Glico Supports Takuma Sato.
Glico Supports Takuma Sato.
江崎グリコは佐藤琢磨選手を応援しています。 Glico Supports Takuma Sato.

佐藤琢磨 「NO ATTACK NO CHANCE」ムービー

 

未来を担う子どもたちに伝えてきたのは

アタックする勇気の大切さ。

「NO ATTACK NO CHANCE」

その先にはきっと笑顔があるから。

 

 

マーカス・シモンズレースレポート:インディカーシリーズ第17戦

=========================

シーズン後半戦を象徴するレース

第17戦 ソノマ

=========================

北カリフォルニアの丘陵地帯を縫うように走るソノマのロードコースで催されたシリーズ最終戦は、佐藤琢磨の2017年ベライゾン・インディカー・シーズン後半戦を象徴するような一戦となった。琢磨は予選で絶好調だったにもかかわらず、トラブルのために好成績を収める絶好のチャンスを逃したのである。

No.26 アンドレッティ・オートスポーツ・ダラーラ・ホンダに乗る琢磨は予選を5位で通過したが、これはホンダ勢のトップにあたるもの。琢磨が予選でホンダ勢の最高位となるのは今シーズン6度目のことだが、これはインディカー界のレジェンドでもあるスコット・ディクソンと並ぶ記録だ。ちなみに、彼らふたりに続くドライバーは今季2度しかホンダ勢のトップに立っていない。ところが、琢磨はレース序盤にパンクに見舞われてリードラップから転落。さらに駆動力を失ってリタイアする羽目に陥ったのだ。これさえなければ琢磨がランキング5位でシリーズを終えるのは簡単だっただろうが、このおかげでランキング8位に後退。実に残念なシーズンの幕切れとなったのだ。

フリープラクティスの前日にあたる木曜日に行なわれたプリテストは期待の持てる内容となった。「例年、オープンテストはレースの1週間前に行なわれてきました」と琢磨。「僕たちはここにやってきてテストを行なうと、機材をそのまま残してインディアナポリスに帰り、レースウィークにまた戻ってくるというのがこれまでの流れでした。ところが今年は前日にオープンテストが行なわれたので、実質的に4日間のイベントとなりました。これはとても好ましいことです。なぜなら、ソノマがとてもチャレンジングなのはそのコーナーのレイアウトだけによるのではなく、天候、風向き、温度などが1週間前のオープンテストとレースウィークとで大きく異なることがあるからです。けれども、今回はとても充実したテストとなり、僕たちが思うどおりの作業ができました」

「前回、僕たちがここでテストを行なったのは4月のことで、このときは基本的なセットアップをいくつか試しました。なぜなら、アンドレッティ・オートスポーツは今年、セットアップのフィロソフィーに大きな変更を加えたからです。昨年、ライアン・ハンター-レイは力強い走りを見せ、チームは自信を抱いていました」

金曜日最初のセッションを12番手で終えた琢磨は、その後、9番手にポジションを上げ、土曜日に行なわれた3回目のセッションでは7番手まで躍進した。「マシーンのバランスに大満足する必要は必ずしもありませんでしたが、セッションごとに状況はどんどんよくなっていきました。そして予選までにすべてがまとまり、その状態を維持することができたのです。とても楽しいソノマの予選でした!」

おそらくそうだったのだろうが、琢磨がこのコースで納得のいく予選を戦ったことはこれまで1度もない。ところが今回は、予選最初のセグメントを4番手で終えると、第2セグメントでは5番手となり、最後のセグメントであるファイアストン・ファスト6では、予選を席巻したチーム・ペンスキーの4人のドライバーに続く5番グリッドを手に入れたのである。「本当に素晴らしいコースです。高低差が大きくて、高速コーナーもあるし低速のテクニカルなコーナーもある。しかも路面の変化がとても大きいのです。山や丘から風が吹き下ろすので、コースに少し砂が乗ってとてもグリップは低くなります。このためデグラデーションが激しく、おいしいラップは1周しかないような状況となるため、ファイアストンは今回、コンパウンドを変えてきました。毎周、ひとつコーナーを曲がるために路面は異なるので、タイヤの性能を最大限引き出すのはとても難しいのです。正しいバランスと安定性を手に入れることが重要となります」

「したがってとてもチャレンジングなのですが、このコースでこれほどコンペティティブなマシーンを手に入れたことはありません。僕は走行したラップを心から楽しみましたし、マシーンは最高の走りを見せてくれました。ソノマの予選を楽しめたのは、今回が初めてです!」

強敵ペンスキーは、その1週間前に規則で認められたテストを実施していたので、彼らを打ち負かすのは不可能に近かった。それでも琢磨たちは自信満々だった。決勝レースでよりよいマシーンを手に入れるため、4名のドライバーが異なるプログラムで臨んだ最後のセッションを琢磨は8番手で終えた。「僕の前にいたドライバーはチャンピオンシップを競い合っていましたが、もしも状況が許せばもちろん彼らにもチャレンジするつもりでした。ただし、彼らのタイトル争いには関係したくないと思っていました」

チップ・ガナッシのスターであるディクソンもペンスキーの4名を相手にタイトル争いを演じていたので、琢磨はオープニングラップを慎重に走った。「ターン2からターン3にかけて、好スタートを決めたスコットとサイド・バイ・サイドとなり、その後、彼は先行していきました。僕はポジションを守ろうとしてラインをクロスしましたが、ターン4でアレックス・ロッシがイン側に飛び込んできました。続くターン5で彼はアウトにはらみ、僕は押し出される格好となって砂地に足を落とします。彼の行動には失望しました。これが原因になったかどうかはわかりませんが、その数周後にパンクに見舞われたのです」

このとき、グレアム・レイホールにも抜かされたので、タイヤ交換のため6周目にピットストップを行なうまでに琢磨は8番手となっていた。「パンクが明らかになったのはターン2だったので、ほとんど1周にわたってスロー走行をしなければいけませんでした。おかげでフロア、ウィングレット、バンパーなどがダメージを受け、この段階で非常に困難な状況に追い込まれました」

この遅れで琢磨はラップダウンになったものの、イエロー・コーションになればリードラップに返り咲く可能性が生まれるので、それほど悲観する必要はなかった。ところが、このレースはなんと一度もコーションにならなかったのである! もっとも、どちらにしても結果は変わらなかったといえる。なぜなら、琢磨は62周でリタイアに追い込まれたからだ。「僕たちは最善を尽くしました。その後、駆動力を失い、マシーンを停めなければならなくなりました。今回は力強く戦えたはずなので、こんな形でレースが終わるのは残念でなりませんでした。過去6レース、僕たちは挑戦し続け、常にトップクラスの速さを手に入れてきたので、今回は本当にいい結果が欲しいと思っていました」

結果的に今回のソノマが、琢磨が1シーズンを過ごしたアンドレッティ・オートスポーツと戦う最後のレースとなった。なぜなら、2018年は琢磨が2012年に在籍したレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに復帰することが決まったからだ。アンドレッティで過ごした今シーズンのハイライトがインディ500だったことは、いまさらいうまでもない。「シーズンを通じて、チームのメンバーは傑出した働きを示してくれました。どれほどお礼を申し上げても十分とはいえません。スタート前には、グリッド上でみんなと素晴らしい時間を分かち合いました。インディ500で信じられないような成績を収めることができたのは彼らのおかげで、いつもホンダ勢でもっとも速いマシーンを用意してくれました。このことを僕は誇りに思っていますし、僕たちの関係はこれからもずっと変わることはないでしょう。彼らと新しいシーズンを迎えられないことは残念ですが、これがモータースポーツです。僕たちは前に進まなければいけません」

今回"前に進む"ことはレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに"戻る"ことを意味する。「彼らのチームに戻ってこられて、本当に嬉しく思っています。ボビー・レイホール、マイク・ラニガン、デイヴィド・レターマンは、2013年に互いに違う道を歩むことになってからも、ずっと僕を応援してくれました。ボビーがチームに留まって欲しいと望んでいたことは、もはや公然の秘密です。彼らが過去3シーズンに残した成績には誰もが感銘を受けています。グレアムはいつも素晴らしい戦い振りを見せてきました。なにしろ、たとえ予選で苦戦しても、決勝日にはいつも挽回するのですから! ボビーのチームに戻ることが楽しみで仕方ありません。彼らはとても強力なチームで、エンジニアは優秀で、しかも2018年からはまったく新しいユニバーサル・エアロ・パッケージが導入されるので本当に楽しみです。チームは大きな可能性を秘めていて、非常に強力になったとしても不思議ではありません」

written by Marcus Simmons

 

マーカス・シモンズレースレポート:インディカーシリーズ第16戦

=========================

わずか数秒で消えた"夢"

第16戦 ワトキンスグレン

=========================

ワトキンスグレンでベライゾン・インディカー・シリーズの一戦が始まった直後の数秒間は、佐藤琢磨とNo.26 アンドレッティ・オートスポーツ・ダラーラ-ホンダにとって理想的な展開となった。2コーナーまでに琢磨は4番グリッドから2番手へとジャンプアップ。そのまま勢いにのり、トップを走るチームメイトのアレクサンダー・ロッシをまさにオーバーテイクしようとしたときのこと。琢磨のマシーンはパワーを失い、このトラブルを解消しようと努力するメカニックたちにとっては悪夢も同然の状況に陥ったのだ。結果的に琢磨は4ラップ遅れの19位でフィニッシュしたが、これは彼らに相応しい成績とはまるでいえなかった。

2016年のワトキンスグレン戦はアンドレッティにとって散々な結果に終わった。そこでチームはミドオハイオでのテストを見送り、ニューヨーク北部の素晴らしいサーキットを訪れて距離を稼いで走行データを収集することにした。「昨年は4台揃ってQ1で敗退したので、チームはミドオハイオの代わりにワトキンスグレンでテストを行うことにしたのです」と琢磨。「テストは順調にいきましたが、もちろんレースウィークエンドとテストではコンディションが異なります。それでも、いくつかのアイテムのフィロソフィーを確認する作業はとてもうまくいき、僕たちは大いに自信を得ることができました」

その流れはレースウィークのプラクティスでも保つことができた。最初のセッションこそ17番手だったが、2回目のセッションでは9番手まで浮上したのである。「初日は強い手応えを感じました。ただし、週末に先立ってハリケーンが通過した影響で、風向きは180度変わっていました。バランスは大きく変化しましたが、これは誰にとっても同じことです。また、チームメイトはとてもコンペティティブでした。僕たちは様々なことを試しながらスピードを高めていったので、僕にとっても満足のいく状況でした」

土曜日の午前中に行われたセッションで琢磨は6番手へと順位を上げた。「すべてが正しい方向に向かって進んでいました。今年からレギュレーションが改正になり、フリープラクティスでも柔らかめのレッドタイアが1セット使えるようになりましたが、今回はブラックとレッドの間でスピードやパフォーマンスの点に大きな差がないことが明らかになります。レッドはコンパウンドが柔らかいので高い性能を素早く発揮できるようになり、グリップも高いのですが、バランスの点ではややトリッキーで、グリップを余すことなく引き出すのも難しいように思われました。ブラックのグリップ・レベルはレッドほど高くないものの、とても力強く、安定しています。現在、僕たちが使っているダウンフォース・レベルでワトキンスグレンを走ると、信じられないくらいスピードが高く、コーナーによっては4.5Gにも達します。そしてブラックのほうがより安定していたのです」

こうした傾向はどのチームにも共通したもので、最初のふたつのセグメントでは多くのドライバーがレッドタイアを使ったものの、最後のファイアストン・ファスト6に進出したドライバーはブラックを履いていた。琢磨はその後も順調に進歩していく。第1セグメントでは予選グループの4番手、第2セグメントでは3番手となり、ファスト6では4番グリッドを手に入れたのだ。「第1セグメントはグループ1から出走したので、路面はまだグリーンな状態でした。路面温度はとても低かったので、すぐに温度が上がるレッドタイアを選びました。ファスト6に進出できたのはとてもよかったです。ここではレッドではなくブラックを履きましたが、非常にコンペティティブなセッションとなりました。僕はたった0.1秒差でポールを逃したのです! ターン9まで僕はトップでしたが、ここはとてもトリッキーなコーナーで、簡単にタイムをロスします。ジョセフ・ニューガーデンはここでホイールをダートに落とし、遅れをとりました。アレックスは素晴らしい走りでポールを獲得しましたが、僕たちはたった0.1秒差でトップを逃したのですから、4番手で満足する必要はありません。ただし、僕たちがとてもコンペティティブなのは間違いなかったので、日曜日のレースが楽しみで仕方ありませんでした」

日曜日は雨が降った。ウェットコンディションを得意とする琢磨にとってはなんの問題もない。ウォームアップでは「80%がダンプ・コンディションでしたが、4周目にはタイヤのライフが終わっていました」という。このため、パドックには数多くのクエスチョンマークが渦巻くこととなる。「グリッドには様々なレベルのダウンフォースを選択するドライバーが揃いました。僕たちのチーム内でも設定がばらけたほどです。僕は間をとり、スプリングを数百ポンド柔らかくして、ダウンフォースもなかほどを選ぶという、いわばハイブリッドなセッティングにしました。いっぽう、ペンスキーはダウンフォースを非常に重く、またガナッシは非常に軽く設定していました」 オフィシャルがウェットレースを宣言したため、スタート時にはウェットタイヤの装着が義務づけられた。ただし「フォーメーションラップでは70%がドライ」という状況で、どのドライバーもできるだけ早い段階でスリックに履き替えたいと思っていた。

琢磨はスタートを完璧に決める。「アレックスとディキシー(スコット・ディクソン)はサイド・バイ・サイドになっていたので、僕が脇をすり抜けることはできませんでした。ジョセフはとてもアグレッシブで、彼がアレックスのイン側に飛び込むのが見えました。ただし、彼はターン1で行きすぎてしまったため、ここで僕はディキシーをパスするチャンスを手に入れました。ターン2に向けて僕はとても勢いがあり、ジョセフを攻略します。この段階では完璧な展開で、完璧なスリップストリームに入っていたので、99%の確率でアレックスとトップ争いができたはずです。ところが上り坂のターン4に進入したところで突然エンジン・パワーを失ったため、ジョセフは僕に追突しかけました。しかも、僕のマシーンは6速にも入らなくなっていたのです」

