フォーミュラE開幕戦 マーカス・シモンズ レースレポート

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フォーミュラE開幕戦

昔なじみの仲間と勝ち取ったファステストラップ

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レースの1週間前になっても、北京で開かれるFIAフォーミュラE選手権の開幕戦に佐藤琢磨が出場するかどうかはまだ決まっていなかった。その6日後、“鳥の巣”の愛称で知られる北京国家体育場周辺のサーキットで琢磨がしていたのは、アムリン・アグリから参戦するふたりのドライバーをコーチすることではなく、初開催となったエレクトリック・フォーミュラカーレースでファステストラップを記録し、2ポイントを獲得することだった。

いまさら“アグリ”の名に説明は不要だろう。日本レース界のヒーローである鈴木亜久里は、スーパーアグリを結成して琢磨とともに2006〜2008年のF1グランプリに参戦した。その亜久里がパトロン役を務めるのがアムリン・アグリであり、スーパーアグリ時代から琢磨が知っているスタッフが何人もこのチームに在籍していた。

「EVには関心を持っていました。フォーミュラEは従来のモータースポーツとは大きく異なるもので、未来のイベントといっていいでしょう」と琢磨。「非常に魅力的なシリーズです。イギリスのドンニントンパークで行なわれたオープンテストに参加したときには、スーパーアグリ時代からのたくさんの知り合いに会うことができて、とても嬉しく思いました。フォーミュラEの全チームはドニントンパークに本拠地を構えているのです。このテストに僕が参加したのは、キャサリン・レッグのチームメイトとして出場するはずだったアントニオ・フェリックス・ダ・コスタの都合がつかなくなったのが原因です。チームを取り仕切っているマーク・プレストンから電話が掛かってきて、チームを助けてくれないかと訊ねられたので、僕は『よろこんで!』と答えました。それでイギリスに飛んでいき、ドニントンでマシーンを走らせました。あのコースを走ったのは、イギリスF3選手権でチャンピオンをとった2001年以来のことです!」

「テストが終わると直ちにアメリカに戻り、ソノマとフォンタナで行なわれたインディカー・シリーズの終盤戦に挑みました。そして北京のレースの数日前に、再び電話が掛かってきました。それは本当にギリギリのタイミングでしたが、それでも彼らと中国のレースに出場できるチャンスは残されていました。中国に到着する2日前の晩、僕はシカゴで開かれたABCサプライのイベントに出演していました。そこから日本に飛んでひと晩だけ過ごし−たぶん滞在時間は20時間くらいだったと思います−、そこから中国に向かいました。ただし、インディカー・シリーズのウィンターテストがどのようなスケジュールになるかまだわからないので、フォーミュラEは基本的に1戦だけの参戦です。なにをやるにしても、僕は100%準備を整えてからチャレンジしたいのです」

「チームの手助けができることを僕は本当に嬉しく思いました。なにしろ、亜久里さん、マーク、テクニカルディレクターのピーター・マクール、僕のエンジニアだったジェリー・ヒューズなど、スーパーアグリの頃からの知り合いがみんな揃っていたんです。ジェリーはレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングからインディカーに参戦した2012年にも僕のエンジニアを務めてくれました。メカニックのなかにもよく覚えている顔がたくさんありました。けれども、北京のレースに向けた準備は本当に最小限のことしかできなかったので、厳しい戦いになることが予想されました。僕はワクワクとしていて、いいレースをしたいと願っていましたが、冷静に考えれば、トップチームは長い時間を費やしてこのレースに備えていたので、彼らに勝つのは容易なことではないと感じていました」

フォーミュラEはフリープラクティス、予選、そして決勝をすべて土曜日に行なう1デイ・イベントとして開催される。ただし、開幕戦に限っては、まったく新しいイベントであることを鑑みて、金曜日に短いプラクティスが実施されることとなった。また、バッテリーのライフが短いため、ドライバーひとりに2台のマシーンが与えられ、ドライバーはレースの半ば前後に2台のマシーンを乗り換えることになる。したがって、ここでも戦略を駆使する余地が生まれるが、それはインディカーのように給油やタイア交換を行なうわけではなく、おそらくウィングを調整する程度のことだろう。とにかくフォーミュラEはまったく新しいイベントなのである。

「昔からよく知っているメンバーとパドックで再会する気分は最高でした。F1時代の仲間だけでなく、F3時代から知っているスタッフもいました。金曜日のセッションは、僕たちにとって非常に貴重なものです。いくつものメニューが考えられましたが、実際に僕たちができるのはマシーンのシェイクダウンだけでした。素晴らしいレイアウトが施されたコースはとても興味深く、中くらいの長さのストレートやハードブレーキングをするポイント、さらにはシケインや典型的な90度コーナーもありました。ただしシケインは非常にコース幅が狭いので、2台同時に進入するのは不可能です。もともとオリンピック会場だったところをコースに使っているので、インディカー・シリーズで実際に使われる市街地コースよりもはるかに路面はスムーズでした」

琢磨とアムリン・アグリ・チームは、大抵のレーシングチームが最初のプラクティスで行なう作業、つまり車高やスプリング、そして空力セッティングなどのチェックを行なったが、それと同時に新しい要素であるエネルギー・マネージメントにも取り組まなければならなかった。普通のレースであればただ燃料を消費するだけだが、フォーミュラEにおけるエネルギーのやりとりはもっとはるかに複雑なものだ。「予選ではとにかく最大限のパワーを引き出せばいいので、戦い方としては比較的シンプルです。ただし、モーターとバッテリーはすぐに熱くなるので、計測ラップは2周しか走れません。けれども、2台のマシーンで25周を走行するレースはだいぶ様子が異なります。コースの一部ではエネルギー消費を抑えた走り方をしなければいけませんし、逆にストレートでは大パワーを駆使することになります。とにかくパワー・マッピングが非常に重要となります。これがフォーミュラEにおける最大のチャレンジといってもいいでしょう」

「2回目のプラクティスではマシーン・トラブルが発生したため、計測ラップ2周分しか走れませんでした。また、もう1台のマシーンに乗り換えることもできなかったので、予選シミュレーションを行えませんでした」

トレッドにグルーブが彫り込まれたミシュラン・タイアでさえ、チームに新しい課題を投げかけていた。「18インチ・ホイールを使っているので、タイアのハイトは非常に低くなっています。しかも作動開始温度が低いので、ウォームアップを行なわなくても十分なグリップが得られます。レスポンスの点でも申し分ありませんが、扁平率が小さいためにサイドウォールはとても硬く、このためハンドリングはトリッキーです。ブレーキングも簡単ではありません。フォーミュラEではカーボンブレーキが使われていますが、その温度管理はシビアに行なわなければなりません。もしも正しい温度になっていないと本当にひどい目に遇いますが、その理由の一端はこのマシーンにはブレーキダクトが取り付けられていないことにあります」

「予選で本当にアタックできたのは1周だけでしたが、そのときもトラフィックに引っかかってしまいました。僕の前を走るドライバーはミスを犯し、アタックを中断していたのですが、それでもライン上に居座っていたのです。このため、高速コーナーへの進入だというのに、オーバーテイクするのに1度ブレーキを使わなければいけませんでした」

おかげで予選14位となったが、セバスチャン・ブエミにペナルティが科せられたため、琢磨は13番グリッドからスタートすることになる。ここから先は、結果的に普通のレースとそう大きくは変わらなかった。好スタートを切った琢磨は1コーナーのアウトサイドからジェローム・ダンブロシオを抜き去り、その後スライドを喫したためにターン2には3ワイドで進入する展開となる。ここでブルーノ・セナは琢磨との接触は回避したものの、イン側の縁石に大きく乗り上げてリタイアに追い込まれてしまう。これが引き金となってセーフティカーが出動。その後はオリオール・セルヴィアやネルソン・ピケJr.らと手に汗握るバトルを繰り広げながら、琢磨はギリギリでトップ10圏内に踏み留まるポジションで走行を続けていた。

「レースはとてもエキサイティングでした。なかにはエネルギーを温存しているドライバーもいれば、積極的に攻めているドライバーもいました。ただし、僕のマシーンは無線が壊れていたため、ピットとはまったくコミュニケーションがとれませんでした。これは、テレメトリーシステムを持たないフォーミュラEでは非常に困難な状況といえます。本来は、無線を通じて現在使用しているエネルギー量をピットに伝えるのですが、これができなかったので、サインボードを使って予想されるエネルギー消費量を伝えることにしました。ただし、僕は目標を下回る量のエネルギーしか使っていないことを知っていたので、最初のスティントの周回数を他のドライバーより1ラップ引き延ばせると考えていました。そこから2台目のマシーンに乗り換えたのですが、当然、使用できるエネルギー量は増えるので、レース後半は攻めていけると期待していたのです。ところが、残念なことに電気系統にトラブルが発生したために電源が落ち、マシーンが止まってしまいます。ただし、ダッシュボード上では様々な表示が点滅していたので、エネルギーはおそらく残っていたはずです。僕は何度かリセットを試みましたが、マーシャルの手で待避路に遅戻されてしまいます。最後はマシーンが息を吹き返してくれましたが、そのときには周回遅れとなっていました」

「ようやく2台目に乗り換えることができました。バッテリーは満充電状態で、無線も快調です。僕は徐々にライバルたちに追いついていったので、とても楽しいレース展開となりました。しかも、今回は高いレベルの戦いができたことに深い満足感を覚えました。ところが残念にも最終ラップで電気系のトラブルが再発してしまい、マシーンを停めることになったのです」

残り1周で戦線を離れてしまったが、琢磨は第2スティントが短めだったうえに、ここでバッテリーに充電されたエネルギーをフルに活用することができたので、フォーミュラEの記念すべきファステストラップ第1号を記録することができた。「フォーミュラEにおける史上初のファステストラップをマークできたので、なかなかいい気分でした」

というわけで素晴らしい結末となったが、今後のフォーミュラEに琢磨が参戦するかどうかはまだ決まっていない。なにしろ、インディカー・シリーズの2015年シーズンに向けて盤石の体制を築こうとしている琢磨は、速ければ11月にもウィンターテストを開始することを検討しているのだ。「ファンの皆さんもフォーミュラEのレースを楽しんでいただいたと思います。おそらく、期待以上に楽しかったのではないでしょうか? 実際、フォーミュラEは面白く、チャレンジングで、1年とかからずにもっとエキサイティングなレースとなるでしょう。アムリン・アグリ・チームのみんなと一緒に戦うことができたのは最高の気分でしたし、たとえレースには参戦しなかったとしても、何らかの形でチームのサポートは続けていくでしょう。どんな形でもチームを助けていくことはできます。アムリン・アグリが今後パフォーマンスを向上させていくことを心から祈っています!」

 

インディカー・シリーズ 第18戦 フォンタナ マーカス・シモンズ レースレポート

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第18戦 フォンタナ

心地よいシーズンの幕切れ

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全長2マイル(約3.2km)のスーパースピードウェイ、フォンタナで開催された500マイル(約800km)レースで佐藤琢磨は6位に入り、好調さを保ったまま2014年ベライゾン・インディカー・シリーズを締め括った。

「どうやら悪い流れを断ち切れたようです!」 何度も不運に見舞われながら、シーズン終盤に向けて徐々に調子を上げてきた琢磨は、高らかにそう宣言した。今シーズンが残り5レースとなったとき、困難な戦いを強いられてきた琢磨はポイントテーブルの21番手となっていた。ところがトロントで5位、ソノマで4位、そしてロサンジェルス近郊のフォンタナ(ここではポイントが倍増された)で6位に入った結果、最終的な成績をシリーズ18位まで伸ばすことができた。ちなみに、最後の5戦で獲得したポイントの合計で比較すると、No.14 AJフォイト・レーシング・ダラーラ・ホンダを駆った琢磨は146点で、244点のスコット・ディクソン、204点のトニー・カナーン、チャンピオンのウィル・パワー、そして169点のファン-パブロ・モントーヤに続く5番手の成績だったことがわかる。

フォンタナのレースウィークは実質的に水曜日のオープンテストで幕を開けた。「午後のプラクティスにくわえ、夕方から夜にかけても走行セッションが設けられました」と琢磨。「予選は午後2時の開始、そして決勝はナイトレースなので、これですべてのコンディションを理解することができました。特に日が沈むと気温が急激に下がるので、とても助かりました」

「昨年のフォンタナではマシーンの仕上がりがあまりよくなかったため、今年はセットアップの方針を大幅に見直しました。さらに、今シーズンはオーバルレースが少なかったので、毎戦なにかを学び取り、セットアップを進化させるように努力しました」

「金曜日のフリープラクティスでは、これまでいいと考えられていたものをすべて組み合わせてからテストメニューを始めました。ただし、結果は予想外のもので、別の解決策を見つけ出さなければならなくなりました。特にコーナーでのスタビリティが思わしくありませんでした。フォンタナの路面はバンピーで、車線と車線の間にあるつなぎ目も大きな問題となります。なにしろ、ニュータイアを履いていない限り、車線をまたいで走ることができないほどなのです」

予選は順調で、琢磨はここで4位に入り、3列となって整列するスターティンググリッドでは2列目のイン側に並ぶこととなった。「マシーンの仕上がりについてはまだ確認できていない部分が残っていましたが、すべてうまくいくことを期待していました。ただし、たとえニュータイアを履いていてもグリップは高くありません。なにしろ気温は華氏90度(約32℃)、路面温度は華氏120度(約49℃)を越えるほどだったのです。しかも、フォンタナでよく見られる砂漠からの風が吹き荒れていました」

「コースはいちばん低いイン側がもっとも距離も短いので、そこを走ることも考えられますが、バンプがあるうえに、コーナリングスピードを考えるとバンク角が不十分なため、それはできません。反対に上側にいけば路面はスムーズですが、さすがにいちばん上の車線は走行距離が長くなりすぎます。僕は、ターン1とターン2では高めのレーン3を走り、ターン3とターン4ではいちばん下のレーン1を走ることにしました。アタックの2周目ではタイア・デグラデーションのためにマシーンがやや不安定になり、少しスロットルを戻さなければいけなくなりました。それでも、僕はとてもハッピーでした。すべてをまとめあげたチームは素晴らしい仕事をしてくれたと思います」

予選後の夜遅い時間帯にはもう1度プラクティスが行われたが、ここで琢磨はミハイル・アレシンが派手にクラッシュした影響を受けることとなる。「僕はすごく近くにいたので、マシーンの破片がまるで雨のように降ってきました。その一部はコース上に散らばり、別の一部は僕を飛び越えていきましたが、細かな破片によりウィングやフロアなどがダメージを受けてしまったので、交換しなければなりませんでした。このコースでは、本当に些細なことがマシーンのバランスに大きな影響を与えることになります。なにしろ、フロントウィングは0.1度単位で調整するほどなのです。そこで僕のエンジニアは、500マイルの長丁場であることを考慮し、ややコンサバティブなセットアップでスタートすることを決めました」

琢磨は最初のスティントで8番手に後退。その後、残り75周のときにライアン・ハンター-レイがスピンしてこのレース唯一のイエローが提示されるまで、琢磨は10番手前後のポジションで周回を重ねていった。「これはオーバルではよくあるシナリオですが、タイア・デグラデーションが大きいとき、スティントを長めにするのはあまり得策ではありません。多くのチームは、燃料を使い果たすよりだいぶ前にピットストップを行っていました。ところが、僕たちはピットサイクルのいちばん最後で給油を行うことが何度かあり、そのため何度も順位を落としてしまいました。ニュータイアでは215mph(約344km/h)で走れるのに、タイアのパフォーマンスが落ち始めると平均速度は210mph(約336km/h)か、ひどいと206mph(約330km/h)まで落ちました」

「まるで、目標とする給油の戦略を達成するために、僕たちはどんどん順位を落としているような状況でした。しかし、スティントを短くすることでハイペースを維持したグループは、もしイエローが出なかった場合、燃料を極端にセーブするかピットストップを余計に行わなければならなくなり、順位を大きく落とすことにつながります」

けれども、ハンター-レイのアクシデントでイエローが提示されたことで、フィールドはリセットされ、スティントを伸ばしていた戦略がトップリザルトを得る夢は打ち砕かれてしまう。誰もがピットストップをした結果、リスタートのとき琢磨は8番手。その後、琢磨は11番手に後退し、さらに追い上げて7番手となったが、最後のピットストップ・サイクルで8番手へとポジションを落としてしまう。しかし、エリオ・カストロネヴェスにペナルティが科せられて7番手となった琢磨は、残り19周でパワーを追い越して6位となり、その後はジェイムズ・ヒンチクリフを追走しながらチェッカードフラッグを受けた。

「リードラップに留まることがとにかく大切なので、僕たちはこれを目標に走り続けました。何人かの速いドライバーたちはイエローが出たタイミングによってラップダウンとなっていたのです。僕のコース上のポジションはあまりいいものではなく、失った順位を抜き返さなければいけませんでした。さらには、ラップダウンになっている速いドライバーとバトルをすることもありました。僕たちは最後のピットストップを予定よりもやや早めに行い、ヒンチクリフを追いかけていきました。あとレースが2、3周あったら、面白いことになっていたでしょう。タフで長いレースでしたが、ピットでは一度もミスがありませんでした。メカニックたちは素晴らしい働きをしたと思います」

「4番グリッドからスタートして6位でフィニッシュしたことには少々不満も残りますが、それでも僕たちは力強い走りをして、いい成績を残すことができました。また、シーズン序盤の苦しい戦いのなかから僕たちは見事に立ち直り、終盤戦ではチャンピオンシップのランキングを引き上げることができました。これも素晴らしいことだったと思います」

多忙を極めたインディカー・シリーズはこれで幕を閉じたが、来季に向けた準備など、琢磨は忙しいオフシーズンを迎えようとしている。「本当に過密なスケジュールだったので、しばらく落ち着いた毎日を過ごし、気分転換を図りたいですね。この秋も日本ではたくさんのイベントが予定されていますし、来年に向けた準備もしなければいけません」

「今シーズンはポールポジションを2回獲得し、いくつかのレースでトップを走り、表彰台や優勝を賭けたバトルに何度も挑みました。けれども、そのたびに困難に直面したり、不運に見舞われました。僕たちの本当のパフォーマンスは結果には表れていませんが、僕たちはたくさんのことを学び、そしてかなりの前進を果たすことができました。チーム全員の健闘を称えたいと思います!」

 

インディカー・シリーズ 第17戦 ソノマ マーカス・シモンズ レースレポート

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第17戦 ソノマ

20番グリッドから4位へ駆け上がる!

