができたら、素晴らしいと思います。

生後一年間の保護者の方の愛情が「快の感情」を育て、脳の基礎が出来上がる3-4歳頃まで、この時期が愛情形成にとって最も重要であります。

ブリッジスという人の説では、生まれたての乳児には、まだ愛や憎しみや嫉妬などの感情が備わっているわけではなく、快と不快の感覚だけがあり、例えば空腹で不快を感じ、哺乳後空腹が満たされると「快の感情」を覚えるといわれています。この「快の感情」が、将来的には他人への愛情、又、思いやりとして育っていき、不快は、怒りや嫉妬心に育っていくといわれます。このように、環境によって感情が芽生えます。 いつも要求に応じ適切な対応があれば、快の気持ちが育まれます。乳児は、外からの情報を五感で受け止め、見たり聞いたり触れたり味わったり匂いを感じたりする経験は大きな意味を持ち、お子さん独自の神経細胞ネットワークが出来上がって行きます。皮膚は、感覚を受け止める最も大きな器官でもあります。触覚を受容し、様々な体の接触(優しく抱きしめられる、柔らかい服を着せてもらう、そっと撫でられる。など)に敏感に反応します。皮膚は、心理的にも大きな役割を果たし、乳児の幸福感の為に重要であります。大昔からある愛情表現、スキンシップがとても重要なのです。

親子の愛情が育つために、オキシトシンという物質が関係しているといわれます。9個のアミノ酸からできたペプチド(小さなタンパク質分子)で,出産や授乳のときに母親の体内で働くホルモンです。しかし最近脳の中でも信号を伝える神経伝達物質として働いている事が判明しました。脳の働きが異なる二種類(家族型と単独行動型)のネズミでは、家族型ネズミの方が、単独行動型のネズミよりオキシトシンに対する受容体が多く、生まれたばかりの仔を親と引き離した場合、両者のネズミの行動には明白に異なります。オキシトシンに対する受容体の少ない単独行動型の母親は仔に無関心で、仔も母親への執着は強くないのですが、一方同受容体の多い家族性ネズミでは母親は仔が心配で直ちに駆けつけて保護し、仔も懸命に乳首にしがみつくといいます。

人でも、哺乳瓶で育てられた場合に、保護者に抱かれてミルクを与えられた乳児と、抱かれずに飲まされた乳児では、分泌されるオキシトシンの量に差があり、前者の方が高いのです。動物には本来自分以外の生き物を恐れる原始的な本能がありますが、オキシトシンはこの不安をうち消し、親子の強い結びつきを生み出します。哺乳というのは、お母さんに抱かれ、胎内で聞き親しんでいた心臓の鼓動を聞きながら、乳を飲むというとても心地よい体験なのです。お母さんの体内では、出産中にオキシトシンが分泌され、腕に抱こうとする小さな命に愛情を感じるように、化学的に準備されます。又、オキシトシンは臍帯を通り、赤ちゃんに行き、分娩の際に苦しんでこの世にまれた児のストレスを軽減します。授乳により、さらにオキシトシンが分泌され安らぎと親子の愛着が生まれます。こういう過程を通し、お子さんにはお母さん・保護者に対する愛着が育つといわれます。愛着が十分に育っていれば、厭な思いをした時でも、大好きなお母さんに抱き上げられて頬ずりされれば、ちょっとやそっとのストレスはどこかへ飛んで行ってしまいます。お母さんに対する愛着が育っている事も、その後の心の健全な発達には重要なことです。

お子さんがお母さんの言うことを素直にきくのは、お母さんが大好きだからです。大好きなお母さんが怒ったり、悲しい顔をすると、これはしてはいけないという気持ちになってそのことをやめますが、厳しいだけのお母さんやお父さんだったりすると、怖いからやらないけれど、誰も見ていない所ではやってしまうという事がおこります。

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