すべてのドライバーが直ちにピットへ飛び込むと、その数周後にはジェイムズ・ヒンチクリフがコース上で停止したためにコーションとなる。この段階で、アンドレッティとHPDのエンジン担当者はデータをダウンロードするチャンスを手に入れ、その後No.26のマシーンを再びコースに送り出したが、これは何の役にも立たなかった。「まるでF3カーを運転しているようでした! 僕たちはまだ問題を解決できていませんでした。ピットからはパワーをもう1度使うように指示されました。つまり、コース上で一度すべてをシャットダウンしろというのです。しかし、ギアを入れることができなかったのでエンジンは始動せず、マシーンは停まってしまいました」

このため2度目のコーションとなったものの、セイフティクルーはNo.26をピットまで連れ戻してくれた。琢磨はこれでリードラップから脱落したが、チームが首尾よく問題を解決してくれることが期待された。結果的に、チームはこれを成し遂げたものの、レースに復帰したとき、琢磨は4周遅れとなっていた。「チームは原因を突き止めてくれました。ウェイストゲート・バルブを制御する電気ケーブルの1本にトラブルがあり、おかげでブーストを完全に失っていたのです。ウェイストゲートは、当日の朝、まったく新しいコネクターとともに交換されていたので、このコネクターに問題があったと思われます。これは本当に残念なことでした。ここ3戦か4戦は、予選では非常に好調なのに、決勝で何らかの不運が起きるというレースが続いています」

この後のレースは一種のテストセッションとなった。「第1スティントではバランスに問題を抱えていました。でも、最後のスティントで、僕たちはとてもコンペティティブになります。コース上のドライバーたちとレースを繰り広げましたが、僕の順位には関係ありませんでした」 琢磨はセバスチャン・ブールデに次ぐファステストラップを記録していたが、残り4周となったところでレッドタイアを装着し、ファステストラップの栄冠をブールデから奪い取った。

「とても期待の持てるレースだったので、本当に残念でした。こうなったからには最終戦のソノマに期待するしかありません。これがもうシーズン最後のレースだなんて、信じられない気分です! ワトキンスグレンでは素晴らしいスピードを発揮できたほか、チームは昨年ソノマで大成功を収めています、僕自身はソノマで好成績を手に入れたことはありませんが、これまでハードに働き続けてきてくれたNo.26のマシーンに関わるメンバーに、シーズン最後のレースでいいことが起きて欲しいと願っています」

もっとも、琢磨はワトキンスグレンに続いて彫刻家のもとを訪ねることになる。インディ500のウィナーは様々なことを経験するが、そのひとつとして、ウィナーの顔はボルグ-ワーナー・トロフィーに刻み込まれるのである。できれば、ソノマではもうひとつのトロフィーを手に入れたいところだ。「コンペティティブなパッケージが手に入り、シーズンをいい形で締め括れることを心から期待しています」

written by Marcus Simmons

 

マーカス・シモンズレースレポート:インディカーシリーズ第15戦

=========================

早すぎる結末

第15戦 セントルイス

=========================

セントルイス近郊のゲートウェイで久しぶりに開催されたインディカー・シリーズの一戦で、佐藤琢磨は目覚ましい活躍を示すと期待されていた。ところが、実際には多重クラッシュに巻き込まれ、グリーンフラッグが提示された最初の周にしてリタイアに追い込まれたのである。No.26 アンドレッティ・オートスポーツ・ダラーラ・ホンダに乗る琢磨は予選を6位で通過。これで琢磨は3戦連続でホンダ勢トップのスターティンググリッドを得たことになるが、各ドライバーが隊列を組んで走行しているとき、まだタイヤが温まっていなかったことからウィル・パワーがスピン、この影響でコントロールを失ったエド・カーペンターが琢磨に接触し、3台は揃ってウォールと衝突してレースを終えたのである。

プラクティスと予選の結果からレースでの好成績が約束されたも同然だった琢磨にとって、このあっけない幕切れは実に残念なものだった。そしてこの展開は、琢磨が週末を迎える前に予想していた事態とは大きく異なるものでもあった。通常、琢磨は誰よりも物事を楽観的に捉えるタイプだが、今回に限ってはコンペティティブに戦えるとは思っていなかったのだ。

ゲートウェイで最後にインディカー・シリーズが開催されたのは2003年のこと。興味深いことに、このときはエリオ・カストロネヴェスがトニー・カナーンを凌いで優勝を飾っている。ふたりのブラジル人はいまもベテラン・ドライバーとして参戦しているだけでなく、いずれも強豪に数え上げられているのだから驚くしかない。事前に実施されたテストでは、コースの路面に問題が起きて終了とされたため、琢磨は10周ほどしか走行できなかった。「新しい開催地を訪れるのはいつもエキサイティングなことなので、今回のレースも楽しみにしていました」と琢磨。「でも、最初に走った印象は『このコース、あまり好きじゃないかもしれない』というものでした。チャレンジングなコースでしたが、もはや古いコースで、路面が荒れているために何が起きるかわからないように思えたのです」

「オーバル・レースを戦うには、経験を積んで自信を培わなければいけません。また、僕たちのパッケージはショー8月には追加でテストが行なわれましたが、1チームあたり1台しか参加を許されませんでした。このとき、僕は総理大臣顕彰を受賞するために帰国していたので、アンドレッティからはライアン・ハンター-レイが参加しました。僕たちのパッケージは最適化されているとは言いがたい状態でしたが、エンジニアたちはコンペティティブに戦えるだろうと自信を見せていました」

レースウィークにゲートウェイを訪れた琢磨は、実質的にコースが別物に生まれ変わっていたことに気づく。「コース全体が再舗装されていたのですが、その仕事ぶりは本当に印象的なものでした。とてもスムーズで、まるでまっさらな紙のようでした」

フリープラクティスで琢磨は8番手のタイムをマークし、好調ぶりを印象づけた。「新しいコースなのに、1時間のセッションが1回だけしかありませんでした。僕たちはいろいろなテストアイテムを試しましたが、結果はとても良好でした。最初の40分間はスプリング・セットの選定や車高の調整といった全般的なことにあて、続いて予選シミュレーションを2回行ないました。ダウンフォース・レベルは予選で本当に使うものとは異なりますが、かなり近いものでした。走っていてとても楽しいコースでした。路面がスムーズになったおかげでマシーンの感触がダイレクトに掴めたほか、コースの規模もとても気に入りました。ターン1、2がハイバンクのタイトコーナーで、ターン3、4はRが大きくてバンク角は浅いので、『まるでミニ・もてぎだ!』とみんなは言っていました。ターン1の進入ではスロットルを戻さないといけませんでしたが、こういうチャレンジングなドライビングが僕は大好きです」

琢磨は好調を保ったまま予選を迎え、出走順が早めだったにもかかわらず6番グリッドを手に入れる。「最初から6番目の出走でしたが、文句はいえませんでした。なにしろ、ポコノではセッション終盤という素晴らしい出走順で予選に挑めたのですから。ただし、このコースでは出走順が予選結果を大きく左右しそうな気配でした。最初の8台か10台はまだ明るいうちにアタックをしましたが、残りのドライバーは日が沈んでから予選に臨むことになるからです。おかげで路面温度が大幅に低下し、グリップの向上が見込まれました。セッションの最初と最後で6度も温度は下がったので、速度にして1mph(約1.6km/h)くらいの差があったとしてもおかしくなりません。いずれにせよ、僕はやるべきことをやるのみです」

「ベストと思われる量よりもほんの少しだけダウンフォースを多めにしました。今回、ファイアストンは路面のことを考慮して硬めのコンパウンドを持ち込みましたが、おかげでタイヤのウォームアップは難しくなりました。しかも、コースが全長1.2マイル(約1.92km)しかないので、計測1周目までにタイヤを完璧に温めるのは不可能も同然でした。そこでダウンフォースを多めにしてタイヤを温めやすくしたのです。自分のアタックにはとても満足しています。走行を終えたとき、僕は2番手だったので、あとから走るたくさんの速いドライバーに抜かされると予想していたのですが、最後までいいポジションを守りきりました。ミドオハイオ、ポコノ、ゲートウェイと3戦連続でホンダ最速のドライバーとなれたことも嬉しかったです。本当に最高の予選でした。僕のマシーンを担当したメカニック、それにエンジニアのギャレット・マザースヘッドも素晴らしい働きをしてくれました」

最終プラクティスを迎えても琢磨の好調ぶりは変わらなかった。とりわけ嬉しい驚きだったのが、このセッションにおけるコンディションが決勝レース中とほとんど変わらないと予想されたことにある。なにしろ、最終プラクティスは金曜日の午後9時に始まったのだが、決勝レースは土曜日の午後8時にスタートが切られることになっていたのだ。そして琢磨はこのセッションを7番手で終えることになる。

「これは本当に嬉しいことでした。予選までは好調でも、最終プラクティスまで自信を感じたことは、オーバルではこれまでありません。僕の好みどおりに仕上がったことはなく、トラフィックのなかで予想不可能な動きをするため、レース前にセットアップを変更することがほとんどでした」

「今回はとてもうまくマシーンを仕上げることができ、素晴らしい走りを見せてくれました。10日間のプラクティスが行なわれるインディ500を除けば、これほどいい状態まで煮詰められたことはありません。精神的にも肉体的にも、そしておそらく感情的にも、ベストな状態にあったと思います。トラフィックのなかでもマシーンの動きは信じられないほど良好で、ほかのマシーンに着いていったりオーバーテイクすることさえ可能でした。いままでプラクティスでこんなことはありません。レースが本当に楽しみで仕方ありませんでした」

「決勝では自分から希望して、少し軽めのダウンフォースに変更してもらいました。周りを見回したところ、スコット・ディクソンも似たようなセッティングだったので、彼をベンチマークにし、ほとんど同じダウンフォース・レベルにしました。ただし、スターティンググリッドは僕のほうが前です。ペンスキーはグリッドのトップ4を独占していたので、たとえ彼ら全員が完走しても、5番手には入れそうな状況でした。とにかく、すべてがいい方向に進んでいるように思えました」

最初のドラマはウォームアップ・ラップで起きた。トニー・カナーンがスピンしてウォールと衝突したため、イエローの状態でスタートが切られたのだ。そして5ラップ目にグリーンフラッグが振り下ろされると、琢磨はただちにカーペンターをパスして5番手に浮上。ところが、集団がターン1からターン2を通過しようとしていたところ、ポールポジションスタートのパワーがスピンし、この影響でカーペンターが琢磨と接触。No.26のマシーンはウォールにあたり、カーペンターはパワーのマシーンに乗り上げるという大事故を招いた。

「路面温度が非常に低かったせいで、ドライバーはみんなタイヤのウォームアップに苦しんでいました。パレードラップの60〜90mph(約96〜144km/h)では、タイヤに大きな負荷をかけられなかったのです。誰もが苦しんでいるなか、いきなりレーシングスピードでターン1に進入したので、みんなマシーンがスライドしていました。不運にも、ウィルがコントロールを失ったのは僕たちの直前でした。もちろん僕はこれに反応してスロットルを戻し、下側のラインに入りました。ところがエドは勢い余って避けきれず、軽く追突される格好となって僕はスピンに追い込まれたのです。僕にできることはなにもありませんでした」

接触の衝撃自体はそれほど大きくなかった。「僕はレースに復帰するつもりでしたが、マシーンの1ヶ所だけがウォールと接触したため、応力が集中し、ギアボックスに深刻なダメージを負っていました。メカニックは懸命に修復しようとしれくれましたが、かないませんでした。走っていれば好成績を収められたはずのレースだったので、その後を見ているのはとても辛かったです。本当に残念です」

今シーズンの残る2戦はいずれもロードコースのワトキンスグレンとソノマで開催される。高速コーナーのあるワトキンスグレンでのレースを多くのドライバーが楽しみにしているようだ。「きっとみんな同じだと思いますが、僕も大好きなコースです! ところで、ヨーロッパのレースを戦っていた当時、僕の強みのひとつは高速コーナーにありました。F1でチームメイトとなったジェンソン・バトン、ジャンカルロ・フィジケラ、アンソニー・デイヴィドソンは、みんな口を揃えてそう言っていました。いっぽう、アメリカにやってくる前から、僕はインディカー・ドライバーたちが高速コーナーを得意としていることは知っていましたが、『彼らにできるなら自分にだってできるはず』と思っていました。しかし、彼らは200mph(約320km/h)以上のスピードでコーナーを走りながらマシーンをコントロールできるのです。これには本当に度胆を抜きましたね(笑)誰もがこの高速コースのワトキンスグレンのレースを楽しみにしています。ここでは2週間前にテストを行ない、強い手応えを得ることができました。昨年、このコースではペンスキーが圧倒的な強さを見せましたが、僕たちは2番目に強力なチームになれるはずです。これまでのロードコースのレースよりもいい結果が期待できるでしょう」

「ここ数戦でたくさんのポイントを取り損ねたので、そろそろ挽回したいところです。ワトキンスグレンとソノマが本当に楽しみです」

written by Marcus Simmons

 

マーカス・シモンズレースレポート:インディカーシリーズ第14戦

=========================

ポールポジションからの失望

第14戦 ポコノ

=========================

佐藤琢磨がベライゾン・インディカー・シリーズ第14戦ポコノの予選でポールポジションを獲得したことで、インディに続く"500マイル・レース2連勝"への期待が広がった。琢磨は首尾よく連勝を果たしたのか? レースが始まって間もなく、マシーンのスピードが伸びない症状に見舞われていることが判明。このためチームの夢は無残にも打ち砕かれ、不本意な13位でフィニッシュすることになった。

アンドレッティ・オートスポーツはポコノのテストに参加しなかったため、予選前の走行は土曜日の午前中に行われた75分間のフリープラクティスのみとなった。しかし、チームはいつものように4台のマシーンで作業内容を分担。No.26ダラーラ・ホンダに乗る琢磨はここで6番手につけた。「プラクティスでは予定していたメニューをほとんどこなすことができました」と琢磨。「予選シミュレーションまで行う時間はありませんでしたが、僕たちがまずまずコンペティティブなことには満足していたので、予選でも力強く戦えるものと期待していました」