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ベライゾン・インディカー・シリーズに挑む佐藤琢磨はこれまで何度も好結果を手に入れる寸前までいきながら、彼自身にはどうにもできない理由によりそのチャンスを奪われてきた。ところがソノマでは、まったく逆の状況となった。集団の後方を走る厳しい戦いを強いられていたものが、賢明なピットストップ作戦と冷静なドライビングにより、4位でフィニッシュするという素晴らしい結果に転じたのである。これは、No.14 ABCサプライAJフォイト・レーシング・ホンダが今季獲得した最高位に相当するものだ。

とはいえ、お馴染みの「琢磨にはどうにもできない状況」さえ起きなければ、美しいカーブを描く北カリフォルニアのロードコースで琢磨は勝利をもぎとっていたことだろう。

そのようなことを示す兆候は、少なくとも土曜日にはまったく見られなかった。この日、2度のプラクティスを13番手と15番手で終えた琢磨は、予選で20番手という不本意な結果を残していたのである。「ソノマでは2月にウィンターテストを行なっています。このときは様々なテスト・アイテムを試し、2013年のセッティングを進化させる道筋を探りました。このテストではたくさんのことを学びましたが、期待したほどの成果は挙げられませんでした。それ以来、僕たちはソノマを訪れていません。ただし、他のチームはレースの数週間前にテストを行なっています。その後、プロモーターは2デイのイベントにすることを決め、セッションがひとつ少なくなったので、もしかすると僕たちにとっては不利な状況となったかもしれません。しかも、ふたつのセッションの間にサイン会が開かれたので、データを解析する時間は本当に不足していました」

「フリープラクティス1では、僕たちはまずまずコンペティティブだと感じていました。通常、ソノマはとても滑りやすいコースですが、今回はバランスに関しては良好でした。ただし、グリップは不足気味でした。この状況はフリープラクティス2でも変わらず、ニュータイアを履いてもグリップレベルはほとんど上がりませんでした。そこで、柔らかめのレッドタイアによってフィーリングが改善されることを期待し、推測を交えながら予選に臨むこととなりました。実際、これでタイムは0.7秒ほど向上しましたが、第2セグメントに進出することはできませんでした。これは期待よりもずっと悪い結果で、本当にショックでした」

AJフォイト・レーシングがのんびりと週末を過ごしていたのではないかと思っている人たちのために念のため紹介しておくと、日曜日にはレース前にエンジン交換を行なうこととなり、ウォームアップを早めに切り上げなければならない事態に追い込まれていた。「メカニックたちのウォームアップを兼ねて、通常のピットストップの練習を行いました。その後、周回を始めたのですが、計測ラップを2周終えたところでエンジンが咳き込むようになったので、ピットに戻ってこなければいけなくなりました。メカたちはECUなどの電気系部品を交換しましたが、原因を正確に突き止められなかったため、チームとホンダはエンジンを交換することを決断します。おそらくは燃料ポンプの問題と思われましたが、もしも間違っていたらこの週末を棒に振ることになります。しかも、エンジンはライフの終わりが間近に迫っていました。レースまでに残されていたのは数時間ほどだったので、それは大変な作業でした。そしてまた、まだ2周しか試していない新しいセットアップが、レースではうまくマッチしてくれることを期待するしかありませんでした」

スタートではその答えが得られなかった。前方で起きたアクシデントのため、集団の後方は大混乱に陥り、ここでダメージを負った琢磨は続くイエローコーションの際にピットストップを余儀なくされたからだ。「ソノマはとても印象的なコースで、非常に大きな高低差があります。今回は丘の頂上にあたるターン2で数台のマシーンがスピンし、これを避けるスペースはほとんど残されていませんでした。ここで破片と接触しため、左フロントタイアがパンクし、フロントウィングにもダメージを負いました。僕はピットに戻りましたが、いずれにしても集団の最後方だったことには変わりないので、それまでと同じような形でレースを再開しました」

レース序盤は琢磨にとって厳しいものだった。数周後にグリーンのままピットストップを行い、カルロス・ウエルタスがコース上で止まった結果、琢磨は17番手に浮上。これで2度目のイエローが提示され、琢磨を含む数人のドライバーがピットストップを行った。このイエローの間に琢磨は4回ピットに入り、そのたびに少しずつ燃料を補給していった。「ブラックタイアでペースが伸び悩み、他のドライバーに追いついても抜かすことはできませんでした。そこで、コースコンディションが僕たちのセットアップ向きに変わるのを黙って待つことにしました。ここでレッドタイアを履いてもデグラデーションに苦しめられることはわかっていたので、すぐに交換しようとは思いませんでした」

「ウエルタスがきっかけでイエローになったとき、僕たちは初めてレッドタイアに交換することにしました。けれども、メカニックたちは右リアのホイールの内側に細かい傷があるのを見つけます。このため、何かの部品がホイールに接触している可能性が考えられました。ここでメカニックたちは問題がないことを確認してくれましたが、順位を落とさずに済みました。ただ燃料を継ぎ足して、コースに復帰しただけです」

リスタートして間もなく、接触事故に遭ったセバスチャン・サーヴェドラがコース上に立ち往生したため、再びイエローが出される。ウエルタスがきっかけとなったイエローの際にピットストップしていたドライバー——琢磨とマイク・コンウェイ——はここでストップする必要がなかっただけでなく、もう1度だけ給油すれば最後まで走り切れそうな状況だった。けれども、他のドライバーはピットインせざるを得ない。この結果、琢磨はいきなり5番手まで浮上することとなる。

このスティントで、琢磨は2番手争いを演じるトニー・カナーン、ライアン・ブリスコー、グレアム・レイホールの3人に追走していったうえ、結果的にこのレースで優勝することになるスコット・ディクソン(サーヴェドラのイエロー中にピットストップを行ったなかでは最上位を走るドライバー)を後方に留めておくことができた。「完璧な展開でした。もしも燃料を大幅にセーブすることができれば、あと1回のピットストップで走りきれることがわかっていました。しかも、前を走るドライバーたちがバトルをしていたので、結果的に僕は燃料を無駄遣いせずに済みました。“ディクシー”が後にいましたが、それでも良好な燃費で走りながらコンペティティブなラップタイムを記録できました」

間もなくブリスコーがピットに入り、その8周後にはカナーンとレイホールがこれに続いた。「ピットに入った時点で、彼らが僕に勝つチャンスはないと思いました。僕がしなければいけなかったのは、ひたすら目標とする燃費をクリアするだけでした」

同じ戦略で琢磨の前方を走るドライバーはコンウェイひとりだけだったが、彼は燃料を盛大に消費してトップに立つと、琢磨より1周早くピットストップを行った。これでトップに立った琢磨は次の周にピットイン。しかも、プッシュ・トゥ・パスが使える回数ではライバルを上回っていたのである。

ピット作業を終えてコースに復帰しようとしたまさにその瞬間、琢磨の目の前にマルコ・アンドレッティが飛び込んできた。

「あれは、とても不運な状況でした。僕はディクソンを抑えたままトップでピットに入りました。もしもすべてが順調であれば、彼の前でコースに戻れたはずです。ところが、タイア交換に少しだけ手間取った隙にマルコがやってきたため、発進できなくなってしまいました。これで僕たちは4秒を失い(本当に運が悪かった!)、ディクソン、ライアン・ハンターレイ、サイモン・パジェノー、ファン-パブロ・モントーヤに先行されてしまったのです」

やがてカナーンが最後のストップを行ったことで琢磨は8番手に浮上。その3周後にはレイホールがピットインした。これと同時に琢磨はモントーヤをパスし、5番手に駒を進める。「いいバトルでしたが、燃費を抑えることも忘れませんでした。ジョセフ・ニューガーデンもアタックを仕掛けてきましたが、やがて燃料不足に陥ってペースを落としました。モントーヤはシケインで小さなミスを犯したので、僕はこのチャンスを見逃さず、ターン9でインサイドに飛び込み、彼の前に立ちました。なかなかエキサイティングなバトルでした」

ファイナルラップに入るとき、パジェノーの直後につけていた琢磨は5番手だったが、燃料をほぼ使い果たしていたコンウェイはフィニッシュラインを目前にしてスローダウン。これで琢磨は4位フィニッシュを果たした。「タイアデグラデーションが起きていたので、できることはすべてやらなければいけませんでした。僕は、最後の周のヘアピンでマイクがほとんど加速できないことに気づいたので、最後に残っていたプッシュ・トゥ・パスを使って彼の前に出ました。素晴らしいチームワークと完璧なレース戦略のおかげで最高の結果を得ることができました。本当に嬉しいです!」

もしも最後のピットストップで4秒をロスすることがなければ、このレースで優勝していただろうか? 「もしも勝てるチャンスがあれば、そのときはプッシュ・トゥ・パスを使っていたでしょう。最後の周で、僕はディクソンに追いついていきました……。でも、レースの世界に“タラ・レバ”は禁物です。僕が言えるのは、チームは今日の成績に相応しい奮闘をしたということで、僕はこの結果に満足しています」

驚くべきことに、2014年のインディカー・シリーズはあと1戦で幕を閉じる。なぜなら、1週間後には南カリフォルニアのフォンタナで最終戦が行われるからだ。水曜日に琢磨とチームはそこでテストを行なうが、今シーズンの最終戦でどんなドラマが待っているかは、神のみぞ知るところである。

 

インディカー・シリーズ 第16戦 ミルウォーキー マーカス・シモンズ レースレポート

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第16戦 ミルウォーキー

わずかなチャンスさえ味方にできれば……

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ベライゾン・インディカー・シリーズのミルウォーキー戦も、佐藤琢磨にとっては不本意な結果に終わった。2014年シリーズでいく度となく経験した絶望的な事態こそ起きなかったが、力強くレースを戦うために必要なちょっとした運もとうとう巡ってこなかったからである。

ABCサプライ・ウィスコンシン250が開催されたミルウォーキーは、これまで琢磨が何度も速さをみせつけてきたコースなので、もしもちょっとした運さえ手に入れることができれば、望みどおりの結果が得られたことだろう。そうした思いがあったので、この伝統的なサーキットでの戦いを前にして、琢磨たちは大いなる希望を抱いていたのである。

プラクティスでは、目の覚めるような結果こそ残せなかったものの、納得のいく進歩を果たすことができた。「週末の滑り出しは、あまりいいものではありませんでした」と琢磨。「2ヶ月前にテストしたときとはコンディションが大きく異なっていたのです。このテストでは、昨年のものから一新したとてもいいセットアップが見つかったので、そこからさらに速くする方法が見つかると考えていました。テストのときは気温が低く、様々な比較テストを実施できました。ところが、レースウィークに入ると気温はとても高くなっており、デグラデーションによりタイアの性能がひどく落ち込むようになっていたのです」

「その後も僕たちはいくつかのテストメニューに取り組みました。フリープラクティス1では評価を下すのが難しい状況でしたが、2回目のセッションでは大幅な進歩が見られました」

2周の平均スピードで競われる予選で、琢磨は10番グリッドを手に入れる。「もっといい結果が出せたかもしれません。コースコンディションはまたしても変わっていました。夕方の予選でしたが、まだ日は高く、けれども路面温度は急激に下がっていたのです。プラクティスではスタビリティが不足していましたが、予選ではアンダーステアのことだけを考えればそれで充分でした。つまり、リアのスタビリティが改善されたわけで、これは喜ばしいことです。プラクティスの段階では、全開でこのコースを走るのはおそらく不可能だと思っていましたが、実際に予選が始まってみると、スロットルを戻さなければいけないのはアンダーステアへの対処が必要なときだけで済みました」

「だから、トップ10で予選を終えられたことを喜んでいましたし、セットアップの働きにも満足していました。つまり、いい手応えを掴んでいたのです」

不運にもスタート直後のターン4で大きなスライドを喫したためにスピードが大幅に低下、おかげで最初のスティントでは19番手まで沈み込んでしまう。さらに悪いことに、琢磨の友人であるジャスティン・ウィルソンが16番手につけていたのだが、彼のペースが上がらず、最初のピットストップをグリーンのまま行うまで、琢磨もその後ろに一列縦隊で並ぶことになってしまったのだ。このとき、もしもイエローが提示されればもっといい流れになっただろうが、ここでも琢磨には“ちょっとした運”が欠けていたのである。

「残念なことにホイールスピンを起こしてしまいました。ギアは2速でしたが、ほとんど3速のスピードが出ていたので、本当に驚きました! このときもまだリアタイアが充分温まっていなかったようです。大きく順位を落としたことで、とてもがっかりしました。今年は、本当にオーバーテイクが難しい状況でした。ものすごくコンペティティブかつ僅差の戦いで、誰かを追い越すのは不可能も同然だったのです。1セット目のタイアを履いているとき、マシーンはひどいアンダーステアを示していたうえ、イエローが出ることもありませんでした。タイアが新しいときはいいペースを保てましたが、それは誰にとっても同じことです」

トップを走るウィル・パワーのペースは速く、ピットストップが行われている間に琢磨はラップダウンとなってしまう。続く第2スティントではロシア人ルーキーのミハイル・アレシンとバトルを演じ、2回目のピットストップが始まる前にいくつかポジションを上げることに成功する。

3セット目のタイアを履いて走行しているとき、カルロス・ムニョスがウォールと接触したため、待望のイエローが提示される。けれども、ここでもまた“ちょっとした運”が欠けていた。パワーはピットストップせず、ステイアウトを選んだのである。このため、ラップダウンになっていたドライバーがリードラップに返り咲くチャンスは失われてしまった。琢磨は、ここで多くのドライバーと同じようにピットストップを行い、17番手でコースに復帰することとなる。

レース終盤にもう1度イエローコーションとなり、琢磨は15番手まで挽回した。ここで琢磨は目覚ましいスピードを示し、1周もしくは2周先を走っているドライバーを何人もオーバーテイクした。さらには、3番手争いをするジョセフ・ニューガーデンやトニー・カナーンと一緒に走ることもあった。

「ウィルがステイアウトしたためにリードラップに復帰できなくなったことは本当に辛かった。ひとたびラップダウンになると、たとえどんなことをしてもリードラップに返り咲くのは至難の業です。路面コンディションが期待していた方向に近づくとペースは上がり、僕たちのマシーンがとてもいい仕上がりであることがわかりました。けれども、オーバーテイクがものすごく難しいことには変わりありません。今日のレースでは、コース上のポジションがすべてでした」

「レースを通じて僕たちの燃費は良好で、今日はタイアのせいで誰もがピットストップしなければいけなくなりました。ニュータイアのほうが1秒ほどラップタイムは速かったため、スティントを長引かせると、かえって順位を落とすことになりました。1度だけピットストップ中のタイア交換に手間取ったことがありましたが、それを除けば、メカニックたちはいい仕事をしてくれたと思います。いずれにしても、とても残念な週末でした。ABCサプライは1400人もの家族や関係者を招待し、彼らは熱心に声援を送ってくれたので、苦しいレース展開となったことは本当に残念でした」

