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「子どもの心身を蝕む社会環境 NO.2」 - 身辺な環境や幼児教育の大切さ -
こども心身医療研究所所長 冨田和巳


心の危機(心がむしばまれる時代)


1.好ましい感覚の失われる時代
 最近は働く母親が増加しているので、乳幼児期の母子関係が時間的に希薄になるのは仕方がありません。家庭の外で母親が働くことを否定するものではありませんが、フェミニズムは「専業主婦は害虫」「育児は苦しみ」といった言葉を使い、母親の家庭での子育てを否定する方向に女性を駆り立て続けています。この結果、物理的な母子関係の希薄化以外に、精神的にも母親の子離れを促していきます。子どもを自立させなければならない思春期に母子密着は困りますが、乳幼児期は母親と子どもは感覚的、情緒的交流が何より大切なことは、先の図示仮説でおわかりいただけたと思います。残念ながら社会の流れには、これを損なわせるような育児が推奨され、実際にも実行されていく怖さを、幼児教育にたずさわる方々は認識していただきたいものです。そして、子育てこそ「次代の人間をつくる」最も社会的な仕事であり、育児を他に委託して母親が家庭外に出ることだけが「女性の自立や自己実現」「社会性をもつ」ことでないと、声を大にして私は訴えたいのです。母親が家庭から出ることを否定しませんが、出る方がよいと考えるのは、少なくとも子どもが乳幼児期では誤っています。英国をはじめ多くの国で「ゆりかごを動かす手は世界を動かすーThe hand that rocks the cradle moves the world」という諺がありますが、まさに次世代を育てる仕事こそが、最も社会的仕事にほかならないのです。もちろん、ゆりかごは父親も動かさなければなりませんが、主に母親によってなされると素直に考えてください。
 その上、何よりも家庭は憩いの場であり、港のようなものですから、それを最適に機能させるには、専業で行う者が一人いる方がよいに決まっています。家庭にいる母親は時間的余裕があることで周囲にも目が向き、それは地域社会にうるおいを与えていきます。心の余裕がわが子だけでなくよその子どもにも注意が向かい温かい眼でみるなど、大切な社会資本を蓄積しているのです。この大切な「社会的」専業主婦の役割を一方的に否定するウーマンリブやフェミニズムの行き過ぎが、米国の家庭や子どもの不幸を生んだことは前号で述べた通りです。なお、このような言い方には、わが子だけに目を向け社会性の無い専業主婦を例にあげて、働く母親の頑張っておられる方と比較して「専業主婦の方がダメ」という反論が必ず出されます。最近はこの種の一見正しいように錯覚させる言い方が多いのですが、比較というのは、あらゆる場合に同程度で条件の違うものの間で行わない限り意味がないことを付け加えさせていただきます。この視点から、私は働く母親のために、保育所を充実させて預かる年齢を引き下げたり、時間を長くしたりすることより、受胎した時から三年間(この意味は前号で述べています)は家庭に帰り、その後の職業復帰が円滑にできるような制度を作ることこそが、本当の育児支援だと考えます。国の将来を真剣に考えず、ひたすら「働く母親のために子どもを預かる/預けやすくする」政策ばかりが論議されている現状は明らかに誤っています。
 閑話休題。4貢の図1—[5]に戻って、以下の文章をお読み下さい。子どもの年齢が上がっても、現代の都市化現象による自然環境の乏しい状況では昆虫を捕って感触を味わったり、昔の身体接触的な遊び(押し競饅頭)をしたりする機会が乏しくなっています。それに代わり提供されたテレビ、ビデオ、テレビゲーム、パソコン(インターネット)などVirtual reality(仮想現実)は、触覚を育てることは一切ありません。せっかく、誕生直後から母親がせっせと触覚を育てても、現代ではそれを壊していく社会環境が待ち構えているのです。
なお、前号で米国の被虐待児の天文学的発生率を紹介していますが、乳幼児期の実母による虐待は、それこそ快い感覚と正反対の苦痛が与えられ、育つのは「恐怖」「自己否定(自尊心欠如)」で、健全な心など出現しません。これが米国で少年凶悪犯罪のこれまた天文学的数字の発生率につながっているのです。

2.好ましい情緒が無くなる時代
 育児ビデオによる養育に代表されるように、情報化が母親の子育てを「知的」に行う傾向を強くしてきました。この結果、ともすれば母親は情報に振り回され、自分の目で子どもをみて、触るような感覚的育児によって情緒を育むことよりも「何歳でこれはできる/有名幼稚園・小学校受験」など、知的育児がなされていきます。
 あるいは、自らの未熟な感情に振り回され、子どもが「自分の思い通りにならない」と、直ぐに「放り出す」「他人(保母・医師など)に頼る」から「殴る」に至る行動も多くみられ、これでは子どもに心地よい情緒など育ちません。
 さらに、年齢が上がると、現代の子どもはほとんどがテレビゲームをしますが、これらは攻撃性や衝動性を高めていく作用があり、男子の場合にはテレビやビデオでも不安や恐怖など生じさせる刺激を好みますから、ますます心地よい情緒が育ちません。

3.過剰・不要な知が優先される時代
 先に述べたように自らの意欲による「知」が出る前に、過剰な「知」が親から強制的に与えられます。さらに、子どもの年齢が上がると、ビデオ、インターネットなどを通じて好ましくない余分な「知識」が与えられていきますから、これまた無駄な知識を詰め込んだ頭でっかちをつくります。

4.積極的意欲の無くした時代
 これまで述べたような状況では感覚・情・知が混乱したいびつな状態で、子どもに積極的な意欲など出ません。これが現代欧米型の先進国特有の子育てになり、意欲を無くした無気力、衝動的な子ども(キレる子)が増加し、凶悪事件が多くなるともいえます。
 このような混乱の最も顕著に現れている米国のことは前号で詳しく述べましたし、これがフェミニズムの本場・米国で出現している事実を、わが国の子どもの育児に関わる方はもっと知る必要がありますが、残念ながら現実にはジェンダーフリー教育や誤った男女平等が善いことのように言われ続けているのが現状です。「川の字で寝る」で代表される「子どもを可愛がる」文化をもつわが国の善さを再認識する必要があります。幸いにもわが国では、未だに先進国のなかではかなり子どもの悲劇はこれでも食い止められているのは、初期の母子関係の豊かさによっています(もちろん、昔に比べてかなり悪化しています)。




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