それでも、予選前には不安を拭いきれなかった。というのも、ポコノでは非常に低いダウンフォースで走行しなければいけないからだ。「おかげでターン1とターン3は少し怖いし、不安になります」 とはいえ、出走順が最後というのが少なくともアドバンテージになる。「こんなこと、初めてでした」 なにしろ琢磨ひとりが最後なだけでなく、アンドレッティの3人が揃って最後方の出走順となったのだ。アレクサンダー・ロッシだけは早めの出走となったものの、マルコ・アンドレッティ、ライアン・ハンター-レイ、そして琢磨はいずれもセッションの最終盤にアタックするというのだ。「予選はとてもチャレンジングなものになると見られました。しかも、トップドライバーでも苦しんだり、問題を抱えるなど、マシーンはナイフエッジで扱いにくそうでした。アレックスの予選はうまくいきませんでした。アタックの2ラップ目は1ラップ目よりもだいぶ速かったのですが、1ラップ目では自信を持ってターン1に進入することができず、スロットルを戻したようです。続いてマルコも苦戦しました。ハンドリングはほとんどニュートラルだったそうです。続くライアンはリアのグリップを失い、大クラッシュを起こしました。このため、僕たちはとても緊張しました。しかし、エンジニアは少なくとも何があったかを知ることができました。僕はショックを受けました。ピットレーンの出口で彼のマシーンがクレーンにつり上げられて戻ってききましたが、それが僕の目の前だったのですからね。しかも、僕たちはセットアップのフィロソフィーがとてもよく似ていて、共通の部品を多く使っていたのです」

「クルマがどんな反応を示すかを自分で確認しなければいけないと思いました。そこで僕はアウトラップとウォームアップ・ラップを全力で走ることにしました。ほとんどのドライバーはタイヤのデグラデーションを考慮して最初はあまりプッシュしませんが、そうするとマシーンの感触を掴むことができません。にもかかわらず、続くアタックラップではターン1に思い切って進入しなければいけないのです」

「ところで、ポコノは僕が好きなコースのひとつです。ターン1ではバンクを駆け下り、インサイドを狙って225mph(約360km/h)で走り抜けます。ターン3ではバンクは実質的に無いに等しく、ハンドリングはニュートラルからオーバーステアになります。このためたくさんのことをアジャストしなければいけません。ウェイトジャッカー、アンチロールバー、さらにはドライビング・スタイルまで変化させなければいけないのです」

「そこでウォームアップ・ラップでは全力でプッシュしてどこまでいけるかを確認することにしました。このおかげで1ラップ目はかなり速いペースで走れました。タイアのデグラデーションは早くも始まっていて、2ラップのターン1ではほとんどウォールと接触しそうになりました。わずかにスロットルを戻し、修正しました。それでなんとか走りきり、いい勢いを保って2ラップをとても速いペースで走りきりました。僕の記録はちょっと驚きで、誰もが喜んでくれました」

インディ500で優勝してから3ヶ月。これで"500マイル・レース2連勝"への期待が大きく膨らんだが、盛り上がるのはまだ早過ぎたともいえる。「みんなが期待していることはわかりましたし、喜んでくれていることもわかりましたが、ポコノの500レースはいつもいい意味で予測不可能です。僕は、500マイル・レースで2連勝することを考えすぎないようにしました。それよりも、決勝レースに向けてマシーンをよりいい状態に仕上げることが大切だと考えていました。最後のプラクティスは30分しかなく、僕はまだマシーンに完全には満足していませんでした。十分に速くはなかったので、ダウンフォースが多すぎると推測されました。基本的な考え方は、最終コーナーで前の車に接近できる程度までダウンフォースをつけるというものです。スリップストリームが使えるくらい前の車に接近する必要がありますし、前を走る車があっても全開でいけることが大切でしたが、それはできませんでした。もしもダウンフォースを減らせばコーナーで前のマシーンに接近できませんが、ストレートスピードは伸びます。そこで僕たちは、レースに向けてまずまずのダウンフォースにするとともに、最後のプラクティスのときよりも少しダウンフォースを減らしました。これでバランスもよくなることを期待していました」

琢磨は決勝で好スタートを決めたものの、ターン2の出口ではこのレースが厳しい戦いになることに早くも気づいた。「TK(トニー・カナーン)が後方から急接近しているのが見えましたが、早々とスロットルを戻して僕との間隔を調整していました。そしてターン2からターン3の間で易々と僕を抜き去っていったのです。このとき、僕たちのダウンフォースが多すぎることに気づきました。その後はタイヤにデグラデーションが起こり、バランスがシフトするなどの問題に見舞われました。1周でひとつポジションを落とすくらいのペースで、僕は後退していきました。とても苦しい状況でした」

今回は決勝中に3回しかイエローが提示されなかったが、そのうちの最初のコーションとなった23周目までに琢磨は17番手へと順位を落としていた。そこで最初のピットストップでダウンフォースを減らし、フロントのフラップを少し起こしたが、それでも「どこかに問題があったようで、あまり速くはなりませんでした。いつまで経っても安心してドライブできるようにはならず、苦しみ続けました」と琢磨は語る。

最初のストップを終えると琢磨は13番手に浮上したが、レース周回数の大半は「中位グループの後方」で周回を重ねていた。その後、セバスチャン・サーヴェドラのクラッシュ、この直後に起きたジェイムズ・ヒンチクリフとJRヒルデブランドの接触でいずれもコーションとなり、ここでポジションを上げた琢磨は9番手となった。ヒンチクリフとヒルデブランドの事故に伴うイエローが解消された後の134周目には7番手まで挽回したが、間もなく順位を落としてしまう。レースが残り29周となったときに行った最後のピットストップを終えたとき、琢磨のポジションは13番手で、結果的にはそのままエド・カーペンターに続いてチェッカードフラッグを受けることになった。

「あるときには、リスタートで5台か6台をオーバーテイクしたこともあります。残り70周となった頃にはいいポジションにつけていたと思います。『OK、マシーンの状態はさっきよりよくなっているから、これでリセットされたはず』とも期待しましたが、他のドライバーもダウンフォースを減らして速くなっていったので、僕は逆に順位を落とすことになりました」

「とても不満が募る、そして長い500マイル・レースでした。13位フィニッシュは理想とはかけ離れた結果ですし、予選でいい成績を残していただけにとても残念です。レース後、マシーンにいくつか問題があり、100%の状態でないことが明らかになりました。これが決勝中に起きていたのです」

それでも琢磨は、シーズンが残り3レースとなった段階でもチャンピオン争いの7番手につけいる。"シーズン終盤3連戦"の最初を飾るのは、インディカー・シリーズが訪れるのは17年振りとなるセントルイスのゲートウェイ・モータースポーツ・パークだ。ただし、このコースで当初予定されていたテストはキャンセルされ、その後、1チームあたり1名のドライバーのみ参加できる条件でテストが実施された。このとき、琢磨は日本に帰国していたため、代わってハンター・レイがテストに参加した。「シーズン最後の3連戦がうまくいくことを期待しています。たくさんポイントを獲得して順位を挽回したいと心の底から願っています。セントルイスは僕にとって新しいコース、新しいレースですが、強力なパッケージで挑めることを期待しています」

ところで、先の帰国は琢磨にとって忘れがたいものとなった。安倍首相から内閣総理大臣顕彰を授与されたからだ。半世紀におよぶ歴史のなかで、同顕彰を受賞したのはわずかに33名でしかない。「首相官邸を訪れるなんて、信じられないような気分でした。しかも、僕はホンダNSXを運転していきました。スポーツカーに乗って首相官邸を訪れた人はこれまでいなかったようですね。 これまでに33人が受賞されましたが、普通であれば運転手付きのクルマで訪れるはずなので、そもそも自分でクルマを運転していった人もいなかったことでしょう。でも、僕は自分で運転していきたかったのです! 首相と会って顕彰を受賞するのは大変、光栄なことでした。しかも、モータースポーツ界で受賞するのは僕が最初だったそうです。レース界にとっても素晴らしいことで、これをきっかけにしてWith You Japanのチャリティ活動がさらに活発になることを期待しています。本当に光栄なことです」

written by Marcus Simmons

 

マーカス・シモンズレースレポート:インディカーシリーズ第13戦

=========================

取り戻したパフォーマンス

第13戦 ミドオハイオ

=========================

 もともとロードコースで多くの経験を積んできた佐藤琢磨だが、ここ数年のベライゾン・インディカー・シリーズに限っていえば、琢磨はロードコースで苦戦を強いられてきたといえる。その好例がミドオハイオで、インディカーで過ごした最初の2シーズン----2010年と2011年----を除けば、琢磨のペースは決して速くなかった。ところが今シーズンは大きく状況が異なり、No.26 アンドレッティ・オートスポーツ・ダラーラ・ホンダを走らせる彼は予選で3位を勝ち取ったのに続いて決勝でも5位に食い込み、チャンピオン争いの上位に留まったのである。

 いっぽう、琢磨が今季加入したアンドレッティ・オートスポーツは、例年ミドオハイオで好成績を挙げてきた。そこで、このコースで事前に行われたテストをスキップし、代わりにワトキンスグレンのテストに参加することを決めた。昨年のワトキンスグレンで満足のいく成績を収められなかったことが、その理由である。「チームが実施できるテストの日数には上限が定められています。僕たちがワトキンググレン行きを決めたのは、昨年、ミドオハイオでは比較的コンペティティブな戦いができたからです。そのかわり、レースウィークエンドに先立ち、僕たちはファクトリーでしっかり準備を整えてからサーキットに向かいました」

「ミドオハイオがユニークなトラックであることは誰もが知っています。コースコンディションが改善していくスピードはとても速く、走り始めてから1、2時間もすると状況は大きく変化します。このためマシーンのセッティングを大きく変更しなければならず、テストの内容がレースウィークエンドの結果を左右することはあまりありません」

 金曜日に2回行われたフリープラクティスで、琢磨がタイムシートの上位に名前を連ねることはなかったが、チームはプログラムにしたがって着々と準備を進めていた。「とても充実したセッションでした。アンドレッティの4台で分担し、たくさんの異なるプラットフォームやセッティングを試した結果、週末を通じて何をすべきかが徐々にわかってきました」

 2回目のセッションではライアン・ハンター-レイがトップ。そして土曜日の午前中はアレクサンダー・ロッシが最速で琢磨が2番手となり、アンドレッティの1-2で幕を閉じた。ペースは堅調だった。「ライアンは昨年とほとんど変わらないセットアップで走りました。僕はもう少し別のことを試し、アレックスはアレックスで違うことを試しました。そうしたやり方が、とてもうまく機能したと思います。このような結果が予選での成績をそのまま示すわけではありませんが、ドライビングしていて楽しかったし、マシーンの状態もどんどんよくなっていきました」

 とはいえ、琢磨たちは予選でもその速さを実証してみせた。最初のセグメントで琢磨はチャンピオンのサイモン・パジェノーとわずか0.0137秒差で2番手。次のセグメントでもグレアム・レーホールに続く2番手となった。そして最終セグメント、No.26のマシーンに乗る琢磨はペンスキーのふたり、すなわちウィル・パワーとジョセフ・ガーデンに続く3番手となり、ホンダ勢でトップのグリッドを手に入れたのである。

「コンペティティブな走りができる市街地コースではいつも楽しむことができましたが、ロードコースでは長年、苦しんできました。ただし、今回は2010〜2011年に所属していたKVレーシングの時代を再現するような結果となりました。ずいぶん時間がかかりましたが、とても満足しています! 予選の第1グループではとても強力でしたが、第2セグメントに向けてセットアップを大幅に見直しました。というのも、最初のセグメントは第1グループだったので、路面のグリップはとても低く、スプリングなどいくつかのものを変更していたからです。アンドレッティのドライバーで第1グループを走ったのは僕だけでしたから、チームメイトから学ぶことはできませんでしたが、第1グループだったおかげで第2セグメントまでにたくさんのことを分析できました。第2セグメントでの走りには満足しています。僕たちはとてもコンペティティブで、ファイアストン・ファスト6に進出できたことを嬉しく思っています。ただし、2台のペンスキーにはかないませんでした。彼らはなにか僕らでは分かり得ない特別な秘策があるような気がします。通常、ファスト6では第1セグメントか第2セグメントで履いた柔らかめのレッド・タイアを使います。ペンスキーの強さは、ユーズドタイアを履いたときの速さにあります。ときとして、彼らのペースは最初の走行とほとんど変わらないことがありますが、これは信じられないことです。さらに速くなることさえあるのですから、本当に驚きです。僕はもちろんフロントロウを手に入れたかったけれど、レースに向けては3番手もいいポジションです。それにホンダでトップだったことにも満足しています」

 日曜日朝のウォームアップを4番手で終えた琢磨は「マシーンは快調」とコメント。そして決勝レースのときを迎えた。ミドオハイオのスタートはユニークで、ピットストレートではなくターン4に続くストレート上でレースは始まる。最初、琢磨は2番手のジョセフ・ニューガーデンに接近したが、やがて追い上げるレイホールから3番手を守る戦いを強いられる。これが第1スティントの間じゅう続いたが、3周目のターン4でレイホールが琢磨に接触し、大きくリアを滑らせた琢磨が見事なリカバリーを見せてポジションを守ったシーンも見られた。

「スタートはかなりよかったと思いますが、もう少しよくなる可能性もありました。というのも、スタートダッシュでオーバーブーストを起こしてしまったからです。僕たちは土曜日にエンジンを交換する事態に追い込まれたため、すべての部分が完璧に調整されているとは言い難い状況でした。とりわけ完全でなかったのがオーバーブーストに関するマッピング調整で、このためスタートでオーバーブーストを起こし、続けてECUがこれを感知してペナルティーとしてパワーダウンさせてしまいました。これさえなければ、僕はフロントロウのウィル・パワーとニューガーデンにチャレンジできたでしょう。それでも決して悪い内容ではなかったし、3番手を守ることはできました」

「グレアムとのバトルは楽しかったのですが、実際には彼のほうがずっと速かった。15ラップにわたって彼を抑え続け、おそらく4回はサイド・バイ・サイドになりました。あれは面白かったです。僕たちは互いをリスペクトしていたので、多少接触することはあっても結果的に問題はありませんでした。最後は、高速コーナーのターン1で僕が苦しんでいるところをオーバーテイクされましたが、その後はあっという間に引き離されてしまいました」