立て込んだスケジュールのインディカー・シリーズは間もなく幕を閉じるが、それで琢磨のシーズンが終わるわけではない。最終戦のひとつ前にあたるレースがカリフォルニア州のソノマで行われるが、これに先だって琢磨はイギリスに飛び、スーパーアグリF1チームの懐かしい面々と再会を果たす。新たに始まるEVレースのフォーミュラEのテストがドニントンパークで行われるが、これにアムリン・アグリと名前を変えたチームが参加し、火曜日に琢磨を走らせることになったからだ。それが終わると琢磨は再び飛行機に飛び乗り、ソノマを目指す予定である。

「去年はソノマで苦戦しました。でも、僕たちのロードコース用セッティングは進化しているので、今回はこれが役に立ってくれることを期待しています。きっと、僕たちはいい戦いができるはずです」

 

インディカー・シリーズ 第15戦 ミドオハイオ マーカス・シモンズ レースレポート

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第15戦 ミドオハイオ

闇のなかに消えた“光明”

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ベライゾン・インディカー・シリーズのトロント戦で今季最高位となる5位フィニッシュを果たし、今後にかすかな期待を抱いた佐藤琢磨とABCサプライ・AJフォイト・レーシングの#14ダラーラ・ホンダは、ミドオハイオではいつものような不運につきまとわれることになった。

燃費計算の誤りから、琢磨は90周のレースの37周目にして燃料を使い尽くし、周回遅れとなった。運の悪いことに、これが起きたのは2回目のイエローコーション中のことで、このレースではこれ以降コーションとなることはなく、結果的に琢磨は上位争いに返り咲けなかったのである。

週末を迎えたときには明るい希望を抱いていた彼らにとっては、まったく信じられないような結末だった。「僕たちはトロントが終わってからミドオハイオでテストを行いました」と琢磨。「これはとてもいいテストで、大きな手応えを掴みました。僕たちは過去ロードコースで用いてきたセッティングとは異なるアプローチを試し、様々なことを学びました。これまで僕たちはロードコースでのバランスやグリップがよくなく、ずいぶん苦しんでいたので、これは朗報でした。このため、僕たちは大きな期待を抱いてミドオハイオの週末を迎えたのです」

この流れは金曜日にも持ち越され、最初のプラクティスで12番手だった琢磨は2度目のセッションで3番手へと躍進する。「最初のセッションでは順位がよくありませんでした。でも、このときはテストで積み残しとなっていたプログラムに取り組んでいました。しかも、最後の数周はイエローが提示されていたので、僕はタイムを更新できませんでした。それでもマシーンのフィーリングはとても良好でした」

「2回目のプラクティスは気温がぐっと上がったため、多くのドライバーは午前中のタイムを更新できませんでした。ただし、僕はタイムを伸ばしたほんのひとにぎりのドライバーのひとりとなっていました。このときの展開にはとても満足していて、ようやくロードコース用のいいセッティングを見つけ出すことができたと喜んでいました」

けれども土曜日になると事態は後戻りしてしまう。午前中のプラクティスではトップの0.6秒落ちだったのに、22台中21番手に沈みこんだのである。「信じられないくらいの接戦でした。路面のグリップは向上しているのに、タイアがしっかりと路面を掴んでいる感触がまるでなく、マシーンはあちこちでスライドしました。とても順調なセッションとはいえません。これに続いて予選に出走することになっていましたが、僕たちはセッティングの変更により状況が好転することを期待していました」

けれども、チームはその結果を知ることができなかった。というのも、雨が降り始めたため、予選結果はほとんど運次第となったからだ。そして琢磨や、ミドオハイオ・マエストロと呼ばれて実際に日曜日のレースで優勝することになるスコット・ディクソンらは、予選中にラップタイムを記録することができなくなってしまう。「多くのドライバーが苦しめられましたが、僕もアウトラップでスピンしてしまいました。本当にひどく滑りやすいコンディションで、グリップはまったく感じられませんでした。また、ドライとウェットでこんなに大きな差があるとは思いませんでした。ミドオハイオのラップタイムはドライで1分ほどですが、それがウェットになると30秒も遅くなってしまうのです! 僕はなんとかしてタイアをウォームアップしようとしましたが、ダウンヒルにやってきたとき、速度はたったの40mph(約64km/h)だというのに、まるでスローモーションを見ているかのようなスピンをしました。ただし、まだエンジンがかかっていたので、何の問題もなくスピンターンができると思っていましたが、不運なことにギアがスタックして操作不能になってしまいます。僕はダウンシフトするか、ニュートラルにしようとしましたが、どうにもできません。やがてニュートラルにできないことをソフトウェアが検知すると、エンジンがセーフモードに切り替わり、その10秒後にエンジンは自動的に停止しました。このようなことは二度と起きないように改善しなければいけないと思います」

「これで赤旗が提示されたため、ふたつのベストラップが取り消されることとなりましたが、もしも走行を再開してタイムを3回記録すれば、最後の1ラップ分は有効となります。けれども、オフィシャルが救助に来て、コース上でエンジンの再始動を試みましたが、信じられないことに、スプラインがなぜかスターターとかみ合っていないようでした。これでセッション中の復帰は断たれ、最後尾からのスタートが確定したので、僕はひどく落胆しました」

日曜日のウォームアップで琢磨は6番手のタイムを叩き出し、チームに希望をもたらしたが、他のドライバーたちがどの程度の燃料を積んでいるかについては想像する以外になかった。「僕たちは戦いを再開できたように思われました。少なくとも、期待を抱くことのできる展開でした」

琢磨は好スタートを切ったが、その数秒後にトニー・カナーンとマルコ・アンドレッティが第1コーナーでクラッシュ。この影響でイエローが提示されるとともに、琢磨はフロントウィングにダメージを負い、その交換のためにピットストップを余儀なくされた。「スタートがよかったので、これはいいレースになると思いました。ところが前方でアクシデントが起こってしまいます。このとき、僕の右側には別のマシーンがいたので避けることができず、マルコと接触してフロントウィングを痛めてしまいました。せっかく順位を上げられたのに、ここでポジションを落とすことになったのは残念でした。もっとも、それほど大きく順位を落とさずに済みましたが……」

集団の後方を走行していた琢磨が早めのピットストップを行うのは、悪い判断ではなかったように思えた。このとき、琢磨はこのレースで優勝することになるスコット・ディクソンの直後を走っていたが、そのディクソンが10ラップ目にピットに飛び込んだため、琢磨はその次の周にピットストップを行った。「昨年は上位陣の多くが2ストップで決勝レースを走りきろうと試みました。でも、そのためにはイエローコーションが必要で、燃料をかなりセーブすることが必要となります。いっぽう今回は、予選がウェットだったため、どのドライバーも新品のレッドタイアを3セット持っており、僕たちは多くのドライバーが3ストップ作戦を選ぶだろうと考えていました。いずれにせよ、僕たちは早めにピットしてブラックタイアを使ってしまうことにしました」

2回目のピットストップを行うまで、琢磨は後方集団のなかで走行を続けていた。ようやくピットストップのタイミングとなったその時、ライアン・ハンター-レイがスピンして2回目のイエローが提示された。「燃料が不足していることはわかっていましたが、コーションとなったためにピットロードはクローズとされました。ギリギリの展開で、チームは燃料がまだ持つと考えていましたが、実際には計算間違いを犯しており、僕はガス欠で止まってしまいました」

マシーンはオフィシャルの手で素早くガレージに送り届けられたものの、これで琢磨はラップダウンとなった。「誰ともレースをしていないも同然だったので、かなり辛い展開でした。それでも、またイエローが提示されればラップダウンから抜け出せるかもしれないと思い、決して諦めませんでした。レッドタイアを履いているときのマシーンは決していい状態ではありませんでした。このためラップタイムは伸び悩んだので、本当に苦しいレースでした。ようやくロードコース用のいいセッティングが見つかったと思ったのに、まだこなさなければいけない仕事が残されているようです。これはフラストレーションのたまる状況です」

この課題は2レース後のソノマまでにクリアしなければいけないが、その前にミルウォーキーでの一戦が控えている。全長1マイルのフラットなオーバルコースを琢磨がこよなく愛していることは、皆さんもご存知のとおりである。「昨年はこのコースで素晴らしい走りができましたし、先日もテストを行ったばかりです。このときも大きな手応えを掴んだので、今回も力強く戦えることを期待しています。しかも、今年はABCサプライがレースのスポンサーを務めてくれます。このためたくさんのゲストが訪れてくれる予定なので、ますます僕のモチベーションは高まっています!」

 

インディカー・シリーズ 第13、14戦 トロント マーカス・シモンズ レースレポート

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第13、14戦 トロント

ようやく差し込んだ希望の光

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ついに! トロントで行なわれたベライゾン・インディカー・シリーズのダブルヘッダー戦において、No.14 AJフォイト・レーシング・ダラーラ・ホンダを駆る佐藤琢磨はレース2で5位フィニッシュを飾り、今シーズン・ベストの成績を挙げた。これまで6戦続けて信じられないような不運に見舞われ、完走を果たせなかった琢磨にとっては何よりも嬉しい結果だったといえる。

カナダのオンタリオ州で迎えた日曜日の午後、琢磨はようやく不幸の連鎖を断ち切ることができたが、そこに何かの前兆があったわけではない。むしろ、この週末の始まりにおいても、琢磨の身にはインディカー・シリーズでは通常起きえないような不運が立て続けに襲いかかっていたのである。

2回目のフリープラクティスで12番手となった金曜日の滑り出しでさえ、良い流れというわけではなかった。「昨年開発を進めていたセットアップをベースにしたマシーンをトロントに持ち込みました」と琢磨。「けれども、今シーズンのセッティングは常に変わり続けています。マシーンはまずまずの仕上がりでした。いくつかのことを試したところ、いずれもいい結果が得られました。バランスやグリップに関しては、それほどよかったわけではありませんが、悪かったわけでもありません。1回目のフリープラクティスはまずまずの結果でしたが、2回目のプラクティスでは何度も赤旗が提示され、思ったように走り込むことができませんでした。おかげで十分に確認できないまま、少し想像を交えて予選に臨むことになり、このため難しい状況に立たされました」

琢磨は強敵揃いの予選グループから出走することになった。このためトップ6に食い込むことはできず、予選グループ内の8番手となり、15番グリッドからスタートすることが決まった。「僕たちのマシーンは進化し、トップグループに近づいていました。フリープラクティスのときと比べれば、トップとの差はずいぶん縮まりましたが、それでもスピードはまだ不足していました。僕の予選グループには強力なドライバーが揃っていて、コンマ2秒ほどの差でセグメント2への進出を逃しました。もしも、もうひとつの予選グループから出走していたら、僕はセグメント2に駒を進めることができたはずです」

土曜日の午後には雨が降り、レース1を日曜日に延期するのを決定するまでに長い時間を要した。ライアン・ブリスコー、ウィル・パワー、ファン-パブロ・モントーヤらがセーフティカーラン中にスピンを喫した為、琢磨は12番手までポジションを上げたが、結果的に雨のなかでレースを戦えなかったことで琢磨は落胆することになる。「ヒューストンのときのように雨のなかでレースができれば、もちろんよかったですよ。ところが、オーガナイザーはまずグリッドにコーション・ライトを追加設置するためにスタートを延期しました。スタンディングスタートでエンジンをストールさせると、特に雨のなかではとても危険な状況になるというのが、その理由でした。続いて彼らはスタンディングスタートの実施を取りやめました。これも順位を上げるには絶好の機会だったので、僕は早くもがっかりしていました」

「水たまりもなく、川のように水が流れている部分もなかったので、ウェットレースを行なうには最適なコンディションでした。けれども、視界だけは大きな問題でした。僕は路面から立ち上る水煙の激しさに驚かされました。90mph(約144km/h)で走るセーフティカーの後ろを走っていてもまるで前が見えません。しかも、セーフティカーでさえスピンしてしまったのです! 僕にとってレースが延期されたのはとても残念でしたが、安全性の問題に対して異論を唱えることはできません」

さらに残念なことに、日曜日に延期されたレース1では、オープニングラップでルカ・フィリッピがサイモン・パジェノーをスピンに追い込むアクシデントが発生してしまう。「またしても行き場のない不運に見舞われるなんて、信じられませんでした。僕は、多重アクシデントが起きそうなターン1からターン3までを慎重に通過しました。ところが、ターン4を通り過ぎたところで何かが舞い上がり、煙が立ち上っているのが見えました。そこでまずはブレーキングし、事故を避ける準備をしましたが、僕が事故現場に着いたときにはすでに2、3台のマシーンがコースを塞ぐようにして止まっていました。これで僕もマシーンにダメージを負いましたが、さらに悪いことに、サイモンがスピンターンしようとして僕のマシーンに突っ込んできたのです。まったく、ひどいことでした」

「メカニックたちがピットでマシーンを修理してくれました。彼らは素晴らしい仕事をしてくれて、マシーンに問題がないかどうかを確認するために10周ほど走ることができました」 ピットで長逗留した琢磨は、その日の午後に行われるレース2に備えてマシーンが万全の状態にあることを確認するために周回を行なったのである。

日曜日にレース1を行なうことになった影響で、レース2の予選はキャンセルされ、スターティンググリッドはチャンピオンシップのポイントランキングで決めることとなった。ここのところ不運続きだった琢磨にとって、これはさらに悪い展開といえた。「どうやら不運の連鎖はまだ終わっていなかったようです!」 琢磨は冗談めかしてそう言った。「僕は最後列のグリッドからのスタートで、これもまったくいいことではありません。しかも、グリッドについてみると、スタートの合図を示すライトが見えないことに気づきました。仕方ないので、他のドライバーが発進したのを見てからスタートすることにしました」

「それでも、僕たちはいくつかのプランを用意していました。スタートではもちろん柔らかめのレッドタイアを装着しました。レッドタイアは、最初は速いものの、すぐにデグラデーションが起きてしまいます。燃料の面からいえば1ストップ作戦も可能でしたが、敢えて2ストップとしてレッドタイアで走る周回数を減らすという考え方もありました」

間もなく、カナーンがターン3を直進してしまったためにイエローが提示される。「最初のイエローのタイミングでピットストップを行うこととし、素早くタイア交換の義務を終了させることにしました。ただし、僕たちは、グリーンフラッグが提示されるときにピットに戻るという変則的な戦略を採ることになってしまったため、コースに復帰したときには20秒以上の遅れをとっていました。でも、これは問題ありません。なぜなら、この後で判断の難しい空模様になることがわかっていたからです。そして、本当に雨が降り始めました」 コースが少し濡れ始めたところで、クラッシュしたモントーヤにミハイル・アレシンが突っ込んでいったため、再びイエローが提示された。「チャンスがやってきたことを嬉しく思っていました。僕たちがレインタイアを装着すると雨脚はさらに強くなりましたが、僕たちは戦略的にもポジション的にもいい位置につけることができました」

「トロントの路面は信じられないほど滑りやすいのですが、アスファルトが滑りやすいだけではなく、コンクリートの部分は表面の凹凸がないために雨に濡れるとツルツルになっています。このため、まったくグリップすることができず、まるで氷の上でスケートしているような状態になります。そこでウェットでは、走行できるラインは1本だけになり、アスファルトの上だけを走るようにします。マシーンのバランスはあまりよくありませんでしたが、とにかく順位を守ることはできました。その後、スリックタイアに戻しましたが、レースはとても荒れた展開になりました」

琢磨は冷静に、少しずつ順位を上げていった。「リスクにかける必要はまったくありませんでした。とにかく100%確実な走行に努めました。ところが、リスタート直後のターン3でレイホールが追突してきたため、コーナーの出口でトラクションを失う形となります。とにかくものすごい接近戦で、タイトなヘアピン・コーナーでは誰もがサイド・バイ・サイド、テール・トゥ・ノーズとなっていました。このため、ひとたび勢いを失うと、いくつも順位を落とすことになりました」

レースが残り数周となったとき、ターン3で大事故が起きたが、奇跡的にも琢磨はこれを避け、インサイドのラインを走っていくつも順位を上げることに成功する。「引き続き接近戦となっていましたが、目の前でアクシデントが起きたとき、ついに僕はどちらに進むべきかを選ぶことができました。ここで僕は、スピンして行くマシーンとウォールの間にちょうど1台分のすき間が生まれそうなことに気づき、イン側を走ることにしたのです」

レースがイエローのまま終わるのを防ぐため、直ちに赤旗が提示された。そして7番手でレースに復帰した琢磨は、リスタート後にさらに2台を攻略し、賞賛に値する5位でチェッカードフラッグを掻い潜ったのである。しかも、これはホンダ・ドライバーのなかでベストの成績だった。

「とうとう、僕の不運も断ち切れたようです。本当にこれでほっとしました。特に、最後尾からスタートして5位でフィニッシュできたことに満足しています。チームの仕事ぶりは最高で、ピットストップではメカニックたちが目覚ましい働きをしてくれました。どんなときでもモチベーションを失ったことのない彼らは、最後のピットストップでポジションをふたつも上げるのに貢献してくれました。状況を考えれば、今日の5位は本当に素晴らしい結果です。ようやくいいレースを戦えたことをとても嬉しく思っています」

「トロントにやってくるのをいつも楽しみにしていました。素敵な街で、素晴らしいレストランがたくさんあり、カナダ人ファンの皆さんは最高です。F1の頃はモントリオールでレースが行われていましたが、そこでもファンの皆さんは熱狂的で、どのチーム、どのドライバーにも熱心に声援を送ってくれました。でも、僕はトロントでいい成績を残したことがありません。だから、ここにくるときは少し不安もありましたが、ついにいい成績を収めることができました」

トロントのレースを終えたインディカー・シリーズの一団は、1週間の休みをとった後、ミドオハイオで開催されるロードコースに臨む。「シーズン最後の数戦を本当に楽しみにしています。そして、このいい流れが今後も続くことを期待しています。今週はミドオハイオでもテストを行う予定なので、いい結果が得られることを楽しみにしています」

 

インディカー・シリーズ 第12戦 アイオワ マーカス・シモンズ レースレポート

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第12戦アイオワ

待ち受けていた“罠”

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アイオワ・スピードウェイで開催されたベライゾン・インディカー・シリーズでは、想像もしないような不運がまたもや佐藤琢磨に襲いかかったが、その原因を作ったのは、ヒューストンのときと同じ、ロシア人ルーキーのミハイル・アレシンだった。

全長7/8マイルで、バンク角が大きなアイオワのオーバルで問題のアクシデントが起きたのは、300周のレースの48周目で、雨で中断されていた競技が再開された直後のことだった。

今週末は悪天候に翻弄される展開となったが、琢磨とAJフォイト・レーシングのNo.14 ダラーラ・ホンダは力強い走りを示し、2回目のフリープラクティスでは4番手のタイムを記録した。

本来、このセッションは予選後に実施される予定だったが、激しい雷の影響で最初のセッションが大幅に短縮されたのに続き、2回目のフリープラクティスを予選前に行なうようスケジュールが変更された。「この日は、強くて気まぐれな風が吹き荒れていましたが、マシーンは好調でした」と琢磨。「プラクティスは順調で、力強いパフォーマンスを示すことができましたが、ひとつだけあまり満足できないことが残っていました。僕たちのマシーンはスピードがあったものの、やや危なげなところがあり、リアエンドが不安定に感じられたのです。ターン2とターン4にある大きなバンプを乗り越えるときは、リアのグリップがいまにも抜けてしまいそうでした」

「2回目のセッションは雨のために中断されたので、プラクティスは実質的に40分間しかありませんでした。しかも、最初のセッションではサスペンションに細かなトラブルがあり、パーツ交換のために走行を中断しなければいけなかったので、このときは5周の計測ラップしか走行できませんでした」

残念ながら、琢磨の好調さが予選に持ち越されることはなかった。2011年にはインディカーで初のポールポジションを獲得し、これまでにも何度となく琢磨が輝きを放ったアイオワの予選で16位に終わったのだから、残念というほかない。

「それまではリアエンドに問題を抱えているとは思いませんでしたが、予選を迎えてそれがはっきりと浮かび上がってきたのです。予選では、いつものようにダウンフォースを削り、ハンドリングをできるだけニュートラルに近づけていきますが、アタック中にヒヤッとすることがあり、タイムを大きくロスしました。このため、レースに向けてはセッティングの方向性を見直さなければいけないことになりました」

「アイオワのオーバルはバンク角が大きく、ひどいバンプがあることが特徴です。コーナーでかかる横Gの大きさはシリーズ中最大で、通常でも5G、予選では6Gがドライバーにのしかかります」

予選後のセッションが繰り上げられたことで、AJフォイト・レーシングはセッティングを変更したマシーンを走らせる機会がないまま決勝を迎えることになった。

レースが始まるとすぐに琢磨は16番手から19番手までポジションを落とし、最初のスティントの大半をこの順位で走行した。しかし、やがて雨が降り始めたためレースは一時中断されることとなる。「スタートではグレアム・レイホールとサイド・バイ・サイドになりました。彼はスタート直後のターン2でコースの上側(アウト側)にどんどん寄ってきて、僕たちはサイド・バイ・サイドのままおそらく3/4周ほど走りました。僕は下側(イン側)に降りて別のレーンを走りたかったのですが、彼はどんどん上がってきたので、あまりいい気分はしませんでした。そして僕たちはターン3とターン4でもサイド・バイ・サイドになり、彼はまったく同じことを繰り返したのです。このときはスロットルを大きく戻したため、ポジションを落とすこととなりました」

「ファン-パブロ・モントーヤとのバトルはとても楽しいものでしたが、僕のマシーンはアンダーステアがひどく、タイア・デグラデーションが急激に進行していきました。けれども、僕はこう考えていました。『OK、今日は300ラップのレースだ。だから、いますぐプッシュする必要はない。最初のピットストップまで我慢すればいいんだ』 僕はとにかくリードラップに留まろうとしました。少し危ういときもありましたが、なんとか凌ぎきりました」

雨が止むと、ペースカーに先導されてレースが再開。そしてグリーンフラッグが提示される前に、全ドライバーが最初のピットストップを行なった。「おそらく、みんなタイア交換のためにピットに入ったのだと思います。僕たちはハンドリングのバランスを改善するためにフロントのフラップを調整しました。けれども、その結果を確認することはできませんでした。なぜなら、まったく信じられないようなことが起きたからです……」

「グリーンフラッグが提示されたとき、僕はチャーリー・キンボールとサイド・バイ・サイドをしようとしていました。そして彼をオーバーテイクしたところで、目の前が真っ白な煙で覆われました。アレシンがスピンしたのです。このとき、僕はすでにウォール近くの上側(アウト側)を走っていたので、白い煙のなかに飛び込む以外、なすすべがありませんでした。まったく、何もできなかったのです。僕は思いっきりブレーキをかけましたが、どうすることもできませんでした」

琢磨の“不運な夏”はまだ幕を閉じていないようだが、嬉しいことに、レースは次々と開催される。そこで、いつものように素早く頭を切り換え、今後のことに意識を集中させることにしよう。次戦はトロントの市街地コースで繰り広げられるダブルヘッダー・レースとなる。「アイオワのレースを本当に楽しみにしていました。きっと、この週末で僕たちの巡り合わせが変わると期待していたんです。でも、それは1週間先延ばしになったみたいです! こんなに悪いレースが続いたので、ここからはいい結果を期待したいものです」

 

インディカー・シリーズ 第11戦 ポコノ マーカス・シモンズ レースレポート

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第11戦 ポコノ

あっけない幕切れ

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ベライゾン・インディカー・シリーズに参戦するドライバーにとって、500マイル・レースをわずか62.5マイルで終えるくらい不完全燃焼なこともないだろう。しかし、No.14 AJフォイト・レーシング・ダラーラ・ホンダを駆ってポコノ・インディカー500に挑んだ佐藤琢磨は、電気系トラブルのため200ラップのレースを25ラップで終える不運に見舞われたのである。

琢磨にとってさらに不運だったのは、この週末は土曜日の午前中に行なわれた最初のプラクティスからずっと好調を保ち、上位入賞が期待されていたことにあった。

「シーズン前からポコノのレースを本当に楽しみにしていました」と琢磨。「ポコノはとてもチャレンジングで、ものすごくドライビングが楽しいコースです。3つのコーナーはどれもタイプがまったく異なっていて、ハイバンクのターン1はとても興奮するいっぽう、ターン3にはバンク角がほとんどありません。このため、1周を走る間にも大きなバランスシフトが起こります。ただし、僕たちは去年の段階で良好な仕上がりのベースセットアップを見つけ出していたほか、その後さらにいろいろな理解を深めているので、今年もきっとコンペティティブに戦えるという自信を抱いていました」

最初のプラクティスで琢磨は5番手、続く2回目では7番手となっていた。「とても実り多い1日でした。プラクティス1でもプラクティス2でも僕たちはとてもいい走りができて、順調にマシーンを煮詰めていくことができました。ミルウォーキーのテストで見つけた新しいセットアップの方向性のおかげで、とてもいいクルマに仕上がっていました。それはとても勇気づけられる展開でした」

さらに嬉しいことに、No.14 ABCサプライのマシーンは4番グリッドを手に入れたのである。「予選では、すべてをうまくまとめられたと思います。とても好調でした。ちょっとだけ残念だったのは、予選が終わる10分前まで僕たちが暫定ポールを手にしていたことです。けれども、その後で速いチームがタイムアタックするのがわかっていましたし、コースコンディションはセッションの終盤に向けて徐々によくなっていました。それでも、チームは素晴らしい仕事をしてくれましたし、2ラップのタイムアタックには僕自身もとても満足していました」

「ただし、予選の後にウォームアップなどのセッションが設定されていなかったため、フルタンクでトラフィックのなかを走るチャンスがなく、レースセットアップでひとつだけ確信が持てないことがありました。しかし、ここまで走行した感触から、マシーンの仕上がりはとてもいいと感じていました」

レースが始まると琢磨は10番手まで後退したが、その後の数ラップでジェイムズ・ヒンチクリフ、ライアン・ブリスコー、エリオ・カストロネヴェスらを次々と攻略し、7番手まで挽回。しかし、ブリスコーとカストロネヴェスの反撃にあって9番手となった。

「スタートではエンジンのマッピングが合っていなく、オーバーブーストを起こしてしまいました。インディーカーではオーバーブーストを起こすと、ペナルティとして数秒間だけエンジン・パワーが低下してしまいます。それによってスタートでは大きく順位を落としてしまいました。それと同時に、ダウンフォースも不足気味のようでした。この日は予選日よりだいぶ暖かく、風もやや吹いていました。僕たちは、空気密度はあまり下がらないと予想していましたが、ライバルたちのほうがダウンフォースを余計につけているように思われました」

「今回はインディアナポリスのときと同じような調整式のリアウィングを使うことができたので、レース中でもセットアップの変更が可能でした。やがて僕はスピードを取り戻すと、トップグループと同じくらいのペースで走れるようになり、徐々にポジションを上げていきました。ところが、突然パワーが失われてしまったのです」

25周目を終えた琢磨は惰性でピットまで戻った。しかし、メカニックたちの懸命の作業にもかかわらず、レースに復帰することはかなわなかった。「電気系トラブルが原因で、エンジンそのものに問題がないことはわかりました。僕たちはレースに戻れるよう努力しましたが、原因を突き止めることはできませんでした。そこでガレージにマシーンを押し戻し、いろいろなパーツを取り外していきましたが、エンジンを再始動することはできません。残念ながら僕たちの悪い流れはまだ終わっていないようでした。でも、速さは見せられたと思います」

この後、インディカー・シリーズはシーズン中でもっとも充実して忙しい時期を迎える。なにしろ、アイオワ・スピードウェイで開催される次のイベントまで、わずか数日しかないのだ。そして、このコースでこれまで琢磨が数々の活躍を示してきたことはいうまでもない。

「アイオワも大好きなコースのひとつです。昨年はトラブルによりレースを離脱してしまいましたが、僕たちの速さはお見せできましたし、今回こそはいい結果が得られると期待しています!」

 

インディカー・シリーズ 第9、10戦 ヒューストン マーカス・シモンズ レースレポート

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第9、10戦 ヒューストン

繰り返された悪夢

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昨シーズン終盤に開催されたヒューストン市街地コースでの一戦は、今年は初夏の時期に日程が早められたものの、佐藤琢磨と、ここをホームグランドとするAJフォイト・レーシングにとっては、昨年とほとんど変わらない展開となった。すなわち、トップクラスの速さを示しながらも、運には徹底的に見放されたのである。

今回、琢磨はウェットレースで首位に立つと、後続を大きく引き離していったが、マルコ・アンドレッティの執拗なブロックに行く手を阻まれてしまう。この行為により、アンドレッティには罰金と保護観察の処分が科せられることとなった。これに続くピットストップで2番手に後退したものの、優勝する可能性を大きく残していた琢磨は、周回遅れのミハイル・アレシンによってそのチャンスを奪われたのだ。

ヒューストンでの琢磨は滑り出しから好調で、金曜日のフリープラクティスでは好タイムをマーク。続く予選でも最初のふたつのセグメントをトップで通過し、最終セグメントのファイアストン・ファスト6では昨年に続くポールポジションを獲得することが期待された。

「僕たちには昨年まとめあげた良好なベースセットアップがあって、予選に向けては強力なパッケージを手に入れていました」と琢磨。「レースでのペースは期待したほどではありませんでしたが、それでも好調を保っていました。もっとも、今年はタイアが変わっていたので、昨年のセットアップをそのまま使えるわけではありません。けれども、市街地サーキットにはうまく対応することができました」

「今回はダブルヘッダーレースだったので、土曜日はいきなり予選を戦うことになります。最初と2番目のセグメントでは僕たちはトップに立っていました。予選の戦いはものすごく厳しいもので、非常に僅差でしたが、結果はとても勇気づけられるものでした。2年連続でポールポジションを獲得する自信がありました」

「でも、ファイアストン・ファイアストン6では期待したような結果を得られませんでした。週末を通じて使用できるレッドタイアは3セットだけです。もちろん、土曜日の予選で3セットを全部使うこともできますが、どのドライバーも日曜日のためにニュータイアを1セット残しておきたいと考えていました。このため土曜日は最初のセグメントでニュータイアを投入、2回目のセグメントで2セット目のニュータイアを使い、第3セグメントでは第2セグメントで使ったタイアをそのまま使用するという手法が一般的になっています。そうすれば、第3セグメントでもウォームアップされた状態のタイアを使うことができるからです」

残念ながら、第2セグメントで琢磨はタイアにフラットスポットを作ってしまったため、ファスト6では最初のセグメントで使用したタイアを履いた。ただし、これでは望ましい結果は得られなかった。「タイムアタックでは十分なグリップ力を得られませんでした。ほぼ1秒の遅れをとっていました。タイアのヒートサイクルとなんらかの関係があったはずです」

スタート前に雨が降ったことは、琢磨にとっていいニュースだった。ウェットコンディションで、琢磨はこれまで手をつけられない速さを示してきたからだ。今回も琢磨はいつもどおりの速さを発揮。6番グリッドからスタートしていながら、5周目にはトップに躍り出ていた。スタートでルカ・フィリッピやジェイムズ・ヒンチクリフとホイールをぶつけあう接戦を繰り広げた琢磨は、オープニングラップでフィリッピとスコット・ディクソンを攻略して4番手に浮上。続いてヒンチクリフとエリオ・カストロネヴェスをパスして4周目に2番手となると、5周目にはサイモン・パジェノーのインを鋭くついて首位に立ったのである。

「フロントロウを獲得できなかったのは残念でしたが、雨が降ったので、予選結果は関係なくなりました。僕たちはまったく新しいウェットタイアを履いていました。これはまだ誰も試したことがないものですが、僕は素早くスタートを切ることができました。僕はフィリッピとヒンチクリフの間をすり抜けようとしましたが、フィリッピがどんどんヒンチクリフに近づいてきたので、僕たちは接触することになります。2台が絡んできたために僕はスロットルオフを余儀なくされ、大きく遅れてしまいます。このときはどうしようもありませんでしたが、誰もダメージを負うことなく切り抜けられたのは不幸中の幸いでした」

「その後は次々とライバルたちをオーバーテイクできたので、最高の気分でした! とにかくオーバーテイク、オーバーテイク、オーバーテイクを繰り返し、5周目にはパジェノーに襲いかかります。大きく回り込む高速コーナーのターン5出口で、彼の走行ラインが大きくアウト側にふくらみました。このとき、ちょうど1台分スペースが残されていたので、僕はそこに滑り込み、ヘアピンコーナーのターン6で彼のインを突いたのです。ブレーキングではマシーンが左右に振られました。最高に楽しかったですよ!」