 最初のピットストップは長引き、ここで琢磨はパジェノー、ハンター-レイ、ロッシ、エリオ・カストロネヴェス、スコット・ディクソンに先行されることになる。ただし、ロッシと接触したハンター-レイがスピンしたことで琢磨は8番手に浮上。いっぽう、トップを追いかけるパジェノーとロッシはリードを広げていったため、セカンドスティントでの琢磨は、バトルを演じるディクソンとかストロネヴェスの後方にほかの何人かのドライバーとともに足止めされることとなる。こうしたなか、琢磨はジェイムズ・ヒンチクリフからのプレッシャーを受けていた。「スコットはレッド・タイアに苦しんでいる様子で、僕とエリオはブラック・タイアを履いていました。ディキシーは僕たちの行く手を完全に遮っていましたが、僕も辛い状態だったので、大きくペースを上げる必要はありませんでした。苦しい戦いで、ここで大幅にタイムをロスしました。次のピットストップでディクソンがコースを離れると、僕とエリオはぐんとペースを上げることができました」

 2回目のピットストップはまずまずで、琢磨は7番手に浮上。ただし、次のスティントでもペースは伸び悩んでしまう。続く最後のピットストップでは右フロント・タイアの交換に手間取ってヒンチクリフに続く8番手に後退。ただし、エド・ジョーンズがスピンしたためにこのレース唯一のイエローが提示され、集団は小さくまとめられることとなる。そして、レッド・タイアを履く琢磨は反撃を開始した。

「マシーンの状態はとてもよくなりました。僕は大きく順位を落としていましたが、運よくイエローとなりました。本当は、もっと早く出ているとよかったんですが! これで、ピットストップで失ったポジションを取り戻すチャンスが生まれました。目の前を走る3台はブラック・タイアを装着しています。つまり、ウォームアップには時間がかかると予想されたので、僕にとってはチャンスです。そこでリスタートではアグレッシブにドライブしました。最高に楽しかったですよ! ヒンチクリフをオーバーテイクしたときは、ターン5はアウトを、続くターン6はインを走行しました。その勢いを殺すことなく前車に追いつくと、ターン2のブレーキングでアレックスを仕留めます。その後のストレートではエリオもパスしました」

 これで琢磨は5番手。残る18周、琢磨はパワー、レイホール、パジェノーを含む2番手グループの後方につけていた。そしてトップのニューガーデンはぐんぐんとリードを広げていった。「ニューガーデンひとりが先行し、ウィルとグレアムがバトルするいっぽうで、僕はパジェノーに追いつこうとしていました。ただし、僕たちのペースは似たようなものだったので、何かを仕掛けることはできませんでした。予選が3位で決勝は5位というシナリオは理想的とはいえませんが、タフなレースでした。これでロードコースでの勢いがつき、ワトキンスグレン、そしてポイントが2倍になるソノマを力強く戦えることを期待しています」

 インディカー・シリーズの次戦はポコノ・スーパースピードウェイが舞台だが、その前に琢磨はワトキンスグレンのテストに臨むことになる。では、テストの前は? インディ500で日本人初優勝を果たした琢磨は日本に帰国して安部首相から内閣総理大臣顕彰を授与されることになった。1966年に創設されたこの顕彰は「国家、社会に貢献し顕著な功績のあったもの」に送られるもので、琢磨はその33番目の受賞者となる。「顕彰をいただけることになり、とても栄誉に思うと同時に嬉しく思っています。すべてのファン、スポンサー、チームのメンバー、そして僕を支えてくれるすべてのスタッフに心からお礼を申し上げます。今後もモータースポーツの振興に努力するとともに、さらに大きな目標を達成するために頑張ります!」

written by Marcus Simmons

 

マーカス・シモンズレースレポート:インディカーシリーズ第12戦

=========================

結果に結びつけられなかった速さ

第12戦 トロント

=========================

 トロントのエキジビション・センターを中心とする市街地コースは意外なレース展開をしばしば生み出すことで知られる。思ってもみないタイミングでコーションとなり、実力あるドライバーが全体のなかほどでフィニッシュすることも少なくない。先ごろ開催されたベライゾン・インディカー・シリーズの一戦でこのような不運に見舞われたのは佐藤琢磨だった。最後と、そのひとつ前にあたるコーションのためトップ6を狙えるポジションから脱落したうえに、リスタートの際にアクシデントに巻き込まれた結果、優勝してもおかしくないポテンシャルを有していながら16位に終わったのである。

 カナダとの国境を北側に越えてすぐのところにあるこの街に、琢磨とアンドレッティ・オートスポーツは大きな期待を抱いてやってきた。実際、金曜日に行われたフリープラクティスではとても好調だった。「プラクティスデイは非常に充実したものでした」と琢磨。「完璧だったとはいえませんが、いくつかの異なるセッティングを試しました。僕たちのマシーンは、市街地コースでは単に"乗りやすい"だけでなく、コンペティティブです。最良の状態でセッティングをまとめあげようとしているところでした。マシーンはスピードとバランスを兼ね備えており、とても満足していました」

「トロントはデトロイトに続いてバンピーなコースです。それとともにやっかいなのが、ひとつのコーナーのなかでさえ路面が何度も変わることにあります。進入ではアスファルト、それがコンクリートに変わって、アスファルトに戻り、またコンクリートになるようなことがひとつのコーナーで起きるのです。したがってどんなセットアップに仕上げても、アンダーステアやオーバーステアになることは避けられません。各コーナーでコンクリート・パッチが現れる前にコーナーへのアプローチを定めておかないと、それに乗り上げてまったくコントロールできなくなってしまうのです」

 金曜日に実施された2回のプラクティスを、琢磨は10番手と8番手で終え、土曜日の午前中に行われたプラクティスでも再び8番手となった。「続いて予選を迎えることになりますが、僕たちのペースはとても強力でした。あとはニュータイアを履くだけでよかったので、トップ争いを演じる自信がありました」

 最初の予選グループで琢磨は3番手となり、易々と第2セグメントに進出したが、ここでは意外にも10番手に終わり、ファイアストン・ファスト6への出場権を手に入れられないまま5列目からスタートすることが決まる。「最初のセグメントは狙い通りにいきました。Q2でも1回目の走行を終えたときは5番手で、最終セグメントに進むには十分なポジションでした。ところが、セッション中に赤旗が提示されたため、2回目の走行は誰もが1ラップしか走れないことになります。しかし、ここで僕はトラフィックに引っかかって十分にウォームアップできず、タイアの温度を適正なレベルまで引き上げられませんでした。僕がタイムを更新できなかったいっぽうで、ほかのドライバーはより速いタイムを刻んでいたので、とても残念でした」

 レース用のセットアップが施されたマシーンで日曜日のウォームアップに挑んだ琢磨は7番手のタイムをマーク。「予選と決勝の間に行う通常のセッティング変更を上回る量の作業をこの日は行いました。エンジニアのギャレット・マザーシードは素晴らしいセッティングにまとめ上げてくれました。僕がいちばん速かったわけではありませんが、なかにはセッション中にプッシュ・トゥ・パスを使ったドライバーもいましたし、僕はレッド・タイアも使わなかったので、純粋なペースではトップ3に入れたはずです。これはとても満足できる状況で、さらに嬉しいことに、僕が得意とするウェットレースになるかもしれないとの予報もありました。結局、雨は降りませんでしたが......」

 レースがスタートすると、琢磨は直ちにマックス・チルトンをパスして9番手に浮上。続いてターン1でチームメイトのアレクサンダー・ロッシを攻略し、8番手へと駒を進めた。しかし、バックストレートでは行く手を遮られる形となり、ロッシに抜き返されてしまう。これとときを同じくしてスコット・ディクソンとウィル・パワーが接触し、琢磨は7番手となった。「スタートはかなりよかったですよ。ターン1に3ワイド、4ワイドとなって進入するのはとてもエキサイティングでした。バックストレートでは前の数台よりも僕のクルマのほうが速かったのですが、どこにも行くことができず、ややリスキーだったのでスロットルを戻すことになります。その後、僕の目の前で混乱が起こり、破片が飛び散ってきました。その後のターン5ではアレックスを抜き返せそうでしたが、何台も折り重なるように進入していったので、様子を見ることにします。内側の縁石に乗り上げてペナルティを受ける恐れがあったので、ここでもスロットルを緩めて周囲のドライバーに対して優位に立たないよう気をつけました」

 ほとんどのマシーンはデグラデーションが大きなレッド・タイアを履いていた。彼らとは対照的にスペンサー・ピゴットは硬めのブラック・タイアを装着。リスタート後は次第に順位を上げていた。琢磨はロッシに続く7番手につけており、アンドレッティのふたりはペースが上がらないジェイムズ・ヒンチクリフを追い抜くのに手こずっていた。「最初はすごくタイアがグリップしていましたが、その後、急激にパフォーマンスは低下していきました。アレックスはありとあらゆる場所でヒンチクリフを抜こうとしましたが、結果的には追い越せないままピットストップ・ウィンドウを迎えることとなります」

 その直前、琢磨はターン3でロッシを捉えそうになるが、これが思いどおりにいかなかったうえに、反対にピゴットに抜かれてしまう。これと間髪を入れずにロッシがピットイン。1周後にはヒンチクリフもこれに続いた。

「ここでペースを上げてふたりを攻略するつもりでしたが、実際にはものすごく運の悪いタイミングでイエローが提示されたため、この作戦は失敗に終わります。いっぽう、ピゴットのペースはブラック・タイアがベストな選択であることを示していました。僕には新品のブラック・タイアが2セットありましたが、その後がっかりするような出来事が立て続けに起きたのです」

 琢磨を含むほとんどのドライバーはコーション中にピットストップを行い、隊列の後方に整列。その後、リスタートが切られた周に琢磨はピゴットと接触してしまう。「トロントのターン3は素晴らしいオーバーテイク・ポイントです。ストレートを180mph(約288km/h)で走ってきた後で60mph(約96km/h)まで減速。もしも右コーナーのターン3にサイド・バイ・サイドで進入できれば、ターン4は左コーナーなので、有利なラインを手に入れることができます。また、事前のドライバーズ・ブリーフィングでレースディレクターのブライアン・バーンハートは『お互いをリスペクトしてスペースを残しておくように。特にターン4は注意深く、そして思慮深くレースを戦って欲しい』と語りました」

「スペンサーとは完全に横並びになったわけではありません。たぶん半車身くらいが重なった格好ですが、勢いは僕のほうがありました。彼がミラーを見たことはわかっていたので、僕の存在にも気づいていたはずです。だから僕はサイド・バイ・サイドに持ち込んだのですが、そのとき彼はドアを閉じました。僕はサンドイッチになってマシーンの左側がウォールに接触。右のフロントタイアがパンクするとともに、このタイアのトレッドが剥離してフロントウィングのエンドプレートがダメージを受けました。彼が無理矢理近づいてきたことはとても残念でしたし、無用なことだったと思います」

 アンドレッティのメカニックたちが素早く作業を行ったおかげで、琢磨はレースリーダーであるジョセフ・ニューガーデンの直前でコースに復帰、リードラップに留まることができた。ここから琢磨は懸命にプッシュして後方のレースリーダーを引き離し始めた。琢磨はイエローが提示されて、上位に返り咲くチャンスを待ち望んだが、それは叶わなかった。「リーダーがすぐ真後ろに迫っていたので、ブルーフラッグが提示されましたが、そこで僕はスピードを見せつけました。次のピットストップまでに、それまで2秒だったリードを7秒まで広げました。30周にわたって、予選のように走り続けたのです。これで、僕たちがどれだけコンペティティブだったかがわかってもらえると思います。レースペースに関していえば、僕はコース上で最速のドライバーのひとりでした。ここまでの展開には満足していて、もう1度イエローが出るか雨が降ることを期待していました」

 最初のブラック・タイアはピゴットとのクラッシュで台無しになっていたため、次のピットストップでは再びレッド・タイアを装着することになる。コノー・デイリーに追い付いて攻略した琢磨は16番手に浮上。ところがここでタイアのライフが終わってデイリーへの防戦に追われることになる。そして再びレースリーダーが後ろに迫ってきて、琢磨との差を徐々に詰めていった。「少なくとも強力なパフォーマンスを示せたと思いますが、最後の5ラップはデグラデーションに苦しみ、ポジションを守るだけで精一杯でした。とても残念でしたが、チームメイトのアレックスが好戦略と力強い走りで2位に入ったのはとてもよかったですね」

 翌週は珍しいことにオフで、続く週末には緑豊かなミドオハイオでレースが行われる。しかし、琢磨たちに休暇をとる余裕はない。「エンジニアリングに関する作業をずっと行うことになります」 琢磨は依然としてタイトル争いの7番手に留まっている。「チャンピオンシップのことを考えるとできるだけ大量ポイントが欲しいし、ミドオハイオでは速さを手に入れたいと思います。昨年は終盤に追突さえされなければ表彰台に登れていたはずなので、ミドオハイオに戻るのが楽しみです。ミドオハイオではいつもレースをエンジョイできたので、できれば力強く戦いたいですね」

written by Marcus Simmons

 

マーカス・シモンズレースレポート:インディカーシリーズ第11戦

=========================

不可解なデグラデーション

第11戦 アイオワ

=========================

 ショートオーバルのアイオワ・スピードウェイでは、ベライゾン・インディカー・シリーズのなかでも特に意外なレースが起こりがちだが、今回、この7/8マイルのサーキットではいつもにも増して予測不可能な戦いが繰り広げられた。とりわけ佐藤琢磨にとってはアップ&ダウンの激しい週末だったといえる。なにしろ、アンドレッティ・オートスポーツ・ダラーラ・ホンダを駆って臨んだ予選でホンダ勢でトップとなる5番グリッドを手に入れながら、レース前半はペースが伸び悩んで周回遅れに転落し、結果的に16位でフィニッシュしたのだから......。

 前戦のロードアメリカが終わった直後、チームはアイオワでテストを実施していた。「ひどく風が強い日だったので、エアロテストを行なうのはとても難しいコンディションでした」と琢磨。「それでも、たくさんのメニューを消化して、今年のフィロソフィーに従った新しいセットアップを昨年のものと比較することができました」