琢磨は26周目までトップを守り続けたが、この間、周回遅れになるのを懸命に避けようとしたアンドレッティに行く手を阻まれてしまう。「ピットアウトしてきた彼は僕の直前でコースに復帰しました。その後、彼はずっと自分のラインを守り、僕を抑え続けました。これにはまったく理解できませんでした。ブルーフラッグがそこらじゅうで振られていました。もう、すべてのコーナーで振られていたほどですが、それでも10周にわたって僕に進路を譲らなかったのです! 僕は無線でチームに状況を知らせ、彼らはレースコントロールとコミュニケーションをとるべく、ありとあらゆることをしてくれました」

「レースコントロールは彼に警告を発しましたが、彼らはそれを無視したのです。マルコがようやく進路を譲ったのは、2度目のブラックフラッグが提示されてからのことでした。このとき、ヒンチクリフに対するマージンは、それまでの4秒強からコンマ数秒まで減っていました」

コースが乾き始めていたため、フルコーションが出された際に琢磨はピットインしてスリックタイアに交換。同じタイミングでヒンチクリフもピットストップを行ったが、カナダ人ドライバーは琢磨の前でコースに復帰していった。そして、彼にかわって琢磨の後方に迫ってきたのは、3番手のドライバーとは別の人物だった……。

「後ろを走っているミハイル・アレシンは周回遅れだったので、僕はヒンチクリフとのバトルに集中していました。ターン6でアレシンは僕のアウト側に飛び込んできましたが、そこで行き場を失い、僕と接触してしまいます。彼が何をしようとしていたのか、僕にはまったくわかりませんでした。そのコーナーでは、イン側からしかオーバーテイクできません。だから、どうしてそこに飛び込んでくるつもりになったのか、僕には見当もつきません。こうして僕のレース1は終わってしまいました。非常に落胆しました」

続いて行われたのはレース2の予選。ここで琢磨は10番グリッドを手に入れる。雨が降ってからグリップ不足に苦しむようになり、予選グループ内での順位は5番手となった。そして決勝のオープニングラップではカルロス・ムニョスをパスして9番手に浮上。ただし、この行為はただちにオフィシャルによって検証されることとなった。コロンビア人ドライバーはターン2のシケインでアウト側にはらみ、琢磨をコースの外側に押し出す格好となる。コースに戻った琢磨はいったんムニョスにポジションを譲ると、これに続くコーナーで再度、抜き返していたのだが、オフィシャルはもう一度ムニョスを先行させるよう、琢磨に指示したのだ。このとき、ムニョスはさらに順位を3つ落としていたので、彼を先行させるためには、その前を走るドライバーすべてに進路を譲らなければならない。しかも、ここで勢いを失ったため、さらに順位を落とすこととなったのだ。

「これで15番手まで順位を落としたので、とてもフラストレーションを感じましたが、とにかく僕は戦い続けるしかありません。僕たちのペースはよかったし、レッドタイアもうまく使いこなすことができました。多くのドライバーがタイア交換のためにピットへ駆け込む姿を目にしましたが、僕たちはほとんど1スティントにわたって走り続けることができ、大きく順位を取り戻すことにつながりました。このスティントの終盤でスローパンクチャーが発生したため、僕は数ラップ早めにピットインすることになりましたが、運のいいことにこれは順位にほとんど影響を与えませんでした」

琢磨はトップ10まで追い上げると、予定していた最後のピットストップを終えたときには6番手へと浮上していた。「とてもいい状況でした。何人かのドライバーは異なるレース戦略を選択していましたが、まずまずの成績を収められると期待していました」

ここで再び、因縁のアンドレッティと出くわすこととなる。「マルコは僕をオーバーテイクすると決めると、ターン4で僕のインサイドに飛び込んできました。彼は僕のボディサイドに接触してきましたが、今回ばかりは運良くウォールと衝突せずに済みました。ただし、タイアにはマーブルやほこりがついてしまいました」

「この後、マシーンの状態が完全ではないように思われたので、僕は念のためピットストップを行うことにしました。このとき、僕たちは最後となるピットストップを行いましたが、残念なことにチームは給油リグをつなぐのに手間取り、およそ10秒を失ってしまいます。僕は全力で追い上げを図りましたが、あるとき深く縁石に乗りすぎたせいでマシーンが浮き上がってしまい、ウォールにヒットし、リタイアを余儀なくされました」

つまり、スピードという面では多くの手応えを掴んだことになる。そしてインディカーの一団は続いて北に進路をとり、1週間後に開催されるポコノ・レースウェイでの一戦に挑むことになる。

「ポジティブに感じられることもいくつかありました。しかも、チームの本拠地と極めて近い場所でレースが開催されたため、メカニックたちやその家族とお会いできたことも嬉しかったです。ABCサプライからも多くの方々が応援に駆けつけてくれ、AJフォイト・レーシングはたくさんの方々から声援を送っていただきました。本当に素晴らしい週末でしたが、僕たちの期待する成績だけは手に入れることができませんでした」

「僕たちはミルウォーキーでテストを行っており、ポコノのベースセットアップも良好な仕上がりを見せています。ミルウォーキーとはだいぶコースの特性が異なりますが、セットアップの考え方は活用することができるので、来週末はいい結果が残せると期待しています」

 

インディカー・シリーズ 第8戦 テキサス マーカス・シモンズ レースレポート

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第8戦 テキサス(決勝6月7日)

断ち切れない不運の連鎖

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またもや不運のレース。テキサス・モーター・スピードウェイで開催されたベライゾン・インディカー・シリーズの一戦に臨んだ佐藤琢磨は、レースが残り10周となったときに13番手につけていながら、エンジン・トラブルのため戦列離脱を余儀なくされることとなった。

率直にいって、それは衝撃的といえる結末ではなかった。1週間前にデトロイトのベルアイルで行なわれたレースでは、なにひとつ過ちを犯していなかったにもかかわらず、No.14をつけたAJフォイト・レーシングのダラーラ・ホンダを駆る琢磨は事故に巻き込まれ、上位入賞のチャンスを奪われてしまった。けれども今回、チームは地元のレースでペースが伸び悩み、苦戦を強いられたのである。

「僕たちにとってはとても苦しい週末でした」と琢磨。「コースを走る時間が非常に短かく、たった1回のプラクティスだけで予選を迎えねばなりませんでした。しかも、今回はナイトレースなので、プラクティスや予選、それに決勝では、マシーンの反応は大きく異なっていました。このため、常に先を見越した戦い方が求められたのです」

「プラクティスは、目を覆いたくなるほど悪くもありませんでしたし、ものすごくいいともいえませんでした。今年のルールに従うと、昨年より大きなダウンフォースをつけられます。2012年、インディカー・シリーズは密集したレースを避けるためにダウンフォースの削減を決めました。昨年は、これがやや行きすぎたものだったことが判明しましたが、この2年間、テキサスのレースは力と力のぶつかりあいではなく、文字どおりのサバイバル戦となっていました」

その理由は、次のようなものだ。まず、ダウンフォースを減らせばマシーンのスライドが増える。するとタイアの性能が急速に低下し、これにあわせてグリップ・レベルも大幅に悪化してしまうのである。いっぽうで、ダウンフォースの増大は、ダラーラDW12のセッティングを見直さなければいけないことを意味する。「テキサス前にいくつかの検討を行ないました。インディ500以降はたくさんの作業を行なったので、強力なパッケージが手に入ると期待していました。けれども、トリッキーでハイバンク・オーバルのテキサスにマッチしたセットアップを見つけ出す作業は、簡単には進みませんでした」

「プラクティスでは予定していたテストをすべて終えるまでには至らず、予選を見据えたシミュレーションもできませんでした。しかも昨年は予選に出走できなかったので、マシーンがどうなるのか、予想するのは困難な状況でした。僕たちはあまり速くありませんでした。スタビリティが不足していたのでダウンフォースを減らすことができなかったのです。けれども、何人かのドライバーは非常に少ないダウンフォースで走っていました。彼らは、僕たちよりもずっと多くのメカニカルグリップを手に入れていたのでしょう。予選では、僕たちより速いマシーンがアグレッシブに攻めすぎた影響もいくぶんはあり、僕たちは16位に留まりました」

予選が行なわれた後の金曜日の夜にはもう1度、プラクティスが実施された。「状況は少しよくなりました。トラフィックのなかを走っていると、タイアのマネージメントが大きな問題であることが明らかになります。僕たちはダウンフォースを元のレベルに戻しましたが、それでもデグラデーションはひどい状態でした。マシーンの感触は、最初の10周はいいのですが、次の10周でデグラデーションが起き始め、その次の10周では徐々に苦しめられるというものです。1スティントはおよそ50周と見込まれていましたが、30周を超すとデグラデーションがひどくていいペースを保てません。いっぽうで40ラップ以上も安定して走れるチームもありました。僕はリア・スタビリティの確保に苦しんでいましたが、ついにはマシーンを改善できないまま時間切れとなってしまいました」

琢磨は、スタートが切られてわずか4周目で最初のイエローが提示されたときも16番手のままだったが、AJフォイト・レーシングはこの機会に彼をピットに呼び戻すこととした。「タイアはまだフレッシュで、燃料もたっぷり積んでいました。けれどもバランスには満足がいかなかったので、フレッシュタイアに履き替えて少しでもアドバンテージを手に入れようとしたのです。上位グループのなかにも同じ作戦を選ぶドライバーがいたので、いくつかの戦略が入り交じった状態となりました」

「スタートのときはまだ暑い状況でしたが、やがて気温が下がると路面コンディションがよくなり、ダウンフォースも増えました。でも、これは誰にとっても同じことです! おかげで少しは状況がよくなりましたが、追い上げを図るには不十分でした」

60周目を目前にして琢磨はリードラップから脱落。しかも、イエローコーションがほとんどなかったことから、追い上げを図るのは非常に困難な展開となった。「リアタイアのデグラデーションがすぐに起きてしまうため、フロントのグリップを落とさざるを得ず、したがってスティントの前半はひどいアンダーステアでした。アンチロールバーやウェイトジャッカーを駆使してもバランスがとれるようなレベルではありません。速いマシーンは、フロントタイアのグリップをより積極的に活用できたようです」

「第2スティントでフロントのダウンフォースを増やしたところ、走り始めはとても速かったのに、間もなくペースは大幅に落ち込んでしまいました。そこで、その後はフロントのダウンフォースを減らし、スティントを通じてできるだけ速いペースを保てるように工夫しましたが、それでも平均スピードは10mph(約16km/h)以上も変化しました。これはオーバルレースでは通常ありえないレベルの落ち込みです」

「それでも僕たちは12番手か13番手あたりで戦い続けていました。ときには順位を上げることもありましたが、大きな変化はありません。周回遅れになったのはやや不運で、挽回するのは困難になりました。最終的にはイエローコーションにより1周は取り戻すことができましたが、おかげで同じドライバーを4回も5回もオーバーテイクしなければならず、少しフラストレーションが溜まりました。そして残り10周となったあたりでトラブルが発生しました。パワーダウンを感じ始めると、その次の周にはエンジンが完全に息絶えてしまったのです」

次戦は、テキサス・モーター・スピードウェイのあるフォートワースからそう遠くないヒューストンで6月27〜29日に開催される。琢磨は昨年、ここでポールポジションを獲得しているので期待は大きく、前回のいい流れが今年に持ち越されることが望まれる。

そして、このダブルヘッダーレースは、待望されたここからの3週間のブレークを迎え、ひと段落したあとにやってくる。「本当に忙しいスケジュールだったので、ひと息つけるのは嬉しいですね。火曜日にはヒューストンでメディアから事前の取材を受けることになっていますが、その後はインディに行って荷物をまとめ、そこからテストが行なわれるミルウォーキーに向かい、さらに日本に飛びます。日本でも完全に休みになる日はありませんが、少しはリラックスできると思います。その後で行なわれるチームのホームレースは楽しみですね。昨年、僕たちは速かったので、今年もいい結果が得られることを期待しています」

 

インディカー・シリーズ 第6・7戦 デトロイト マーカス・シモンズ レースレポート

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第6・7戦 デトロイト(第6戦5月31日/第7戦6月1日)

立て続けに起きた不運

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デトロイトのベルアイルで行われたインディカー・シリーズのダブルヘッダーレースで、佐藤琢磨は抜群に速かった。しかし、運の悪さでも人並みを外れていた。

どちらのレースでも好成績を収めるチャンスがあったのに、どちらのレースでも勝機は琢磨の指の間をすり抜けてしまった。レース1ではレース序盤でギアボックス・トラブルが発生し、レース2ではインディカー・シリーズでキャリア5回目のポールポジションを獲得しながら、琢磨にはまったく非のないふたつの事故に巻き込まれてしまったのである。

インディ500が終わった直後、チームはカナダ国境にほど近い島のなかに設けられた市街地コースに向かった。ここで、AJフォイト・レーシングのダラーラ・ホンダに乗る琢磨は滑り出しからまずまずの速さを示し、最初のプラクティスではトップ10に入ってみせた。

「とても忙しいスケジュールでした」と琢磨。「ダブルヘッダーレースはいつも忙しいものですが、予選前には45分間のプラクティスが2度あるだけでした。ここで上手くいけば2レース続けていい結果が残せるでしょうし、そうでなければ2レースを立て続けに失うことになります! 僕たちは比較的いいスタートを切りました。バランスが特別よかったわけではありませんが、少なくともトップ10に入ることはできました」

それでも残念なことに、琢磨は予選のセグメント2に進出できなかった。極めてコンペティティブな予選グループ内で8番手に終わったからだ。このため琢磨は15番グリッドからスタートすることが決まった。「プラクティスの結果から考えれば、もう少しいい成績が手に入ったはずです。けれども、スケジュールに余裕がなければ、いくら何かを学び取ってもそれをテストで反映させる機会はなく、確実にパフォーマンスに繋げることはとても難しいのです。予選は朝の8時30分に始まるというタフなもので、気温が低いためにグリップは高く、空気の密度も高い状態でしたが、僕たちはグリップ不足に悩まされました。あと100分の数秒速ければセグメント2に進出できたのに、それができませんでした」

土曜日のスタートでは、柔らかめのレッドタイアを履くウィル・パワーとサイモン・パジェノーが強引に割り込んできたため、琢磨は18番手に後退する。けれども、その後でパジェノーとパワーは接触、パジェノーはリタイアに追い込まれ、イエローコーションとなった。このとき琢磨は、その後のピットストップの展開によりこのレースで優勝することになるパワーを追い越していた。「すべて満足のいく状況でしたが、数周するとギアボックスが問題を起こすようになりました。3速から4速にシフトアップできず、4速を飛び越えて5速に入ってしまうトラブルでした。しかも症状は安定せず、次第に深刻な状況に陥っていきました。このためピットに戻るしかありませんでしたが、ここでメカニックがギアボックスに小さな問題を見つけます。結果的にコースには復帰できましたが、数周のラップダウンになっていたので、残る周回はテストとして利用することにしました」

けれども、どんな災いにもいい部分はあるものだ。なぜなら、このときの努力が実を結び、チームは日曜日の予選でポールポジションを勝ち取るマシーンを作り上げることができたからだ。「僕たちはいろいろなことを学びました。ただし、タイアの空気圧を変えたりとか、ほんの小さなことです。けれども、これがとても役に立ちました。僕たちにとっては必要なことだったし、ポジティブな影響を及ぼすことになったのです」

トラブルが起きたとき、琢磨はパワーに先行していた。あのままいけば、琢磨は優勝できたのだろうか? 「そうは思いません。デトロイトの路面はレッドタイアとの相性が非常に悪いようです。最初の数周は高いグリップ力を発揮しますが、その後グレイニングが起き、パフォーマンスは急激に低下します。このため、レッドタイアでの走行は最小限に留める必要があります。僕はブラックタイアでスタートしましたが、当然、途中でレッドに交換しなければいけません。いっぽうのウィルは、このときすでにレッドを使い終えていたのです。しかも、デトロイトの特徴的な路面にあったタイア空気圧にあわせることができなかったため、僕たちは苦しむことになります。おかげでドライブしにくい状況でしたが、それでもコースに戻って何かを学び取ることが重要でした」

結果は18位だったが、全体で8番目に速いファステストラップを記録したことは何らかの可能性を示していた。実際、日曜日朝の予選で琢磨は大きな飛躍を遂げることになる。「土曜日の夜、エンジニアたちとディスカッションしました。その後、僕は真夜中に目が覚めます。そこで僕はセットアップをどう変更して欲しいかについて、エンジニアにメールで知らせました。翌朝にもミーティングはありますが、それからではメカニックたちがジオメトリーを変更する時間はありません。朝、目覚めると、エンジニアから『そうしよう!』という返事がきていました。これで予選が本当に楽しみになりました」

今回は、3段階で行われる通常の予選は実施されず、ふたつの予選グループに分かれて1度だけセッションが行われることになった。琢磨はふたつめのグループから出走した。「最初のグループでジェイムズ・ヒンチクリフがものすごいラップタイムを記録しました。1分16秒で走れるドライバーがいるなんて、想像もできませんでした。なにしろ、僕が土曜日にマークしたタイムは1分18秒3でしたから! けれども、自分がアウトラップを走ってみて、路面のグリップレベルがどれくらい上がっているかに気づき、驚きました。ラバーがしっかり乗っているうえに気温が低かったので、コンディションとしては理想的だったのです」

「僕自身がアタックするのを楽しみにしていましたが、僕の直前でライアン・ハンター-レイがウォールと接触してセッションは赤旗中断となってしまいます。僕のマシーンはまだ完全にウォームアップが終わっておらず、クルマの挙動も十分に把握できていませんでした。レッドタイアでアタックする前に、何周か走ってブレーキやギアボックス・オイルなどの温度を上げて、準備万端にしておきたかったのです。けれども、セッションは残り数分しかありませんでした。最初のアタックでのタイムは1分17秒でしたが、このとき、僕はこう思いました。『マシーンの状況はいいし、グリップレベルは高いし、まだタイアはデグラレーションを起こしていない……』 そこで僕は最後の1周にすべてを掛けてアタックしましたが、これは最高のフィーリングでした。すべてのコーナーでマシーンは素晴らしいパフォーマンスを示し、最終的にはコースレコードでポージポジションを獲得できました。言葉では言い表せないくらい最高の気分で、深い満足感を味わうことができました」

「レースのスタートもうまくいきました。誰にも抜かされることなくトップでターン1に進入していき、何の問題もありませんでした。すべて順調だったのです」

マイク・コンウェイを除くすべてのドライバーがレッドタイアでスタートしており、早い段階でイエローコーションとなることを誰もが期待していた。そうすれば、残り周回数はブラックタイアで走りきれるからだ(インディカー・シリーズではレース中にレッドタイアとブラックタイアを少なくとも1度ずつ使用することが義務づけられている)。彼らの判断は間違っていなかった。序盤に3台が関係するアクシデントが発生したため、集団の後方を走るドライバーがまずブラックタイアに交換。2回目のイエローで、琢磨を含むトップグループがピットストップを行った。ピットではエリオ・カストロネヴェスとライアン・ブリスコーに抜かれたため、実質的に琢磨は3番手となったが、コース上での順位は17番手だった。「ピットストップで少し遅れました。ただし、まだピットしていないドライバーもいたので、レースはとても難しいものになります。あるときはブリスコーをオーバーテイクして、また次のときはポジションを落とすといったことの繰り返しでした。とても楽しいレースでしたが、やがてとんでもない災難に巻き込まれてしまいました」

2回目のピットストップを行ったとき、琢磨はジャック・ホークワースの直後につけていた。ブリスコーはすでにピットを終えていて、琢磨はコースに復帰すると、間もなくオーストラリア人ドライバーの攻略に成功する。次の周にホークワースがピットストップを行い、琢磨の目の前でコースに復帰してきた。「ブリスコーは最初のピットストップであまりたくさんの燃料を給油していませんでした。おかげでピット作業では僕をオーバーテイクできたのですが、その後ピットストップでは長いスティントを走行しなければいけません。ジャックがコースに戻ったとき、彼のタイアは冷えた状態でしたが、僕とブリスコーのタイアはウォームアップが終わっていました。ターン3へのブレーキングでジャックとサイド・バイ・サイドになりましたが、僕はアウト側から無理なくオーバーテイクしました。ところが、僕とジャックの間に突然ブリスコーが割り込んできたのです。すでに僕は完全にコーナリング中だったのに、彼は止まりきれずにぶつかってきて、僕をスピンに追い込んだのです」

これで琢磨はリードラップの最後尾に転落。けれども、このときコース上を走る誰よりも速いペースで驚くべき追い上げを図ると、集団の後方に追いついたのである。「僕はものすごく怒っていました。でも、マシーンが好調なのはとにかく嬉しいことでした。そのままいっていれば……、どうなっていたかはわかりませんが、ひどく悔しかったことは間違いありません」

セバスチャン・ブールデがクラッシュしたこともあり、レースが残り6周となったとき、琢磨は11番手を走行していた。ところが、琢磨はマルコ・アンドレッティから同じような仕打ちを受けることになる。その後、マルコにはペナルティが下された。「残念でした。またもや追突されて、今回はウォールに接触してしまいました」 結果? またもや18位フィニッシュという残念なものだった。

「とてもフラストレーションが溜まりましたし、とても落胆しました。僕たちには勝てるマシーンがありました。懸命に働いてくれたチームのスタッフには心からお礼を申し上げます。ポールポジションを獲得できたのは最高の気分でしたが、優勝はまたもお預けとなりました。でも、僕はこれからもチャレンジし続けます」

そのチャンスは、今週末やってくるかもしれない。というのも、AJフォイトのホームレースであるテキサス・モーター・スピードウェイでの一戦が開催されるからだ。「今度もオーバルなので、とてもエキサイティングな気分です。インディ500ではレースデイにとても力強く走ることができました。あれからまだ1週間しか経っていませんが、ずいぶん前のことのような気もします。インディとテキサスではコースが異なりますが、ポジティブな部分を取り込むことはできるので、最高の結果を残したいと思います。チームのためにも、多くのポイントが絶対に必要なのです」

 

インディカー・シリーズ 第5戦(インディ500) マーカス・シモンズ レースレポート

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第5戦 インディ500(決勝5月25日)

レースを台無しにしたカーボンパーツ

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2014年インディ500が残り32ラップとなったターン4でスコット・ディクソンがウォールに接触したとき、このレースが残念な結果に終わったドライバーはディクソンひとりだけでは済まなかった。

クラッシュしたマシーンの破片が、その数台後方を走行していた佐藤琢磨が駆る#14 AJフォイト・レーシング・ダラーラに突き刺さってしまう。さらにアクシデントが発生して残り21周で再スタートが切られたとき、琢磨は5番手につけており、フィニッシュまで力強くレースを戦うことが期待されていた。ところが、マシーンに突き刺さった破片がブレーキのような役割を果たしたことでライバルたちに抜かれ、きわめて残念な19位でレースを終えることになったのだ。

もっとも、19位という順位は、琢磨がもともとスタートしたポジションとそう変わらない。予選でスピードが伸び悩んだ琢磨は、33台が3列に並んでスタートを切るインディ500の伝統的なスターティンググリッドにおいて、8列目中央のグリッドに並んでいたのである。

「昨年のレースで到達した位置から継続する形で今年のテストプログラムを始めることになりました」 インディアナポリスでのプラクティスが始まった当初、琢磨はそう語っていた。「そして開発する必要のある領域について取り組みました。プラクティスは7日間、クォリファイは2日間ありましたが、そのうちの数日は雨が降ったので、自分たちが思ったとおりの距離を走れたわけではありません」

予選が行われる週末を迎えると、ポールポジション獲得を賭けて9台だけが出走できる“シュートアウト”に琢磨が進出するのは困難に思われてきた。「クルマは徐々によくなっていきましたが、それでも予選に向けて十分なスピードが手に入ったとは思えませんでした。ファスト・フライデイ”では、スピードの伸びがいまひとつで、バランスにも満足できませんでした。しかし全体のレベルは高く、230mphを越えるドライバーが多くいたことを驚異的に思いました。」

ホンダ勢で予選最高位に入ったのはジェイムズ・ヒンチクリフで、実際、彼は230.839mph(約369km/h)をマークしていた。いっぽう、琢磨のベストは229.201(約367km/h)で、ほんのわずかな差しかなかったことになるが、これこそ、今年のインディ500の予選がいかに熾烈な争いだったかを示しているといえる。「ホンダとHPDはツインターボ・エンジンの開発を見事にやり遂げたと思います。だから、自分もこのレベルで戦えなかったことはとても残念です。土曜日は気温も低くコンディションが良かったので、もう1度アタックすることを希望していましたが、セッションは雨のため1時間半にわたって中断されました。この結果、僕たちは記録を更新することができませんでした」

「日曜日も難しい状況で、アタックは1度しかできません。この日はずっと温かくなりましたが、思うようにスピードを乗せることができませんでした。僕にとってのファステストラップでは、ターン3でウォールぎりぎりのところを走りました。1インチ(約2.54cm)もなかったくらいです! それでも僕はスロットルを緩めませんでした。僕たちのマシーンはスタビリティが不足していたので、ラインはどうしてもアウト側にふくらんでしまいます。結果は23位。自分たちの期待とは違っていましたが、決勝に向けては、この結果自体は構いませんでした」

「月曜日はフルタンクでのテストを行いました。予選後のプラクティスは今年はじめて行われた試みで、レース時の走行をシミュレーションするつもりでした。そこでトラフィックのなかを走ろうとしましたが、あわせてマシーンのバランス取りもしていました。このときも思うような結果が得られなかったうえ、小さなトラブルで走行時間が失われてしまいました」

「金曜日に行われたカーブデイでは1時間走行できましたが、引き続きバランスに関しては満足できませんでした。トラフィック内でのスタビリティが低いうえにアンダーステアも解消できていませんでした。このアンダーステアの問題を解決しようとすると、今度はスロットルを踏んだときにリアが不安定になってしまうのです」

けれども、フォイト・チームの奮闘の成果もあり、“本番”である第98回インディ500までにマシーンの状態は大幅に改善されることとなった。「チームは素晴らしい仕事をしてくれました。ついにトラフィックのなかでもマシーンがいい感触を示すようになったのです。ここまで立て直してくれたことを、とても心強く思いました」

「レースデイのコンディションは完璧でした。真っ青な空に覆われ、ファンの皆さんは興奮していて、去年より混んでいるように思われました。そしてパレードラップを走っているときは最高の気分を味わいました!」

マシーンの状態が改善されていたうえ、レース距離の最初の3/4では一度もイエローが提示されないという異例の展開となった。

「スタートはまずまず上手くいきました。スムーズなスタートで、素早くリズムに乗ることができました。僕のまわりにいたドライバーは、マシーンのバランスがあまりよくなく、アンダーステアに苦しんでいるように見えました。でも、僕にとっての最初のスティントは好調で、コース上でたくさんのマシーンをオーバーテイクしながら23番手から12番手までポジションを上げることができました」

「第2スティントと第3スティントに向けては、トラフィック内のフィーリングを改善するため、ピットストップの際、フロントのグリップを高める方向でフロントウィングやタイアの空気圧を調整しました。ところが、プラクティスで十分なデータを集められていなかったため、期待したほど正確な調整を行うことができませんでした。この影響で第2スティントと第3スティントでは激しいバランスシフトが起こり、ひどいオーバーステアとなってしまいました。そこで僕はウェイトジャッカーやアンチロールバーを最大限活用してニュートラルステアに近づけようとしましたが、マシンをコントロールするのは至難の業でした」

「とはいえ、いちばん大切なことはリードラップに留まることです。けれども、イエローがずっと出なかったため、一歩間違えるとあっという間にラップダウンにされる可能性がありました。インディ500で130周もイエローが出ないとは思ってもみませんでした! ただし、第4スティント以降はバランス改善の為の調整を進めスピードを取り戻すことに成功します」

チャーリー・キンボールがクラッシュして最初のイエローが提示されたとき、琢磨は14番手につけていた。さらに、ディクソンがクラッシュするまでに、琢磨はジャスティン・ウィルソンやファン-パブロ・モントーヤを追い抜いて10番手まで浮上していた。そして全員がピットストップを行ったこのとき、琢磨はセバスチャン・ブールデを攻略して9番手へとポジションを上げる。

このとき、琢磨のマシーンには“歓迎されない”破片が突き刺さっていたが、それでもリスタートではカルロス・ムニョスやクルト・ブッシュをターン1のアウト側から仕留め、ジェイムズ・ヒンチクリフとエド・カーペンターが接触してウォールに流されて行く左側をすり抜けていった。つまり、これで琢磨は5番手へと浮上したのだ!

「とっても面白かったし、ここで勝負に出なくてはならないことはわかっていました。最後のピットストップを終え、ニュータイアを履いて燃料もたっぷり積んでいる。ちょうど2012年のときのようでした。とてもエキサイティングで、あのときと同じくらいいいレースになることを期待していましたが、改めてリスタートが切られるとクルマの調子がおかしいことにすぐ気づきました。ディクソンのマシーンの破片がアンダーボディにダメージを与えていたのです。ただし、フロントウィングは大丈夫そうに見えたので、そのまま走り続けましたが、エアフローの乱れからダウンフォースが減っていて、リスタート後は1ラップごとに1台か2台のマシーンに抜かれるようになりました。このときは、とても悲しい気分になりました」

残り10周でタウンゼンド・ベルがクラッシュすると、イエローのままインディ500を終わらせるのではなく、観客を喜ばせるために赤旗を提示してレースを一時中断とし、フィニッシュまで残り6周のスプリントレースを行うことをオフィシャルは決めた。この場合、レースの中断中もマシーンへの作業を行うことは許されないので、チームは、競技が再開される直前のイエロー中に琢磨をピットに呼び戻すことを決めた。「サイドポンツーンの下にカーボンの大きなパーツが張り付いているのを見つけました。そのときは何の作業もできませんでしたが、イエローが出ているときにこれを取り除き、テープを貼り付けました。残念ながら集団に追いつくほどの時間はなく、リスタートが切られたとき、僕はちょうどターン3に進入しようとしているところでした」

フレッシュタイアを履く琢磨はリードラップを走る最後のドライバーで、ポジションは20番手だった。最終ラップ、琢磨は数台のスリップストリームに入ると、同じくリードラップを走行していたジャック・ホークワースを仕留め、19位でチェッカードフラッグを受けた。

「チームは素晴らしい働きをしてくれました。モントーヤとも最高のバトルができましたし、ピットストップ作業にも文句のつけどころがありませんでした。期待したような結果が残せなかったことは残念で仕方ありません。でも、とてもエキサイティングでいいレースだったと思います。優勝できるスピードはありませんでしたが、もっといい順位ではフィニッシュできたことでしょう」

 

インディカー・シリーズ 第4戦 インディアナポリス マーカス・シモンズ レースレポート

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第4戦インディアナポリス(決勝5月10日)

アクシデントを乗り越えて9位完走

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2004年のF1アメリカGPで表彰台に上って間もなく10年周年を迎えようとしていたとき、佐藤琢磨はベライゾン・インディカー・シリーズ第4戦のグランプリ・オブ・インディアナポリスに挑むため、インディアナポリスのロードコースを訪れていた。

普段であれば9位フィニッシュは特筆に値しない成績だが、No.14 ABCサプライ・ホンダにとって極めつけにドラマチックなレースとなった今回は、琢磨とAJフォイト・レーシングが力をあわせて逆転劇を演じたという点において大きな意味があった。

ところで、琢磨やファン-パブロ・モントーヤ、それにセバスチャン・ブールデといった元F1ドライバーがIMSのロードコースでのアドバンテージを有していると考えているのであれば、それは大きな間違いだ。なぜなら、あの当時とはコースがまるで異なっているからである。

「コースは大幅に改修されました」と琢磨。「彼らはいい仕事をしたと思います。IMSなのだから雰囲気がいいのは当然ですが、かつてのグランプリコースに比べると、改修を受けていないのはターン1からターン4までだけで、ターン5以降はまるで異なっています。だから、僕たちにとってはまったく新しいサーキットも同然でした。路面がとてもスムーズなほか、FIA規格を満たした縁石も洗練されたものなので、インフィールドに施された改修は素晴らしいものだと思います。しかも、急減速するポイントが3ヶ所もあるので、バトルという面でもショーという面でも素晴らしいサーキットだといえます」

「僕たちは事前にテストを行ないました。当日は寒かったので非常に速いスピードで走行できましたが、グランプリ・オブ・インディアナポリスが開催された週末は気温が上昇したため、テストで記録されたラップタイムは更新できませんでした。テストではトップにコンマ5秒ほど離されたので、満足できる結果とはいえませんでしたが、まずは可もなく不可もなくといったところでした。ただし、このコースでタイムを稼げるのは基本的にブレーキングとシケインだけなので、全体的に僅差で、トップとの差を埋めるにはかなり努力をしなければいけない状態でした。また、F1で走ったときと同じように、ダウンフォースを大きくすればインフィールドで速くなるものの、ダウンフォースを小さくすればメインストレートのスピードを稼げるという傾向がありました」