 アイオワのレースはテストのときよりもさらに暑くなると予想されると同時に、予選前には75分間のプラクティスが1回しか行なわれないため、アンドレッティ・チームはこれまでとはやや異なるセットアップを選択することになる。「とても忙しくて、比較テストを行なう余裕はありませんでした。アンドレッティ・オートスポーツの4台のマシーンでテストする項目を分担しましたが、たとえチームメイトのマシーンで効果的なセットアップが見つかったとしても、オーバルのセッティングはひとつひとつのディテールが大きく結果を左右するので、他人のセットアップをそのままコピーしてもうまくいくとは限りません。僕たちの作業としては、まず基本となるセットアップを行い、続いて予選用のシミュレーションを実施しなければいけません。なぜなら、決勝前にはウォームアップ・セッションが用意されているからです。いずれにしても、テストのときとはコンディションが大きく異なっていました。とても暑くて、路面温度もすごく上がっていました。オーバルのセットアップは気温の変化に敏感で、バランスとグリップレベルは驚くほど大きな影響を受けます。最初に走行したときは、路面がとてもグリーンな状態だったこともあってバランスやグリップには満足できず、このためたくさんの変更を行ってセットアップのフィロソフィーも異なるものにしました」

 完全な予選シミュレーションを行う余裕はとうとう手に入らなかったが、それでも21人中20番手に終わった琢磨はある程度の手応えを掴んでいた。そうはいっても、さすがに自分が5番手グリッドを手に入れることまでは予想していなかったようだ。

「僕たちが手に入れたスピードに関しては、とても満足していました。チームで最初に予選に臨んだのはマルコ・アンドレッティでしたが、とても苦しいそうな走りでした。なにしろ、すべてのコーナーでスライドを強いられたのですから! テレメントリーデータを見ていましたが、どちらのサイドのコーナーでもアクセルをほぼ完全に戻さなければならない状態でした。次にアタックしたアレックスのバランスは悪くなかったようですが、全体的なグリップ力が完全に不足しており、スロットルを戻しながら忙しくステアリングを修正していました」

「エンジニアのギャレット・マザースヘッドと僕は、彼らのテレメトリーデータを見ながら『なんてことだ。僕たちはどうすればいいんだ?』と話していました。なぜなら、僕たちは彼らよりも少ないダウンフォースに設定していたからです。ウィングの調整は認められていますが、すでにもっとも強い角度にあわせてあったうえ、リアウィング・ボックスにはスーパースピードウェイ用のウィングレットを取り付けていたので、調整は不可能です。空力効率は優れていますが、ダウンフォースを増すことはできなかったのです。もう手は尽くしていたので、僕は意を決して予選に挑みました。1ラップは18秒ほどで、通常の半分ほどしかありません。しかも、ウォームアップを1周するとグリーンフラッグが提示され、そこから2周のアタックを行うことになるのです。したがって事前にタイアを完全にウォームアップするのは不可能なので、コーナーごとにバランスが変わっていくうえ、最大6Gの横Gに襲われます。ウォームアップラップではまだフロントタイアが十分に温まってなく、このためターン1とターン2の間にあるバンプでマシーンがスライドした為、軽くスロットルを戻しました。それでも、バランスとグリップ感は恐れていたほど悪く、むしろかなりの好感触を得たので、残りの周回は全力で走り抜きました。チームは本当に素晴らしい仕事をしてくれたと思います」

 土曜日の夜に行われたウォームアップは、トラフィックのなかを走るチャンスが得られなかったものの、まずまずの展開だった。とはいえ、走行時間は決して十分ではなかったので、レース用のセッティングは予想も織り交ぜて決定することとなる。迎えて日曜日、彼らのセッティングは、はじめとても好ましい反応を示したように見えた。オープニングラップでJRヒルデブランドと4番手争いを演じると、琢磨は5番手に落ち着いたからだ。ところが20周を過ぎると勢いを失い、この段階ですでに琢磨を抜かしていたミカエル・アレシンのクラッシュで最初のコーションが提示されたときには10番手までポジションを落としていた。

「スタートしたときはとてもハッピーでした。順位を守りきったことにも満足していましたし、その後はトップグループにまじって後続を引き離し始めていたのです。ところが、10周を過ぎるとリアタイアは"終わった"も同然の状態となります。デグラデーションがひどくてポジションを守れませんでした。しかも、1度ポジションを落とすと、勢いを失って急速に後退することになります。まだ1スティント分の周回数を走りきっていなかったので、イエローが出たのはラッキーでした。ピットストップしたときはフロントウィングを寝かし、少しでもリアタイアを守るセッティングに変更しました。ただし、これでも不十分で、第2スティントではさらに苦しい状況に追い込まれてしまいました」

 メカニックたちの活躍もあってリスタートで琢磨は8番手まで挽回できたが、その後は再び順位を落とし始め、コースがグリーンのときに行なった2回目のピットストップまでには17番手となっていた。さらに悪いことに、琢磨がコースに復帰した直後に、カルロス・ムニョスが壁に接触して破片が飛び散り、この影響でイエローが提示。琢磨は2周遅れとなってしまったのだ。

「ひどいオーバーステアに苦しんでいました。マシーンがスライドするとタイア表面の温度は上がりますが、タイアは十分なグリップを発揮できなくなるので、内部の温度はむしろ下がります。こうして、ネガティブなスパイラルに入り込んでいくのです。タイア交換が必要なのは明らかだったので、僕は無線でSOSを送り、5ストップ作戦に切り替えることにします。そして僕はピットに飛び込みましたが、その直後にイエローとなりました。これは本当に残念でした。なぜなら、ショートオーバルでピットストップを行うと2ラップ・ダウンになり、そこから抜け出すのはとても難しいからです」

 次のスティントは、コナー・ダリーが壁と接触してイエローが出たことで幕を閉じたが、このときひとつの混乱が起きる。リードラップを走行していたドライバーでピットストップを行ったのはチャーリー・キンボールのみ。この場合、琢磨とエド・ジョーンズは1周を取り返すことができるが、キンボールが見かけ上のトップに立つという予期しない事態となったために判断が錯綜。オフィシャルは琢磨とジョーンズにペースダウンしてセーフティカーの後方に回るように指示したのだ。「2001年イギリスF3のシルヴァーストンを思い出しましたね」 琢磨は笑いを堪えきれない様子だった。

「僕たちは40mph(約64km/h)で走ることになったのです」 16年前の秋、セーフティカーランとなった際にレースリーダーを正確に特定するのは、当時のイギリスのレースオフィシャルにとってまだ容易なことではなかった。このため彼らは琢磨の存在を見逃し、実際には2番手だったドライバーの直前にセーフティカーを入れるとともに、セーフティカーが追い付きやすくなるように琢磨にペースダウンを指示したのである。ところが、このときひどい雨が降り続いていたため、再スタートまであとコーナーふたつだけになったところで琢磨はスピンを喫してしまう。タイアが冷えてまったくグリップを発揮できなくなったことが、その原因だった。しかし、最終戦で琢磨は鮮やかに完勝し、連戦連勝でタイトルを獲得したシーズンを白星で締めくくったのである。

 こうして、アイオワでの琢磨は苦戦を強いられ、雨のために20分間の中断を挟んだレースがフィニッシュを迎えたとき、No.26のマシーンは2周遅れの16位となっていた。「2ラップ遅れになってからは、リードラップに返り咲こうとして懸命の努力を続けましたが、信じられないくらい難しいレースでした。予選で使ったタイアを履いて臨んだ4スティント目の再スタートでも苦しい状況は続いていましたが、その後は徐々に改善されていきました。まずまずのペースで走り続けた後、ニュータイアを履いて迎えた5スティント目では、トップグループと変わらぬペースで周回を重ねることができました。さらに、陽が傾いてバンクに影がさしてきたことも、僕のセットップにいい影響を与えましたが、すでに時遅しでした。この段階でリスクを犯す必要はまったくなかったものの、僕は前を走るドライバーに追い付いていきました」

 この結果、琢磨はポイント争いで7番手に転落したが、いまは次のレースに集中すべきときだろう。今週末には国境を北に越えたカナダのトロントで次のレースが繰り広げられる。「アイオワで起きたことはしっかりと分析する必要がありますが、その後は早く忘れ去りたいレースですね! いずれにせよ、アイオワで3位表彰台を勝ち取ったライアン・ハンター-レイと彼のクルーには、心から祝福したいです。アンドレッティ・オートスポーツに所属する4人のうち、3人は不振に終わりましたが、彼だけはよかったので、これはチームの今後に好材料をもたらすことでしょう。トロントのレースは楽しみです。直前に行われた市街地レースはデトロイトですが、ここで僕たちは成功を収めたので、同じ公道コースのトロントでもいいリズムで走れそうです。しかも、トロントは今年最後の市街地レースです。なにより、僕はこのレースを毎回のように楽しんできましたし、良い思い出もたくさん残しているのですから!」

written by Marcus Simmons

 

マーカス・シモンズレースレポート:インディカーシリーズ第10戦

=========================

満身創痍

第10戦 ロードアメリカ

=========================

 ロードアメリカがベライゾン・インディカー・シリーズのなかでも傑出したサーキットであることは疑う余地がない。しかし、佐藤琢磨がチャンピオン争いの夢をつなぐための場所としては、あまり好ましくなかったようだ。週末を通してNo.26アンドレッティ・オートスポーツ・ダラーラ-ホンダのペースは伸び悩んでいたうえに、ドライバーの琢磨は頸部に激しい痛みを抱えていたのである。

 そのうえ、琢磨はレースに先だって行なわれたテストに参加できなかった。なぜなら、インディ500を制した凱旋ツアーのため、日本で忙しい日々を過ごしていたからだ。「難しい選択でした」 琢磨が認める。「本来はいうまでもなくレース活動が最優先されます。ただし、このタイミングで日本に帰国することはインディ500のウィナーとしてこなさなければいけない仕事だったのです。テストに関しては、チームからたくさんの作業をこなしておくと伝えられていましたし、テスト後にシミュレーターを走らせることにもなっていました。また、今回のテストではインディ・ライツのドライバーが午前中のセッションで走ることになっており、天候の問題もあったため、レギュラー陣営はほんの数時間しか走れなかったようです。テストを行なうには、決して十分だったとはいえませんでした」

「日本では、楽しくも忙しい時間を過ごしましたが、たくさんの声援をいただき、本当に素晴らしい時間を過ごすことができました。チームが予定していたたくさんの比較テストも実施できたので、僕たちは自信を持ってロードアメリカに向かいました」

 ところが、レースウィークはテストと打って変わって温度が上昇し、路面コンディションが大きく変化したことから、アンドレッティ・チームは苦戦を強いられ、金曜日に行なわれた2回のセッションを琢磨は17番手と15番手で終えることとなった。「バランスの点でもグリップの点でも苦しみました。やはりテストをしていないと状況はより困難なものになります。いくつかのことは試しましたが、最大限の効果を出すには時間が足りませんでした」

 土曜日の午前中は涼しくなったものの、琢磨は再び15番手となった。しかも、突発的に起きた頸部の痛みが激しさを増してきたうえ、バランスの改善はいっこうに捗らなかった。「予選に向けてセッティングを大幅に変更しなければいけませんでした。良好なグリップがどうしても得られなかったので、全面的に見直すことにしたのです。プラクティスでは4人のドライバーがそれぞれ異なったセッティングを試しましたが、予選ではマルコ・アンドレッティのセットアップに全員が追随することになりました。いっぽう、予選ではレッド・タイアを履くとフロントのグリップが低下し、不可解なアンダーステアが起きるという問題に悩まされました。これは後にファイアストンから、問題のあったパッチのタイヤだったと説明がありました。タイムに悪影響を及ぼし、順位は間違いなくいくつか下がったと思います」

 このため、琢磨は予選のセグメント2には進出できず、20番グリッドからスタートすることが決まる。さらに、レースに備えて頸部を少しでも休ませるため、日曜日午前中のウォームアップに出走しないことにした。「とにかく休養をとって少しでもいい状態でレースに臨む。チームはこのことを考えて、ウォームアップを見送る判断を下しました。しかし、予選が終わってからチームメイトのセッティングを参考にしてマシーンを変更したため、レースにはぶっつけ本番に近い状態で挑むことになりました。さらに、コクピットには身体を支えるためのプロテクションをたくさん貼り付け、テーピングで身体を固定しました。おまけにドクターによるブロック注射を3本も打ってもらったのです」

「いわば、ギックリ腰のような症状が頸部に起きたもので、神経に鋭い痛みが伝わり、言葉ではいえないほど苦しい思いをしました。おそらく、身体の酷使など、たくさんの要因が重なったことが原因になったと思います。F1に参戦していた当時にも、新しいHANSデバイスを試した時に似たような症状に苦しむことがありました。しかしあの時はシングルベルトでHANSごと肩を押さえつけられた為、血流が悪くなっておきた怪我でした。先週の症状はそれとは違うものですが、自分で頸を支えられないほどでした」

 このような状態では、レースのスタート直前にNo.26のコクピットから自信を感じ取ることは難しい。数ラップを終えると、琢磨はコノー・ダリーに続く最後尾まで転落したが、3ストップ作戦を選択していたため、4ストップ作戦で走る中団グループが2回目のピットストップを行なうと、順位をいくぶん挽回することができた。続く第2スティントではペースが上がったものの、第3スティントのオープニングラップを走行中、琢磨は高速右コーナーの"キンク"でスピン。コース上にマシーンを停めることになった。これでフルコーションになると、琢磨はピットに舞い戻り、1ラップ遅れとなってレースに復帰した。

「ほとんど順位を上げることはできませんでした。第1スティントではとにかく状況を落ち着かせ、そこに馴染むことに注力しましたが、第2スティントでは速くなりました。素晴らしいペースとまではいきませんが、決して悪くありませんでした。ところが、第3スティントの初めで、僕は問題を抱えてしてしまいます。パッドに大きく寄りかかるようにしてドライブしていたので、クルマの感触を正確に掴めなかったようです。さらに、ニュータイアを履き、燃料も満タンにしていた影響で、普段だったら1周目でも問題のないキンクでマシーンが神経質な挙動を示し、フロントのグリップが一瞬にして抜けてしまったのです。僕はスロットルを緩めましたが、すでに強い勢いがついていたようです。マーブルに乗って、激しいスピンを喫しました。エンドプレートやフロントウィングにはあまりダメージがありませんでしたが、ボディの下側はかなり傷んでいて、アンダーウィングを失っていました」

 とはいえ、レース中はフロントウィングを交換することしかできず、琢磨は手負いのまま走行を続けることになった。そしてトニー・カナーンの同じ場所でのクラッシュで再びイエローになった後は、レース前半にコースアウトしていたチームメイトのアンドレッティとバトルを演じた。「僕はマルコを追っていましたが、彼はほかのドライバーとバトルをしていて、コースオフに追い込まれたため、僕は順位を上げることができました。その後は別のドライバーに追随していましたが、何かの破片が飛んできて、運悪く僕のフロントウィングに当たってダメージを与えてしまいます。これでダウンフォースをかなり失いました。ただし、もはやピットストップしても無駄だったので、僕はそのまま走り続けてゴールを目指しました」

 こうして琢磨は19位でレースを戦い終えた。ポイント争いでは依然として4番手につけているものの、トップのスコット・ディクソンとは56点もの差がつけられた。この次は? 1日だけ休息をとった後、火曜日には次戦に備えてアイオワ・スピードウェイでテストを行なう予定になっている。

「ドクターによる治療と注射をしてくれたことに感謝しています。僕には休みが必要なのでしょうが、症状はよくなっているうえ、マシーンにはしっかりとしたパッドが貼り付けられました。レースまでには復調しているでしょうし、少なくともアイオワではブレーキを使いません! ロードアメリカは、いつ訪れても素晴らしい場所で、ファンの皆さんからは熱狂的な声援を送っていただけます。たくさんの観客が来場して、素晴らしい週末になったと思います。足りないのは、僕たちの競争力だけでした」

written by Marcus Simmons

 

マーカス・シモンズレースレポート:インディカーシリーズ第9戦

=========================

避けられなかったアクシデント

第9戦 テキサス

=========================

 テキサス・モーター・スピードウェイのレースが残り5周となったとき、2番手争いを演じていたスコット・ディクソンと接触してリタイアに追い込まれたのは佐藤琢磨にとって不運な結末だった。けれども、全長1.5マイル(約2.4km)のオーバルコースはいつものように驚きに満ちた展開を生み出し、リタイアが続出したため、琢磨は10位でフィニッシュしたと見なされた。この結果、アンドレッティ・オートスポーツ・ダラーラ・ホンダに乗る日本人ドライバーは、依然としてチャンピオンを狙えるポジションに留まっている。

 雨が降った影響で金曜日のプラクティスは当初予定されていた75分間から45分間へと短縮され、おかげでセットアップを煮詰める時間との戦いは変わりゆく路面コンディションのもとで繰り広げられることとなった。「テキサスのコースは見違えるように変わりました」と琢磨。「ターン1からターン2にかけてのレイアウトは完全に別物です。いまもハイバンクであることには変わりありませんが、以前に比べればバンク角は浅くなり、コース幅は広がりました。そしてコースは全面的に再舗装された結果、全体的な雰囲気も大きく変わっています。トンネルの上に位置するターン2のバンプはいままでよりずっと小さくなりましたが、第2レーンと第3レーンのグリップは格段に低下し、この段階ではまったく走れない状態でした」

「決勝と予選に向けた準備として、僕たちはたくさんの作業を行うつもりでしたが、予定していたメニューの半分も手をつけられませんでした。こんなとき、アンドレッティ・オートスポーツの4台体制はたしかに役に立ち、セッティングも進みましたが、それらをひとつにまとめる作業がまだ残されています。インディ500ではプラクティスの時間がたっぷり用意されていますが、テキサスは様子が大きく異なっていて、規模の大きなチームでさえ手探りの状態でレースに臨まなければいけません。大きな問題はなかったものの、パフォーマンスに満足できるところまではいかず、まずまず安心して走れるというレベルでした」

 このセッションを6番手で終えた琢磨は、続いて予選に挑み、8番グリッドを手に入れる。「僕の前にアタックしたチームメイトに少し助けてもらう格好となりました。とはいえ、僕たちの出走順はかなり前のほうだったと思います。アタックの直後、僕はトップに立ちましたが、続いて出走したドライバーは直ちに僕のタイムを上回り、さらに速いドライバーが続々と待ち構えていました。予選8位という結果は少し残念ですが、このような状況だったことを考えれば仕方なかったといえます。これが、もしも以前のままのテキサスだったら、スターティンググリッドのことなどまったく心配しなかったでしょうが、今年はダウンフォースを減らすとオーバーテイクが非常に難しくなると予想されたので少し気がかりでした」

 予選後に行われたプラクティスで、琢磨の心配が現実のものとなる。なんと、ほとんど最下位に近いタイムに終わったのだ。もっとも、デトロイトでポールポジションを勝ち取った結果として、琢磨のピットボックスがピットレーンのいちばん前に位置していたため、常に集団をリードする形となってスリップストリームが使えなかったことも、スピードが伸び悩む一因となっていた。「タイムのことはあまり心配していませんでした。僕たちは自信を持ってレースに挑めるようにすることに注力していました」

 琢磨とチームメイトのアレクサンダー・ロッシは、オーバーテイクが困難なことを勘案し、同じアンドレッティ・オートスポーツのマルコ・アンドレッティやライアン・ハンター-レイに比べてダウンフォースが少なめのセッティングを選択した。スタート直後はこの判断が的中したようで、6番手までポジションを上げた琢磨はトリスタン・ヴォーティエと5番手争いを演じていたが、最初のスティントの終わりが近づくにつれて琢磨は勢いを失い、一時は16番手まで後退した。「スタートは順調で、レース序盤はリズムに乗って周回を重ねました。ところが、間もなく軽いデグラデーションが始まるとともにブリスターが発生し、さらにはバランス・シフトにも見舞われました。ローダウンフォース・セッティングだったので下のレーンを走り続けるのは容易ではなく、このためスピードが伸びずにポジションを落としていきました。日が沈めば苦しい状況から脱出できることはわかっていたものの、終盤に向けてマシーンの状態は上向きになっていきました」

 ほどなくロッシがアクシデントを起こし、すべてのドライバーがイエロー中にピットストップを行った。このとき、ピットレーンで大きなアクシデントが起きる。ジェイムズ・ヒンチクリフとエリオ・カストロネヴェスが接触し、弾かれたカストロネヴェスのマシーンが、いままさに発進しようとしていた琢磨のNo.26カーに向かってきたのだ。これで琢磨は周囲を囲まれ、身動きがとれなくなってしまう。「完全にサンドイッチされてしまいました! これで僕のレースも終わったと思いましたが、幸運にもマシーンはほとんどダメージを負っていませんでした。ただし、フロントウィングは交換しなければならず、これでラップダウンになったため、その後はリードラップに戻るために追い上げなければいけませんでした」

 皮肉にも、カストロネヴェスがクラッシュしたことで2度目のコーションが提示される。アンドレッティ・チームは、ほかのドライバーがイエローでピットインしている間も琢磨に周回を続けさせ、まずはリードラップに復帰させると、その後でピット作業を行った。こうして琢磨は集団の最後尾につけたが、ポジションは依然として17番手に留まっている。「ここからは懸命に順位を取り戻さなければいけませんでした。なぜなら、トラックはまだ第2レーンがつかえない状態で、グリップが改善されるにはさらに温度が下がらなければいけなかったからです。僕は少し苦しんでいましたが、この後、僕の目の前で本当にとても大きなアクシデントが起きます。きわどいところで僕はこの事故をすり抜けました。それもかなりギリギリで、右、左、右、左とかわしながら、さらに何台かのマシーンがブレーキングしてバンクの下のほうに降りてきたので、僕はコースのいちばん端まで下がっていくことにしました」

 大規模なコース清掃が必要となったためレースは赤旗中断とされ、残り89周で再開されることとなる。この時点で琢磨は8番手。さらに4番手まで浮上しようとしたところで、インディカー・シリーズはタイアにブリスターが発生する危険があることから競技を一時的に中断する"コンペティション・コーション"という措置を導入した。「そのリスタートでは、スタートポジションと同じ順位まで挽回していました。赤旗による中断が終わると、気温は下がってあたりは暗くなってきました。コンディションは元のいい状態に戻ってきましたが、僕を含めた多くのドライバーがブリスターに悩まされていたため、インディカー・シリーズは30周のレーシング走行が続いたところで全員にタイア交換を義務づけました。このためレースは大接戦となりました」

 最初のコンペティション・コーションが終わると、今度はジョセフ・ニューガーデンがクラッシュ。その処理を終えてから、ようやく再スタートが切られた。ここで琢磨はサイモン・パジェノーやディクソンとバトルを演じたうえでふたりをパス、一時的に2番手となったところで2度目のコンペティション・コーションとなる。これが終わってグリーンが提示されたとき、レースは20周を残すのみとなっていた。

「最後の2スティントはエキサイティングでクレイジーで、猛烈な展開でした! ペンスキー(パジェノーと首位のウィル・パワー)はトラフィックのなかで非常に強力で、僕たちは彼らには及びませんでしたが、純粋な意味でのスピードは有していました」 このスティントの前半ではパジェノーとマックス・チルトンを仕留めて3番手に浮上したが、前を走るパワーとディクソンはサイド・バイ・サイドとなって後続の行く手を阻んでいた。ここで琢磨は一時的に勢いを失い、パジェノーやカナーンに抜かれて5番手に後退する。これが残り7周となったときのこと。琢磨はただちに反撃を開始。パジェノーとカナーンをアウトから一気に抜き去る果敢な戦いを演じ、3番手へと浮上する。さらにパワーとディクソンの直後でドラフティングに入った。

「リスタートで何人かのドライバーがアウト側からオーバーテイクするのを目にしました。どうやらその部分のグリップは悪くないようです。また、フロントから100%の走行風を受けるにはその方法しかなかったので、僕もアウトサイドに回る決心をします。けれども、ウィルとスコットは互いに前に行ったり後ろに行ったりしながら一種の壁を作っていました。彼らはずっとサイド・バイ・サイドの状態で、どこにも行き場がありません。アウト側から攻略するという作戦もあったのでしょうが、その時点のポジショニングからそうはできませんでした」

 ここで琢磨は思いがけないほど急速にディクソンへと接近していく。「スコットと僕はサイド・バイ・サイドとなりながらウィルに追い付いていきました。もしも上空からこの様子を眺めたら、スコットと僕の間にはいくぶんスペースが残されていたのかもしれませんが、実際にはすべてが猛烈な勢いで起こりました。なにしろ220mph(約352km/h)でのサイド・バイ・サイドですから。しかもコクピットからすべてを見通すことはできません。キンクの部分で左にターンしますが、ひとたびターンインを始めたら、周囲のドライバーを妨害しないためにも一定の弧を描いて走行する必要があります。このとき、僕に見えていたのはウィルのリアウィングだけでした。僕はイン側を見ようとしましたが、どこで舗装が終わっているかはわかりません。このとき、ようやくみんなが極端に接近していることに気づきました。そこでグリーン上に入らなければいけなくなったのですが、思った以上に段差が大きく、マシーンは激しくボトミングし、マシーンは右側に弾き飛ばされました。僕のミスでした。ただし、結果的にスコットを巻き込む不幸なアクシデントになったので、彼には本当に申し訳ないと思っています」

 ポイントリーダーだったディクソンが9位に終わったため、琢磨はトップとわずか14点差でチャンピオン争いの3番手につけている。2番手に浮上したのはパジェノーで、カストロネヴェスは4番手に後退した。「本当にコンペティティブなチャンピオンシップです。きっと誰にでもチャンスがあると思います。でも、こんな形でレースが終わったことは残念で仕方ありません。もしもグリーン上でマシーンが浮き上がってジャンプしたら、コントロールはできなくなります。今後、サーキット側がその原因を追及してくれることを期待しています。とはいえ、本当に残念なミスを犯してしまいました」

 テキサスのレースを終えた琢磨は、インディ500での優勝を報告するために日本に帰国し、数多くのメディアから取材を受けた。この影響で、シリーズの次戦で2週間後に開催されるロードアメリカでのテストは参加を見送る形となった。「飛行機から降りると同時にメディア・スクラムが始まります! まったく休みのない、とても忙しい日々になる見通しですが、きっとエキサイティングで楽しいと思います。チームメイトがロードアメリカのテストでいいデータを収集し、レースでは力強く戦えることを期待しています」

written by Marcus Simmons

 

マーカス・シモンズレースレポート:インディカーシリーズ第7戦・8戦

==========================

いまできる最大限のこと

第7戦・8戦 デトロイト

==========================

別に牛乳を飲んで二日酔いになるわけではないだろうが、それを思わせるようなことがインディ500ではしばしば起きる。伝統的な儀式でインディ優勝を祝ったドライバーが翌週のレースで不振に陥るのはよくあること。しかし、デトロイトのベルアイル・サーキットにおける琢磨は例外だった。インディで大金星を掴んだ琢磨は、チャンピオンシップ争いでトップのエリオ・カストロネヴェスと11点差で3番手につけていた。デトロイトでポールポジションを獲得し、ダブルヘッダーのレースを4位と8位で終えた琢磨は、依然としてポイントリーダーと11点差の3番手につけているが、新たにトップに浮上したのはスコット・ディクソンだった。

インディ500の後で琢磨がどんな日々を過ごしていたかを考えれば、これは立派な成績だったといえる。「まったく休むヒマがありませんでした」と琢磨。「ウィナーズ・サークルで大喜びした後、記者会見や囲み取材を終えてから5本のインタビューと10本のサテライト・インタビューを行いました。夜の8時30分になっても僕は濡れたレーシングスーツを着たままでしたが、ミルクがあまりイヤな匂いを発しないのは驚きでした! その後、市内でアンドレッティ・オートスポーツのディナーがあって、午前3時にようやく眠りにつきました」

月曜日にも早朝からの写真撮影や数多くの取材をこなしたのに続き、恒例のバンケットに出席した後、深夜にニューヨークへ飛びました。翌日はタイムズスクエアにあるNASDAQの証券取引所で取引開始のベルを鳴らし、それから11時間にわたってメディア対応をこなすとエンパイア・ステート・ビルを訪れ、真夜中にテキサスへと飛んだ。「僕たちはダラス・カウボーイの本拠地を訪れましたが、ここはマクラーレンのようにすごいところでした。すべて清潔で、床は大理石で、本当に驚くべき施設でした。インディ後のツアーはとても興味深いものでした。たくさんの人たちが『あれはクレイジーだよ』と言っていて、僕もそうだと予想していたのですが、実際にはとてもよかったと思います。すべてのメディア、そしてファンの反応に僕は心から感謝します。インディカーはすべてをまとめるために素晴らしい仕事をしてくれました。スケジュールは1秒単位で進行しているかのようでした。F1時代を含め、こんな経験をしたのは初めてでした!」