決勝が行われる土曜日の朝にウォームアップが予定されていなかったため、どの陣営も木曜日に2回、金曜日に1回実施される計3回のプラクティスですべてを学び取らなければならなかった。「フリープラクティスでは本当に苦しみました。良好なバランスを見つけ出すことができず、僕らは少し遅れをとっていました。今回はマーティン・ポウルマンがチームメイトとしてエントリーしていたため、ふたりで協力してセッティング作業を行いましたが、うまい解決策は見つかりませんでした。僕たちは分担してふたつのプログラムに取り組んだものの、どちらも思うような結果が得られなかったのです」

「僕たちは、金曜日の午前中に試す予定にしていたセッティングがいい結果をもたらしてくれることを期待していましたが、このセッションはウェットコンディションとなってしまいます。これが、僕たちのテストプログラムを試す最後のチャンスだったので、この機会が失われた結果、僕たちはまだ感触を掴んだことのないマシーンで予選に挑まなければいけないことになりました」

残念ながら、琢磨は予選グループ内で8番手となったため、トップ6のドライバーを選ぶセグメント2に進出することができなかった。「0.25秒差と聞くと大したタイム差ではないように思えますが、インディカーのようにコンペティティブなシリーズでは実際の数字以上に大きな意味を持っています。最初のセグメントが終わると急に雲がわき上がり、豪雨が降り始めました。僕にとっては好きなコンディションで、セグメント2に進出していればチャンスとなったかもしれませんが、僕たちのマシーンはウェットでも決して好調とは言えませんでした」

チームはそのとき直面していた問題にも取り組まなければいけなかった。「この週末、僕たちはクラッチの不調に悩まされていました。クラッチのつながるポイントがいつも以上に安定しなかったのです。起こっている現象について夜の間に解析を行い、適切と思われるポジションに設定しましたが、グリッドに向かう際にスタートのシミュレーションを行ったときも満足のいく状態ではありませんでした。クラッチのつながるポイントがずれていて、ただエンジンが空回りしているだけになってしまったのです。このときは他のドライバーが全員スタートした後で僕のマシーンが動き始める状況だったので、さらに問題の原因を追及しなければいけませんでした」

とはいえ、おかげで琢磨は、ポールシッターのセバスチャン・サーヴェドラのエンジンストールがきっかけで起きたスタート直後の多重クラッシュに巻き込まれずに済んだともいえる。「5台か6台のマシーンが横並びになっている様子が見えました。それから何かが舞い上がり、大クラッシュが起きました。僕は破片を避けようとしましたが、何かがフロントノーズに接触してしまいます。この破片は僕が乗り上げたものではなく、どこかから舞い降りてきたものでした」

フロントストレート上に散らばった破片や破損したマシーンを回収するためにフルコーションとなったが、この状況でピットレーン前を通過するマシーンの様子を確認したチームは、琢磨を呼び戻してフロントウィングを交換し、19番手でコースに復帰させた。

レースがグリーンになると、琢磨はすぐに14番手へと浮上した。「リスタートではターン1の進入でいいポジションを取ることができましたが、その後、左リアのスタビリティがひどく低下していることに気づきました。もしかすると破片を踏んだ影響で左リア・タイアがパンクしている可能性も考えられましたが、ある破片が僕のマシーンのアンテナを直撃し、これでテレメトリー・システムが機能しなくなってデータの送信ができなくなっていました。このためチームは左リア・タイアの空気圧が低下しているかどうかを確認できなかったのですが、非常に危険な状況が何度か起きたので、安全を考えて僕はピットに戻ることにしました」

これで琢磨はラップダウンとなったが、次のコーションで失地を挽回することになる。先頭グループにまだピットストップを行っていないドライバーがいて、次のコーションで彼らがピットストップを行うことに気づいていたAJフォイト・レーシングは、まずNo.14ABCサプライ・ダラーラ・ホンダをトップと同一周回に送り戻すと、続いて琢磨をピットインさせ、集団の最後尾に並ばせたのである。

続いてファン-パブロ・モントーヤとグレアム・レイホールがクラッシュしたが、ここで琢磨のマシーンはさらなるダメージを受けることになる。「次のリスタートも成功しましたが、これはかなりエキサイティングなものでした! 僕は誰かとサイド・バイ・サイドになっていたものの、反対側は壁で、しかも何かが舞い上がるのが見えました。このとき、マシーンの進路は変えられなかったので、頭を左側にずらしたところ、モントーヤのウィングが僕のヘルメットをかすりながらヘッドレスト・プロテクターを直撃したのです!ミラーで状況を確認しましたがウィングなどにダメージはなかったので、そのまま走行を続けました。ヘッドレストに大きな穴が開いているのに気づいたのは、レースが終わってからのことでした」

チームは他のドライバーと異なるレース戦略を継続していたが、これと琢磨の健闘があいまって、ほどなく5番手に浮上。ただし、最後のピットストップを行ったことで9番手に後退すると、おいすがるトニー・カナーンを振り切ってそのまま9位でチェッカードフラッグを掻い潜った。

「テレメトリーが使えなく、消費燃費に関する情報がなかったので、とても難しいレースとなりました。最後のスティントとなるリスタート前に僕たちはコース上に留まりました。先頭グループでは最後のピットストップを行いましたが、彼らはとてつもない燃費をセーブしなければなりません。チームの計算では、イエローが出なければ彼らは走りきれない状況だと考えていたので、僕らが再スタート後にやや遅れてピットストップを行ったことはギャンブルに値する効果がありました。というのも、最後のスティントはフラットアウトで走行できたので、前方を走る何人かのドライバーをオーバーテイクできたからです」

というわけで、琢磨はたくさんのドラマを経験することになったが、結果的にまとまったポイントを手に入れることもできた。「レースの展開を考えると、トップ10でフィニッシュできたことは勇気づけられる成績だったと思います」

グランプリ・オブ・インディアナポリスが終わって24時間と経たないうちに、今度はインディ500が開幕し、シリーズ最大の一戦に向けたプラクティスと予選が行われる1週間が始まった。「忙しいスケジュールですが、このままインディ500のプラクティスが始まるのですから、とてもエキサイティングです」

「グランプリ・オブ・インディアナポリスはインディ500に向けた素晴らしいイントロダクションになりましたし、ターン1、ターン7、ターン13では素晴らしいオーバーテイクも見られたので、僕もファンも大いに楽しみました。インディ500に向け、メカニックたちは細部までこだわり抜いたニューカーを用意してくれたので、これを走らせるのがとても楽しみです。ロードコース用のマシーンであれば数週間程度で組み立ては完了しますが、彼らは僕のプライマリーカーを仕上げるのに数ヶ月を費やしました。とても美しいマシーンなので、いまからシェイクダウンが待ち遠しくて仕方ありません」

 

インディカー・シリーズ 第3戦 バーバー マーカス・シモンズ レースレポート

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第3戦バーバー(決勝4月27日)

結果に結びつかなかったオーバーテイク

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ヨーロッパのモータースポーツ界で長年過ごしたこと、とりわけその成長期をイギリスで過ごしたことを考えれば、先日バーバー・モータースポーツ・パークで開催されたベライゾン・インディカー・シリーズの一戦は佐藤琢磨が得意とする条件が整っていたといえる。美しい田園地帯にあって速いコーナーが少なくなく、起伏が激しいサーキットで、しかも天候が悪いとなれば、イギリスでレース経験を積んだ琢磨にとっては理想的な状況といってもいいだろう。ところが、レースは思ったほど早くスタートが切られず、十分にコースが濡れていたとはいえず、そして琢磨が臨むような結果を残せるほどレース時間は長くなかったのである。

アラバマの郊外に激しい雷雨が居座ったため、決勝レースは予定より2時間以上も遅れてスタートが切られることとなった。グリーンフラッグが振られたときには、遠からずスリック・タイアが使えるコンディションとなることが予想された。もしもあと30分でも早くスタートが切られていればと思うと、それは残念でならない展開だった。

このため、レース時間はテレビ中継の都合を考えて予定よりも短縮されることとなり、No.14 AJフォイト・レーシング・ダラーラ・ホンダを駆る琢磨は13位でフィニッシュした。14番グリッドからスタートしたことを考えれば、それほど悲観するような結果とはいえないが、それでも、もっといい成績を収めたはずという思いを抱かずにはいられないレースだった。

「難しい週末でした」と琢磨。「思ったように物事が進まなかったのですが、これはレースでは時々起きることです。ただし、今回、僕たちはとりわけ大きな希望を抱いていました。昨年のバーバーでは、ピットストップに問題があったのでいい成績は残せませんでしたが、それでも僕たちは速く、力強い手応えを掴むことができました。今年のシーズン前に行ったテストでも、いい感触を得ていました。もっとも、あとコンマ数秒ほどタイムを詰める必要がありましたが、このコースでコンマ数秒速く走るのは本当に難しいことなのです」

「最初のプラクティスは軽い肩慣らし程度のことしかできませんでした。とにかく赤旗が何度も提示されたために10ラップほどしか走れず、フライングラップはたしか3周だったはずです。おかげで、しっかりとした感触を掴むまでには至りませんでしたが、それでもマシーンのバランスはよくなく、グリップが不足していることははっきりしていました。その理由の一部は、テストのときより華氏で30度ほど、摂氏では17度ほど暑くなっていたことにあり、おかげでタイアは常にオーバーヒートしているような状態でした。シーズン前のテストに比べるとラップタイムは2秒ほど遅かったので、どれくらいグリップが不足していたかわかるでしょう」

「このようなコンディションにうまく適合しなければいけませんでしたが、2回目のフリープラクティスを走って、大規模な作業が必要であることが明らかになりました。いくつかのことを試しましたが、それではまったく不十分だったのです」

プラクティスから予選までの間に期待されたのは、2013年と同じような展開を再現することだった。「昨年もプラクティスはダメでしたが、予選で柔らかめのレッド・タイアを装着したマシーンは素晴らしい走りを見せてくれました。ところが今回は、まったくそうはなりませんでした。去年、予選は午前中の気温が低いときに行われましたが、今年は1日でもっとも気温が高くなる午後2時に予選が行われたのです。おかげで、第2セグメントに進めるほどのスピードを手に入れることができませんでした。これは本当に残念でした」

琢磨は自分の予選グループにおいて、第2セグメント進出にあとひとつだけ順位が足らない7番手となり、このため14番グリッドからスタートすることが決まった。ところが、日曜日にサーキットを襲った悪天候が、皮肉にも一筋の光明をもたらすことになる。「僕たちは前日から大幅なセッティング変更を行いました。これでマシーンの状態は改善され、ウォームアップでは9番手のタイムを出すことができました。しかも、雨のなかでレースができそうだったので、期待は一層高まりました。ところが、レースのスタートを切るには、雨はいささか激しすぎるものでした。最大の問題は雷で、主催者は観客の安全を考えなければいけませんでした。けれども、スタートがもう少しだけ早く切られれば、コースはもっと濡れていたでしょうし、そうすればレースの流れももう少し変わっていたと思います」

コースがウェットの状態でスタートが切られたため、誰もがファイアストンのレインタイアを装着していたが、このとき雨はすでに止んでいた。「オープニングラップはまだコースが濡れていたので、いろいろなラインを選ぶことができました。バックストレートに進入するとき、水煙がひどくてほとんど視界が利かない状態になりました。このとき、前方にいた数台の動きがきっかけとなって、集団の後方では大きく減速しなければいけない状況となります。突然水しぶきの中から現れた急減速するマシーンを避けるため、僕は思わずスピンを喫してしまいました」

琢磨のマシーンはエンジンがストールしてしまっていた。ところが幸運なことに、それが原因でコーションとなり、しかもセーフティ・クルーが琢磨をコースに押し戻してくれたので、周回遅れにならずに済んだのである。琢磨は23番手に後退したが、それでも懸命に戦い続けた。「セイフティー・チームのおかげです!」と琢磨。「その後は少ししか順位を上げられませんでした。僕はマイク・コンウェイとバトルをしていましたが、遅かれ早かれレインタイアはオーバーヒートを起こすはずです。やがてコースのライン上が乾いてくると誰もオーバーテイクできなくなり、レースは高速パレードのようになりました。ドライタイアに交換するには早すぎたので、誰もがそのままの状態で待っていたのです。オリオール・セルヴィアがスリックに交換するためにピットストップを行いました。これは早すぎる決断に思えましたが、それでも、彼がどんな状況に追い込まれるかはとても興味深いところでした」

ほどなくしてミハイル・アレシンがスピンしてフルコースコーションになると、ほぼすべてのドライバーがピットストップの決断を下すことになる(このときセバスチャン・サーベドラはコースに留まることを選び、暫定のトップに浮上した)。しかし、リスタートが行われた最初の周に琢磨は残念ながらライアン・ブリスコーと接触してしまう。「僕はリスタートをうまく決めてライアンとサイド・バイ・サイドになっていました。ヘアピンのターン5に進入するとき、おそらくライアンのアウト側に誰かがいたのだと思います。このため、彼はどんどん僕に近づいてきて、ドアを閉じる形になりました。僕は縁石に乗って彼との接触を避けようとしたのですが、最終的には絡んでしまいます。これでまた順位を落としました。本当に、上がったり下がったり、上がったり下がったりのレースでした」

間もなく、琢磨は2回目のピットストップをやや早めに行ったことから他のドライバーとは給油のタイミングがずれ、このため、最後のピットストップが始まるときには13番手まで浮上していた。つまり、レース戦略が効を奏したのである。同じ13番手のままピットストップを終えた琢磨は、アレシンのクラッシュによってこの日、最後のコーションとなるまで同じ順位をキープし、レースはコーションのまま幕切れとなった。

「たくさんのドライバーをオーバーテイクできたのはよかったと思います。ドライコンディションでのマシーンの状態は悪くなく、僕たちはそこそこにコンペティティブでした。いちばん速いライバルにはやや離されていて、決して最高の1日とはいえませんでしたが、それでも力強くレースを戦うことができたと思います。フィニッシュを迎えたとき、まだプッシュ・トゥ・パスがだいぶ残っていたので、レースが早めに終わったのは残念でした。おそらくあと何周かあれば順位を上げられたでしょうが、実際にはそうはなりませんでした。とはいえ、週末を通じて僕たちはできることをすべてやりました。チームはしっかりしたパフォーマンスを発揮できたと思います」

これでシーズン序盤戦は終わり、続いてはインディアナポリスで過ごす“マンス・オブ・メイ”を迎えることになるが、その始まりは2週間後に開催されるロードコースでのレースとなる。そう、2004年のF1アメリカGPで琢磨が表彰台を得たインディアナポリスのロードコースでレースが行われるのだ。「僕にとってはとても特別な場所です。なぜなら、そこがインディ500の舞台であるというだけでなく、ちょうど10年前に起こったことが蘇ってくるからです。だから、ロードコースで再びレースができることを、最高に嬉しく思っています。もっとも、かつてのF1コースと同じなのはターン1(ここもさらにタイトなコーナーに変更されます)からターン4までだけなので、実質的にはまったく別のサーキットです! それでも、気持ちのうえでは素晴らしいことだし、とても楽しみにしています。このコースでは1日間テストを行なうことになっているので、ここでいいデータが手に入れば、レースでもいい展開が期待できると思います」

 

インディカー・シリーズ 第2戦 ロングビーチ マーカス・シモンズ レースレポート

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第2戦ロングビーチ(決勝4月13日)

大逆転後の悲しい結末

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あのロングビーチでの劇的なインディカー・シリーズ初優勝から1年。カリフォルニア州の市街地コースを舞台に繰り広げられた2014年ベライゾン・インディカー・シリーズの第2戦で、佐藤琢磨は56周目の多重クラッシュに巻き込まれた不運なドライバーのひとりとして名前を連ねることになった。


琢磨とAJフォイト・レーシングチームの面々は、スタート直後に大きな遅れを喫したNo.14 ABCサプライ・ダラーラ・ホンダをリードラップへと送り返しただけでなく、上位フィニッシュが十分に期待できる展開に持ち込んだ。ところが、トップ争いを演じていたジョセフ・ニューガーデンとライアン・ハンター-レイが接触したことで連鎖的にアクシデントが発生し、ニューガーデンとハンター-レイのふたりだけでなく、琢磨やジェイムズ・ヒンチクリフ、トニー・カナーンといったドライバーもリタイアに追い込まれたのである。


ここに至るまで、琢磨は懸命の復活劇を演じていた。なぜなら、2週間前にセントピーターズバーグでポールポジションを勝ち取ったあのスピード、そしてレース前半をリードした力強い走りが、ロングビーチのプラクティスと予選ではまったくといいほど発揮されなかったからだ。


「セントピーターズバーグでポールポジションを獲得したことが多少はプレッシャーにもなりましたが、僕たちは自信がありましたし、前向きに物事を捉えていました」と琢磨。「僕は少し早めにロサンジェルス入りすると、フィジオと落ち合ってトレーニングをしたり、体調を調整するなどして充実した時間を過ごしました。メディアの取材も多く、たくさんの人たちに温かく出迎えていただきました」