金曜日に行われたフリープラクティスで、琢磨はようやくNo.26アンドレッティ・オートスポーツ・ダラーラ・ホンダのコクピットに戻ってこられた。「小さなコクピットに戻り、ハーネスを締めてヘルメットのシールドを下ろし、ひとり静かな世界に身を置く......。メディアの皆さんも素晴らしかったけれど、いつもの仕事に復帰できてとても嬉しく思いました。2回のセッションはどちらもうまくいきました。最初のセッションでは特にコンペティティブで、とりわけ嬉しく思いました。インディに勝った後のデトロイトに100%の体調で臨めるとは予想していませんでしたが、いきなり限界ギリギリのドライビングをしてコンペティティブなラップタイムが刻めたことで喜びを感じました。デトロイトの市街地コースは、インディアナポリスとはまるで異なります。路面がスムーズで230mph(約368km/h)で走るスーパースピードウェイから、もっともバンピーなサーキットのひとつで肉体的にも厳しく、レイアウトもチャレンジングなコースへと一転するのですから......。今年、コースは大規模に改修され、メインストレートやバックストレートはこれまでよりはるかにスムーズになったため、ボトミングする機会も減りました」

「2回のセッションで記録されたタイムが必ずしもそのときの状態を反映しているわけではありませんが、それでも僕たちがコンペティティブであることには自信がありました。ソフトめのレッド・タイアでの感触を掴み、僕たちはまずまず満足してセッションを終え、予選に向けた準備を終えたのです」

デトロイトのダブルヘッダーではユニークなフォーマットが採用されている。各レースのスターティンググリッドを決める予選がそれぞれ行われるのだが、いずれも全エントリーを半分に分割した予選グループごとに計測を実施するのだ。土曜日の午前中、琢磨は自分が属する予選グループでグレアム・レイホールに次ぐ2番手となり、3番グリッドからスタートすることが決まる。「わずかコンマ1秒差でした。マシーンのスピードにも2列目グリッドを手に入れられたことにも満足でした」

レースは先行するレイホールとカストロネヴェスを琢磨が追う展開で膠着状態に陥る。そしてカストロネヴェスと琢磨は早めにレッド・タイアからブラック・タイアへの交換を行ない、3ストップでレースを走りきる作戦を選択した。しかし、後になってこれが正しい戦略ではなかったことが証明される。というのも、この日のレースでイエローになったのは2回だけで、いずれもレース前半に提示されたからだ。「エリオとグレアムは異次元の速さでした。彼らはあっという間に見えなくなり、僕はアレックス(アレクサンダー・ロッシ)とディクシーの前方を走行していました。僕たちは全員レッド・タイアでスタートしましたが、誰もがデグラデーションで苦しんでいるようで、一部のドライバーはブラック・タイアに交換すると、予想どおりコンペティティブなタイムを刻むようになりました。そこで僕たちもタイアを交換しました。実際のところ交換が必要な状況だったのですが、これでレース戦略は必然的に3ストップとなり、難しい立場に追い込まれることになりました」

レース終盤、琢磨は7番手で、その直後にカストロネヴェスがつけていた。ただし、ブラジル人ドライバーは3回目で最後となるピットストップをすでに終えおり、ふたりは他のドライバーを大きく引き離していた。残り5周で最後のピットストップを行おうとする琢磨にとって、これは絶好のチャンスだった。給油のみ行えば、カストロネヴェスの先行は許すものの、順位はひとつ落とすだけの8位でフィニッシュできるからだ。そして琢磨は最後の数マイルをまるでロケットのような速さで駆け抜けていったのである。「ピットストップを終えたところで誰かの後方につけてしまうのは、よくあることです。ただし、いまのエアロ・パッケージで誰かを追うのは非常に困難なため、これがレース戦略面にも大きな影響を与えています。いずれにせよ、最終結果は大きく変わらなかったともいえます。僕は、できるだけ燃料をセーブして最後のピットストップを引き伸ばさなければいけませんでした。そして幸運にも僕はエリオに順位を譲るだけで済み、たくさんのポジションを犠牲にする必要はありませんでした。つまり、戦略面でのダメージを最小限に抑えることができたのです」

土曜日の朝、琢磨はポールポジション獲得の快挙を成し遂げる。これは琢磨にとって2014年のデトロイト以来のことで、通算6度目。琢磨は同じ予選グループのレイホールを破ったほか、もうひとつの予選グループではライアン・ハンター-レイがトップに立ったため、フロントロウはアンドレッティ・オートスポーツのドライバーで占められることになった。「めちゃくちゃ嬉しかったですし、ものすごくエキサイティングな結果でした。土曜日にグループ1だった僕たちは、日曜日にはグループ2となります。だから、ポールポジションを獲得するには絶好のチャンスだと思っていました。もっとも、土曜日にレイホールは抜群の速さを見せていたので、容易なことではないとも考えていました。ただし、いくつかの微調整によりマシーンが速くなったことには自信があったので、2014年のデトロイトのように全力で挑む準備ができていました。マシーンは本当に速くて、僕はNo.26のメカニックたちをとても誇りに思いました。インディの後で睡眠時間が全く取れないことについて話しましたが、寝不足の日々を過ごし他のは、メカニックたちも同じでした。組み上げられたシャシーに新しいエンジンを搭載し、エンジニアのギャレット・マザーヘッドが鼻のあぶらをすり込むと、マシーンはまるで宇宙船のような速さを見せました。僕も全力でそれを操りました。息をするのも忘れてしまうようなドライビングでした。僕はラップレコードを叩き出し、ポールポジションを手に入れたのです」

琢磨はレースでも好スタートを切る。いっぽう、レイホールがハンター-レイを攻略して2番手に浮上するまでには数ラップを要した。「ハンター-レイが後ろについていてくれてとても助かりました。当初、彼は僕を援護してくれましたが、徐々にスピードが伸び悩むようになります。そこにレイホールがどんどん近づいてきました。僕は燃料をセーブするつもりでしたが、レイホールが直後にやってきたのでプッシュしなければいけなくなります。当初、僕は24ラップまで給油を引き伸ばすつもりでしたが、あらゆる手を使っても23ラップまでこらえるのが精一杯でした」

驚いたことに、レイホールは1周遅くピットストップすると琢磨を追い越してトップに立った。レース中盤、琢磨は2番手を守り続けたが、レイホールの速さは目を見張るばかりで、最後のピットストップが始まるまでにアメリカ人ドライバーは15秒近くまでリードを広げてみせる。いっぽうの琢磨はペンスキー軍団の猛攻を懸命に交わしていた。琢磨は、3番手のカストロネヴェスと同時にピットイン。しかし、琢磨はカストロネヴェスに先行されたうえ、アンダーカットを駆使したジョセフ・ニューガーデンがふたりを出し抜く格好となった。ニューガーデンはレイホールに匹敵するスピードを手に入れた唯一のドライバーで、3ストップ作戦でここまで追い上げていたのだ。「ピットボックスの位置も不利に作用したと思います」と琢磨。「僕たちのピットは入り口に近い場所だったので、2回とも減速してから加速することになりました。ピット作業が終わったとき、僕はウィルと並び掛けそうな勢いでしたが、スロットルを戻してブレーキをかけなければいけなかったのです」 これで琢磨は、レイホール、パジェノー、パワーに続く4番手で第3スティントを迎えることとなる。

「レイホール・チームは素晴らしい仕事をしたと思います。僕たちにとっては厳しいレースでした。できることはすべてして、ミスをせずに懸命に闘い続けました。それでも僕たちの速さは不十分で、表彰台には手が届きませんでした」

もっとも、さらに悪い結果に陥る危険性もあった。レース最終盤、ジェイムズ・ヒンチクリフとスペンサー・ピッゴットのマシーンが停止したために赤旗が提示され、フィニッシュまで残り2周で再開されることになったのだ。ここで琢磨はライバルよりもプッシュ・トゥ・パスを的確に活用してレースを走りきった。「とても危ない状況でしたが、ポジションを守りきることができました。特にターン1からターン2にかけては予選アタックのような走りでした!」

「ポールポジションからスタートして4位フィニッシュですから期待どおりの結果とはいえませんが、チャンピオンシップのことを考えると、とても手堅い戦い方だったと思います。いちばん大切なのは、エリオとスコットより上のポジションでフィニッシュしてポイント争いでのギャップを縮めることにあったので、いい週末だったといえます。ただし、僕のチームメイトは全員苦しんでいたので、レースペースを改善するための努力は続けなければいけません」

琢磨は休む間もなく、次の土曜日に始まるテキサス・モーター・スピードウェイでの一戦に臨むことになる。「デトロイトでは最善を尽くしました。"マンス・オブ・メイ"以来、僕たちは力強い結果を残しているので、僕もチームもとても満足しています。メカニックたちは休息をとることもなくテキサスに向けたマシーンの準備に取りかかっていますが、スーパースピードウェイではきっといい感触を掴めるでしょう。テキサスはいつもチャレンジングなコースで、僕にとって必ずしもゲンのいいサーキットとはいえませんが、それでも今年のインディで優勝するまでは、2011年のテキサスで残した5位が僕にとってはオーバルコースでの最高位でした! コースは大幅に改修─再舗装ならびにコース幅を拡大するとともに、バンク角がやや浅くなった─されたので、どんな結果になるか、とても楽しみです!」

written by Marcus Simmons

 

佐藤琢磨選手 インディ500優勝 メッセージムービー

インディ500優勝 おめでとうございます!
佐藤琢磨選手よりメッセージムービーをいただきました。
↑ 上記をクリックしてご覧ください。

Photo

 

佐藤琢磨選手 インディ500優勝 おめでとうございます!


Winners Photo

2017年5月28日(現地時間)、佐藤琢磨選手が
第101回インディアナポリス500マイルレース(インディ500)において
日本人として初の優勝を飾り、歴史的快挙を成し遂げました。

Racing Photo

 

マーカス・シモンズレースレポート:インディカーシリーズ第6戦

=========================

ついに掴み獲った"頂点"

第6戦 インディ500

=========================

 彼こそインディ500ウィナーである。0.2011秒差でエリオ・カストロネヴェスを破り、2017年のインディ500を制した瞬間、佐藤琢磨の人生は一転したといっていい。「本当に驚きです。信じられませんでした!」 琢磨は叫ぶようにして、そう言い放った。「僕の人生のなかでも本当に大きな意味を持つ瞬間でした。人生を変えたといってもいいでしょう。この48時間、夜は3時間か3時間半くらいしか寝ていません。おそらく50媒体くらいのインタビューをこなしたはずです」

 インディ500の2週間に及ぶ走行の滑り出しから、琢磨は常に好ポジションにつけ、上位陣と争い続けた。実際のところ、No.26をつけたアンドレッティ・オートスポーツ・ダラーラ・ホンダは走行初日に絶好のスタートを切っていたのだ。「アンドレッティ・オートスポーツのパフォーマンスは本当に印象的でした。彼らがスーパースピードウェイのために用意した基本セットアップはとても感触がよく、コースを走り出した当初から驚くほどバランスは良好でした。エンジニアのギャレット・マザーシードは、プラクティス初日に昨年のセットアップを使うことを提案してくれました。そうすれば、これをベースにコースコンディション、温度、空気密度などにあわせて調整できるというのです。それは素晴らしいもので、結果的にわずかな調整しか必要ありませんでした」

「そして走行初日の午後4時に最初のグループランを始めました。アンドレティ・オートスポーツのドライバー総出でトラフィックのシミュレーションを行うのです。僕にとってこれは初めての経験だったので、とても興味深いと思いました。コースを走ったのは4人─僕、ライアン・ハンター-レイ、マルコ・アンドレッティ、アレクサンダー・ロッシ─でした。というのも、ジャッキー・ハーヴェイはマシーンに細かな問題があり、フェルナンド・アロンソは少し異なるプログラムをこなしていたからです」

「僕たちは毎日グループランを行いました。全員がタイアや燃料の量をあわせてから走り出します。このため、トラフィックが作りだす乱気流の中でマシーンの強みと弱みが浮き彫りになり、この結果を踏まえてさらに速くするための努力を行います。とても洗練された手法で、僕が過去に経験したものとは大きく異なります。これまではいつも決まって、初日はシェイクダウン、2日目はエアロマップを作るために車高とウィング角の関係をチェック、3日目はトラフィック内の走行を試しますが、前を走るマシーンのタイアやウィング角がわからないので、そのときのデータが正しいという保証はどこにもありません」

「僕たちは毎日午後2時と5時に、それまで自分がどんな作業をやっていても中断し、グループランに臨みました。僕たちにとっては、これがもっとも大切な準備となりました。トラフィックのなかでクルマがどんな動きをするかは極めて重要ですが、インディ500で試したことはこれまでありませんでした」

 土曜日に行われた最初の予選は、雷雨がインディアナポリス・モーター・スピードウェイを直撃した為、中止になりそうな気配だったが、たちまち天候は回復し、結果的に全ドライバーがタイムアタックを行うことができた。出走順はクジ引きで、そして上位陣のグリッドはシュートアウトのファスト9で決められることとなる。出走順が最後に近かった琢磨は4ラップの平均で230.382mph(約368.6km/h)を記録し、この段階でトップに躍り出たが、その後、オーバルスペシャリストのエド・カーペンターが230.468mph(約368.7km/h)をマーク、最後の最後で2番手となった。

「とてもハッピーでした」と琢磨。「コースは急激に乾いていったので、僕たち全員がアタックできました。セッション終盤に走行したことも、僕にはラッキーでした。通常、セッション後半は温度が上がってアタックするには好ましくない状況となりますが、グリーンなコースでは後半のほうがコンディションはよくなります。また、チームメイトのあとで走行したことも僕にとってはメリットで、マシーンは本当に最高の状態でした」