「昨年に続いて僕たちには強力なパッケージングがあると考えていましたし、セントピーターズバーグを終えてからはコンペティティブな戦いができるとの期待も抱いていました。プラクティスでは、マシーンのバランスに満足できるような状況ではなかったものの、ポジションはそれほど悪くありませんでした。なにしろ金曜日の午後は4番手だったのです。今年は新しいエアロ・コンフィギュレーションが導入されてダウンフォースが増えたほか、エンジンもパワフルになっていたので、昨年よりきっと速くなるだろうと予想していました。ただし、路面のグリップは決してよくありませんでした」


「このことを基本にマシーンのセットアップに取り組んでいましたが、土曜日の午前中になると、このままでは上手く機能せず、思ったほど速くならないことが明らかになりました。そしてとても厳しい予選になることが予想されましたが、そのいっぽうで、柔らかめのレッドタイアでグリップが改善されれば、マシーンのバランスも好ましい方向に変化するとの期待も抱いていました。ところが、結果的に予選でもマシーンの傾向は変わりませんでした。とても神経質で、グリップ・レベルが低い状態でした。といっても、たかだかコンマ2、3秒の話ですが、現在のインディカー・シリーズはとてもコンペティティブなので、千分の数秒差でも順位が変わることがあるのです」


琢磨は自分の予選グループ内で8位となり、トップ6だけが出走できるセグメント2には進出できなかった。この結果、琢磨のスターティンググリッドは15番手となった。「全力を尽くしましたが、スピードが足りませんでした」と琢磨。「今年のセントピーターズバーグ、そして昨年のロングビーチのことがあったので、とても残念な結果でした。いつもは上位に進出しているドライバーが何人も苦戦を強いられていました。つまり、コンディションの面ではかなり特殊な状況で、非常にタフな戦いだったといえます」


「予選後、それまでのデータを詳細に見直し、マシーンのセッティングを根本から変更することにしました。昨年のセッティングをベースとしている限り、あまりいい結果が望めないことがわかったからです」


日曜日の朝には、こうした努力が報われることとなる。「ウォームアップではいい感触を掴めました。スタビリティが増し、グリップ・レベルとスピードを引き上げることに成功したのです。大きな前進で、かなりのポテンシャルが感じられました。プラクティスの時間が短かったために、やりたいと思っていたことのなかに積み残しが出ていましたが、ようやく自分たちの進むべき方向が見つかったような気がしました」


レースではいきなり後退を余儀なくされ、順位を落とすとともに予定より早くピットストップを行なわなければならず、結果として琢磨は周回遅れになった。「ロングビーチではスタンディングスタートが採用されました。ただし、僕たちは冬のテストでもあまりスタンディングスタートの練習をできませんでした。そこでロングビーチに入ってから、スタートで用いる様々なマッピングを試し、追い上げを図りました。フォーメーションラップを終え、マシーンに装着されたニュータイアはウォームアップもできていたので、グリップ・レベルはかなり上がっていましたが、このマシーンはそもそもスタンディングスタート用に開発されたものではありません。このため、クラッチの繋がるポイントが安定しないという問題があり、僕は少々困難な状況に陥ってしまいました」


「ターン1への進入でひとつポジションを落とし、さらに小さなランダバウトのターン2では大混雑が起きていました。サイド・バイ・サイドをするのは至難の技でしたが、もちろん僕はトライしました! このときマイク・コンウェイ(なんとこのレースのウィナー!)に追突され、この衝撃で玉突き状態となり、僕は前を走っていたマシーンに接触してしまいます。これでフロントウィングにダメージを負いました。フロントウィングはすぐに交換しなければいけない状態ではありませんでしたが、勢いを失ったためにいくつかポジションを落とすこととなります。ここで僕たちは『ここで挽回するのは難しい。長いレースだし、いまのうちに戦略を切り替えよう』と判断しました。そこで7周目にピットインしてレッドタイアを装着します。予選はセグメント1しか戦わなかったので、レッドタイアはまだたくさん手元に残っていたのです。それと同時にフロントウィングも交換しましたが、この作業に手間取り、僕たちはラップダウンとなりました」


琢磨は先頭グループに混じる形で走行すると、レース終盤まで破られることのなかったファステストラップをすぐに記録することとなる。「ペースがよかったのは嬉しかったけれど、ラップダウンになっていたのは残念でした」


間もなくセバスチャン・ブールデがクラッシュし、幸運にもフルコース・コーションとなる。ここで先頭グループがピットインしたために琢磨はリードラップへの返り咲きに成功。2回目のピットストップを行なったときには18番手となっていた。「すべて順調でした。徐々にポジションを取り戻しつつあったのです」


ほかのドライバーがピットインしたこともあって、最後となるはずだった自らのミットストップの直前、琢磨は5番手まで順位を上げていた。ただし上位陣のなかには、彼に続いてピットストップする予定のドライバーもいたので、この段階で琢磨は実質的に8番手につけていた。ところが、やがて予想もしなかった災難が琢磨の身に降りかかることとなる。


「避けることが難しい、とても残念なクラッシュでした。最後のピットストップを行なったとき、僕は(結果的に3位でフィニッシュすることになる)カルロス・ムニョスとタイア交換競争を行う形となります。作業は僕のほうが少し早く終わりましたが、ピット出口ではサイド・バイ・サイトになっていました。僕が見たところ、彼がピットレーン・スピードリミッターを解除したのは決められた地点よりも手前だったので、ムニョスにはペナルティが下されると考えていました」


「これで僕はムニョスの直後につけることとなりましたが、あまりに接近していたため、僕にはコーナーで何が起きているのか、よく見えませんでした。アクシデントが起きたのは、決して速いポイントではありませんでしたが、完全に見通しが利かない、コース幅がもっとも狭い場所でした。マシーンの勢いと横Gの影響により、レーシングラインはアウト寄りになります。ここで前方視界のあるムニョスはギリギリのところで避けましたが、僕が気づいたときには左右のあちこちで多重アクシデントが発生しており、まだ動いているマシーンもあります。そこで僕はイン側にステアリングを切りましたが、間に合いませんでした」


「僕は新品のレッドタイアを履いていたので、ポジションを上げられるのは間違いありませんでした。しかも、プッシュ・トゥ・パスはまだ何回も使える状態にありました。けれども、事故は起きてしまいました。ただし、力強く挽回できたことはよかったと思います」


市街地コースでの2連戦に続いては、アラバマ州の緑豊かなバーバー・モータースポーツ・パークに舞台を移しての第3戦が2週間後に開催されることになる。「ロングビーチでいい成績が得られなかったことはとても残念です。日本からはファン・クラブのメンバーが応援に駆けつけてくれたほか、ロサンジェルスには日系の方々も多く住んでいらっしゃいます。しかも、昨年ここで優勝していたので、僕たちのチームは大変な注目を集めていました。このことを考えると残念でなりません。けれども、レース中のペースはとてもよかったので、この勢いをバーバーにもそのまま持ち込むつもりです。今度こそいい成績が残せるものと期待しています」

 

インディカー・シリーズ 第1戦 セントピーターズバーグ マーカス・シモンズ レースレポート

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第1戦セントピーターズバーグ(決勝3月30日)

ポールポジション獲得で始まった2014年シーズン

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2014年ベライゾン・インディカー・シリーズは佐藤琢磨にとって最高の滑り出しを見せたが、セントピーターズバーグのレース結果は7位という極めて不本意なものだった。もっとも、7位という結果に不満を抱くのは、琢磨とAJフォイト・レーシングが今季、いかに好調なまま開幕戦を迎えたかを示すものともいえる。


プラクティスと予選で琢磨は手のつけられない速さを示した。そして、セントピーターズバーグに暮らす人たちがトルネードの来襲に備えているとき——実際には街をかすめただけだった——、琢磨とNo.14 ABCサプライ・ダラーラ・ホンダもまた自然の脅威と思えるような強大な力を発揮していたのである。


3位、1位、3位というポジションで3回のプラクティス・セッションを終えた琢磨は、3つのセグメントに分けて実施された予選でもすべてトップタイムをマークし、キャリア4回目、そして市街地コースでは2戦連続(前回は2013年ヒューストン)となるポールポジションを獲得した。


こうした成績を収めることができたのは、琢磨たちが冬の間に入念な準備を行なってきたからだ。
「今シーズンに向けての準備は、去年に比べるとずっとよいものでした」と琢磨。「2013年、僕とAJフォイト・レーシングの共同作業が始まったのは2月だったので、いくら短期間で効率よく仕事を進められたとはいえ、実際に準備できた内容はあくまでも最低限のものでした。ところが今シーズンは12月に作業を始めることができたので、去年よりも2ヶ月も早かったことになります。しかも、マシーン、スタッフ、チームはすべて昨シーズンと同じだから、お互いがお互いのやり方をわかっており、去年よりも圧倒的に速いペースで作業が進んでいきました。僕たちはたくさんのデータを見直し、比較テストを行なって昨年抱えていた問題の原因を突き止め、どこが長所でどこが弱点かを見極めました。僕たちは準備万端で、セントピーターズバーグに行くのが楽しみで仕方ありませんでした!」


「去年も僕たちのペースがよかったことはわかっていましたが、ファイアストンのコンパウンドは昨年とは異なるもので、それ以外にも変化したことはありました。ホンダ・エンジンは今季からツインターボとなり、ピークパワーもトルク特性も改善され、前後の重量バランスまでよくなっていたのです」


「僕たちはベストと思われるパッケージングを用意したところ、これが素晴らしいスピードを発揮してくれました。プラクティス・セッションでは3回ともトップ3に入りましたが、非常に僅差だったため、いつでも好調を維持していることはとても大切だったと思います。とにかく、とてもいいスタートでした」


その後、雨が降り始めたため、予選は3時間半にわたって延期となり、結局、土曜日の夜に実施された。
「この地域には避難勧告が出されていたので、僕たちもいつものように事を進めることはできず、少し心配になりました。もちろん、雨は心配事ではなく、むしろ大歓迎なくらいですが、雨のせいで予選そのものがキャンセルになる恐れがありました。その場合、今回のスターティンググリッドを去年のチャンピオンシップ・スタンディングの順で決めることになっていたのです。これは、僕にとってあまり都合のいいものではありません。土曜日の夜に予選を実施する判断を下したインディカー・シリーズとプロモーターには本当に感謝しています」


「予選の第1セグメントは、路面がまだかなり濡れていました。この時点ですでに接戦が繰り広げられていましたが、僕は無事第2セグメントへの進出を果たします。この頃、路面は次第に乾き始めており、レインタイアは寿命が尽きかけていました。そこで第2セグメントでは、万一赤旗が提示されたときに備えてレインタイアでタイムを記録しておき、その後、スリックに履き替えてタイムアップを図るのが理想的な作戦であると思われました。ただし、第2セグメントで走行できるのは、せいぜい6周か7周です。そこで僕は最初からスリックを装着してタイアを十分ウォームアップする作戦を選択しました。これはややリスキーな手法ですが、このときは完璧に機能し、僕はファイアストン・ファスト6のシュートアウトに参加することができました。とにかくチャレンジングでしたが、それと同時にとても満足のいく予選でもありました」


「最後のセグメントは、一部避けなければならないウェットパッチが残っていたものの、ほぼ完全にドライでした。マシーンの作業を行なっていい時間は10分間だけでしたが、その間に僕たちは大きくセッティングを変更し、結果としてとても満足のいくラップを走行することができました。自分の力を100%出し切って、最後の最後のラップでポールポジションを勝ち取れたのは最高の気分でした。それに、開幕戦でポールポジションを獲ったのは、僕のレース人生でも初めてのことだったと思います」


日曜日の朝に行われたウォームアップのリザルトをそのまま鵜呑みにすることはできない。なぜなら、予選で第1セグメントしか走っていないドライバーたちは、ここでソフト目のレッド・タイアを使わなかったため、手元には新品のレッド・タイアがまだ残っていたからだ。


「スターティンググリッドで僕の近くに並んでいるドライバーのなかでは、僕がいちばん速かった。ただし、クルマの仕上がりに完全に満足していたわけではありません。決勝までにはいくつか変更しなければいけない点もありましたが、僕たちは力強くレースを戦えるはずという信念を持っていました」


その思いはスタートで証明される。元チームメイトで、今回フロントロウからスタートしたトニー・カナーンを置き去りにした琢磨は、そのまま全力でAJフォイトのマシーンを走らせていき、オープニングラップが終わったときには2番手に浮上したライアン・ハンター=レイを0.86秒もリード。このギャップはその後も次第に広がっていき、3ストップが見込まれていたレースで最初のスティントを走り終えたとき、琢磨はライバルたちを5秒以上も引き離していたのである。


「スタートは順調に決まりました。何の問題もなくトップを守ると、そこからさらに引き離しにかかりました。僕は後続とのギャップを保ちながらタイアと燃料をセーブしました。そして20〜21周目くらいまでは順調に事は運んでいたのですが、この頃になるとタイアにデグラデーションが起き始めます。いつもであれば、それほど問題にはならないのですが、今回は開幕戦だったにもかかわらず、不思議なことにイエローが提示しないまま最初のスティントを走りきることになりました。そこでセーブできるモノはとにかく全部セーブしながら最初のピットストップまで走り続ける決断を下しました」


「僕は27周目にピットに入りました。このとき、タイアデグラデーションのせいでラップタイムは大幅に落ち込んでいました。ひょっとすると、(レースウィナーの)ウィル・パワーがそうしたように、僕たちも2〜3周ほどピットストップを早めるべきだったのかもしれません。でも、そのときはこれが最善の策だと思っていたのです」


琢磨は2スティント目と3スティント目を硬めのブラック・タイアで走行したが、最初のピットストップを終えたときはパワーの直前を走行していた。「残念ながらタイアの空気圧が正しく設定されていなかったようです。最初はとてもドライブしにくいバランスでした。ところがウィルは完全にタイアがウォームアップされていて、僕の直後に迫っていたのです」


31周目の始め、パワーは右コーナーのターン1で琢磨をアウト側からオーバーテイク。ターン2の直前で琢磨は瞬間的に前に出たが、このときアウト側にいた琢磨に打てる手はほとんどなく、結果的にオーストラリア人ドライバーの直後につけることとなる。


「あれは楽しかったですね。僕は精一杯頑張りましたが、十分なグリップは得られませんでした。そこでスロットルを緩め、いったん彼の後に回ってからタイアが温まったところで反撃しようと思っていたのですが、そのチャンスはとうとう巡ってきませんでした。ブラック・タイアで走行した2スティント目と3スティント目を通じて、僕のペースはあまり上がりませんでしたが、同じブラック・タイアで走行したプラクティスではとても速かったので、これはとても不思議なことでした」


パワーが2回目のピットストップを行ったとき、琢磨は一時的にトップに返り咲いたが、続いて琢磨自身がピットストップを行った際にはタイア交換で小さなトラブルがあり、コースに戻ったときにはパワー、エリオ・カストロネヴェス、ハンター-レイ、マイク・コンウェイに続く5番手に後退してしまう。このオーダーは、この日最初のフルコースコーションとなるまで変わらなかったが、フィニッシュまで残り34周となっていたこの段階では、ほとんどのドライバーが予定されていた最後のピットストップを終えていた。このとき琢磨は6番手となっていたが、リスタートでの混乱——これでマルコ・アンドレッティとジャック・ホークワースが接触し、再びイエローコーションとなる——の際にシモン・パジェノーの先行を許し、さらにひとつ順位を落とすこととなった。


7番手となった琢磨は、目の前を走るカナーンに攻撃を仕掛けるかと思われたが、実際には後方から迫ってきたジャスティン・ウィルソンへの防戦に追われることとなる。「最後のスティントはレッド・タイアで走りましたが、他のドライバーが揃ってスピードアップを果たしていたのに対し、僕はレース前半の路面がグリーンだった頃ほどのタイムを出せませんでした。ポジションを守るだけで精一杯だったのです」


「ポールポジションからスタートして7位に終わるというのは残念なことですが、もう少し広い視野で見れば、たくさんポイントを獲得できたともいえるので、今回の結果はポジティブに捉え、次戦でいい成績を残したいと思います」


シリーズ第2戦は、昨年、琢磨とAJフォイト・レーシングが待望の1勝を挙げたロングビーチで開催される。
「次のレースが待ち遠しくて仕方ありません! 僕たちには素晴らしいベースセットアップがあるので、第2戦でもコンペティティブだと思います。そしてセントピーターズバーグでの経験を活かして、力強くレースを戦うつもりです」

 
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