 そして琢磨は土曜日のファスト9を迎える。「インディ500では過去最高のアタックでした。真剣なチャレンジでファスト9にアタックできたのは、これが初めてです。それはとても濃密な時間であると同時に、少し恐くもありました。すでにダウンフォースはとても小さく、セットアップは極めてアグレッシブなものでした。最初のラップは232mph(約371.2km/h)を越えるとても速いもので、2ラップめには早くもタイアのデグラデーションが始まっており、僕はコース幅を目一杯使いました。そこで、3ラップ目ではアペックスをコーナーの奥にとりましたが、それでもターン2の出口では壁に接触しそうでした。ここは横風が強く、したがって自然と強いアンダーステアになります。コーナーに進入するたびに、僕はウェイトジャッカーとアンチロールバーを調整しました。おかげでとてもチャレンジングでした。4ラップ目にはリアタイアもデグラデーションを起こし始め、狙ったラインをトレースできずにウォールに触れてしまいます。けれども、スロットルペダルから右足を離すことなく、結果的に4番手のタイムをマークできました。フロントロウに並べればさらによかったでしょうが、2列目でも僕はハッピーでした」

 ファスト9で平均231.365mph(約370.2km/h)を叩き出した琢磨は、チームメイトのロッシに続く4番手。いっぽう、カーペンターを破ってポールポジションを獲得したのはスコット・ディクソンで、記録は232.164mph(約371.5km/h)だった。

 予選が終わると走行は2週間目を迎え、決勝用のセッティングをさらにチューンナップすることになる。「マシーンは本当に強力でした。まだ少しテスト・アイテムが残っている状態でしたが、インディ500の決勝前にこれほどマシーンに自信を抱いたのは今回が初めてでした」 金曜日のカーブ・デイで琢磨は2番手のタイムをマークする。「このタイムについてはちょっと説明が必要です。もしもダウンフォースが少ない状態でトウ(スリップストリーム)が使えればいい記録を出せますが、今回の僕がまさにこれでした。実際のところ、トウを使わないタイムでは7番手か8番手だったと思いますが、それでも僕は満足していました」

 レースでは、あまり無理をせず、トップ争いに留まることが当面の目標とされた。「スタートは想定の範囲内で、何台かがとてもアグレッシブにターン1へと進入していきました。でも、僕はまったくリスクを犯さずに通過しました。スタート直後は6番手か7番手くらいだったと思います。僕はこんな風に戦いました。なにしろ長いレースですし、本当に大切なのは最後の50ラップに向けてマシーンをチューニングしていくことです。最初の150ラップはセットアップを行い、常にマージンを保ち、マシーンをいいコンディションに保つことにあります」

 クラッシュしたジェイ・ホワードにディクソンが接触し、彼のマシーンが宙を舞うアクシデントが発生した53周目、トップグループのオーダーはアロンソ、ロッシ、琢磨、カーペンター、ハンター-レイの順で、実にアンドレッティのドライバーがトップ、2番手、3番手、5番手を占めていた。「まるで僕たちがプラクティスでやっていたグループランのようでした!」

 アクシデントが発生したことで、クラッシュしたマシーンを排除するために赤旗が提示される。この作業が行われている間、3番手につけていた26号車のドライバーはスヤスヤと眠っていたそうだ! 「アクシデントは僕の直後で起きました」と琢磨。「1周回って事故現場にやってきたとき、マシーンはモノコックだけになっていて、破片があたり一面に飛び散っていたので、僕は強いショックを受けました。だから、ディクソンが自力でマシーンから降り立ったと聞いたときにはホッとしました。ただし、この事故でコースとSAFERバリアがダメージを受けたため、レースを中断する必要がありました。もちろん、僕にはまったく問題ありませんでした」

「眠りに落ちてしまったのです。まるで2002年日本GPの予選のときのように......。あのときは130Rでアラン・マクニッシュが大クラッシュして赤旗が提示されました。それでデータを見ていたのですが、だんだん眠くなってきて、短いパワーナップをしました。おかげですっきりとしました。これと同じことが土曜日に起きたのです。たしか夢を見たはずなんですが、どんな内容だったかは覚えていません。そしてはっと目が覚め、自分がインディ500を戦っている途中で、大観衆に囲まれてコクピットに腰掛けていることに気づきました。本当に奇妙な気分でした! けれども、一眠りしたおかげで楽に意識を集中させることができました」

 戦いに戻った琢磨はトップに浮上、数ラップを走行したところでハーヴェイとコノー・ダリーが接触してイエローコーションとなる。ところが、リスタートしてからデブリーにより次のイエローが提示されるまでの間に琢磨は5番手へと後退してしまう。このイエローでは全ドライバーがピットイン。ところが、No.26のマシーンはホイールナットが転がってしまったためにピットストップが長引き、琢磨は短い昼寝でかき集めた集中力を総動員して戦わなければいけなくなる。「勢いを失いました。しかも、これがリスタート後に起きると、誰もがニュータイアを履いているため、簡単に順位を落とすことになります。結局、僕は17番手まで転落してしまいました。こういうときに大切なのはパニックに陥らないことです。16番手とか17番手ではタービュランスがひどいので、たしかに困難でフラストレーションの募る状況ですが、どのスティントでも15ラップを過ぎるとライバルたちにはタイア・デグラデーションが起きてスロットルを踏めなくなるため、相対的に僕たちのマシーンは最強となります。そこで、ひとつずつ順位を上げていくことにしました」 実際、グリーンのまま次のピットストップを行うことになったとき、No.26を駆る琢磨はトップ10に返り咲いていたのだ。

 最後の50ラップを迎え、琢磨は順調に10番手を走行していた。その後、イエローが出てピットストップを行ったとき、琢磨は5番手へと挽回。その間にマックス・チルトンとエド・ジョーンズのふたりが首位に浮上していた。ここから琢磨の猛反撃が始まる。レース終盤に出た2回のコーションまでに、琢磨はチルトンの直後にあたる2番手まで駒を進める。そして5台が絡む事故で提示されたイエローが解除になったとき、レースは残り12周となっていた。

 琢磨が2番手にジャンプアップできたのは、残り22ラップのターン1でカストロネヴェスとジョーンズをアウト側から一気に仕留めたおかげだった。このスリリングなオーバーテイクは琢磨をトップ争いのポジションに押し上げただけでなく、マイケル・アンドレッティにNo.26の優勝を予感させるきっかけともなった。「あの男はきっとやってくれる」 レース後、アンドレッティはそう語った。「彼は素晴らしいレースを戦ってくれた。アウトサイドから2台をまとめてオーバーテイクしたことがあったけれど、あれは重要なシーンだった。なにしろ、これでトップに続く2番手のポジションを手に入れられたのだから。僕は、あのときレースの流れが変わったと思う。その瞬間、僕はこんな具合だった。『ワォッ! 僕たちはどうやら優勝することになりそうだ!』 もちろん、琢磨は僕らをがっかりさせなかった。彼のドライビングは本当に最高だった」

 残り9ラップでリスタートとなったとき、琢磨は首位浮上を狙ってアウトからターン1に進入したが、反対にこれで勢いを失い、ターン3でカストロネヴェスにパスされてしまう。その2周後、カストロネヴェスは同じ作戦でチルトンをオーバーテイクして首位に浮上。このとき、琢磨もターン1でチルトン攻略に成功する。そして次の周、琢磨はターン4で鮮やかにカストロネヴェスを抜き去り、トップに立った。残るは5周、12.5マイル(約20km)......。

「僕たちは本当にいいポジションにつけていて、最後の10周は『ワイルドなレース』ができる準備が整っていました。強敵だったチルトンを攻略しようとするとき、僕はあと何周でカストロネヴェスがチャージを始めるかを計算していました。マックスがポジションを守ろうとして急減速したので、僕も慌ててスロットルペダルから足を離しましたが、おかげでエリオにすんなりと抜かされてしまいました」

「インディアナポリス・モーター・スピードウェイ(IMS)で倒さなければいけない相手はエリオです。これまで彼とレースを戦うなかで、僕はたくさんのことを学んできました。僕たちはコース上でもコース外でもとてもいい関係で、彼との間に問題が起きたことは一度もありません。彼は勇敢なレーサーですが、常に相手に敬意を払ってくれます。エリオがマックスをオーバーテイクしたあとで、2012年のインディ500とよく似たことが起きました。ダリオ・フランキッティがスコット・ディクソンを抜いたとき、僕もダリオについてディクソンをパスし、2番手に浮上したのです。でも、今回はレースがまだ6周残っていた。僕の目の前にいるのはエリオだけ。僕は彼の走りを注意深く見つめながら、残り数周をどうやって戦うべきかを考えました」

「僕たちが使っているエアロ・コンフィギュレーションでは順位の入れ替えが比較的容易で、前を走っていられるのはせいぜい1周か2周です。そこで残り5周となったところでエリオをパスし、僕を抜き返すのに何周かかるかを確認することにしました。そして、もしも彼が2周で僕から再びリードを奪うようであれば、僕は残り2周でじっくりとエリオを攻略する時間があると考えたのです。このとき、僕の脳ミソはフル回転していました! 僕が残り5周でオーバーテイクすると、彼は案の定、2周で僕に追いつきました。そして残り2周となったターン1で彼は仕掛けてきます。『OK、ここで僕がリードを守り切れれば、彼が追いつくには再び2ラップが必要になる』 できることはすべてしました。イン側のラインを守り、彼をアウトサイドに追いやりました。そこからの2ラップは、まるで予選のように全開で攻め続けてエリオを引き離しにかかりました。これは本当に濃密で、長い長い2ラップでしたが、彼を抑えることに成功します。僕のスポッターが無線を通じて教えてくれました。『エリオは3バック、2バック、諦めずに攻めている!』 おかげで僕には彼との位置関係が正確に把握できました。そして最終ラップのターン4を立ち上がったとき、僕は勝利を確信しました」

「本当に素晴らしいチームワークでした。チェッカードフラッグを受けたときはメチャクチャ嬉しくて、ヘルメットのなかで大声で叫びました! そしてスロットルペダルを戻すと、観客たちの大歓声が聞こえてきました。ただただ信じられないような気持ちで、本当に嬉しかったです。ピットレーンに戻ってくるとみんなが声援を送ってくれましたが、途中で(琢磨を2013年から2016年まで走らせていた)No.14のクルーが姿を見せました。そこで僕は2mph(約3km/h)までスピードを落として、かつての仲間全員とハイタッチしたのです。あれは最高の気分でした。まるで夢を見ているようでした。みんなが叫び声を挙げて、大騒ぎをしています。アンドレッティ・オートスポーツのメンバーが見せたエネルギーにはとても驚かされました。本当に信じられないような経験でした」

「最高のマシーンでした。僕を選んでくれたマイケル・アンドレッティには心からお礼をいいたいと思います。エンジニアのギャレットも素晴らしい仕事をしてくれました。No.26のメカニックも文句の付けどころがありませんでした。そしてミルク......。僕が選んだのは脂肪分2%でよく冷えているもの。あんなにおいしい牛乳は初めてでした! 素晴らしい瞬間でした。あの気持ちは一生忘れないでしょう。スマイル、エネルギー、そして35万人の大歓声」

 しかし、勝利の喜びは些細なきっかけで琢磨の脇を通り過ぎていた可能性もあった。「インディ500で勝つには、すべてを手に入れていなければいけません。最高のマシーン、最高の環境、ミスがないこと、そしてすべてが自分の思い通りに運ぶことです。レースが終わってから、燃料タンクなどにいくつかトラブルが起きていたことが判明します。もしもあれほどイエローが出なかったら、フィニッシュできなかったかもしれません。そうでなくても右リアタイアに燃料がかかり、スピンしていた可能性もあります。IMSのひとたちからは『コースがウィナーを選ぶ』といってもらいました。僕は運がよかったのでしょう。でも、誰だって自分を信じて、チャレンジし続けなければ夢はかないません。たとえ40歳になっても夢はかなうのです。それにしても嬉しい瞬間でした!」

 琢磨はアロンソとも素晴らしい時間を共有していた。インディ初参戦ながらトップ争いを演じていたアロンソがマシーン・トラブルで戦列を去ったことはご存じのとおりである。「フェルナンドと一緒にいると、いつでも最高に楽しいですよ。彼は目の覚めるようなスピードと、期待どおりの才能を発揮しました。フェルナンドのレースは素晴らしいもので、彼と一緒にできて本当に楽しかった。彼が毎日、微笑んでいるのを見られてよかったし、彼も充実した日々を過ごしていたようです。きっと、またインディに戻ってくると思いますよ」

 そして嵐のような毎日が始まった。「本当に信じられませんでした。インディ500で勝つって、こんなにすごいことだったのですね。ウィナーズ・サークルに立ってからは、もうノンストップでした。最初に記者会見をして、メディア向けのインタビューをしましたが、国際的なメディアが10社、さらに衛星放送のテレビ局などが列をなしていました。フィニッシュした直後で、レーシングスーツも濡れたままだったのに、3時間もそれが続いたのです。それからチームのディナーに顔を出して、ベッドに入ったのが午前3時頃。4時間ほど寝て翌朝を迎えたとき、昨日のことが夢だったのか現実だったのか確信が持てなくなりましたが、マネージャーが電話をかけてきてこう言いました。『いますぐ準備をするんだ。あと10分でテレビの生中継でインタビューだ』 ああ、夢じゃなかったんだ! それから恒例のウィナー撮影会があって、インタビューを受けて、インディ500バンケットに出席して、プライベートジェットに乗り込んでニューヨークに着いたのが火曜日の午前2時30分でした。イベントはさらに続きます。メディアの取材が11時間続いて、100媒体を招いたパーティが午後9時に始まって、そのまま飛行機に乗ってテキサスに向かい、水曜日にも様々なイベントに参加しました」

 次の週末にはデトロイトのベルアイルでダブルヘッダーレースも控えていたが、そんなことさえ霞んでしまうくらい、琢磨は木曜日になってもモーターシティ(デトロイトのこと)で数多くのインタビューを受けていた。

 インディカー・シリーズで挙げた通算2勝目の快挙は、琢磨の母国にとっても大きな意味を持っていた。2011年に東日本大震災が発生して以来、彼が慈善活動の"With you Japan"を意欲的に進めてきたことは皆さんもご存じのとおりだ。「僕が優勝したことは日本にとっても大きなニュースで、各メディアを賑わせているようです。これは本当に嬉しい成績ですし、自分の国のことを心から誇りに思います。僕が優勝したことはとても大きな意味を持っています。2011年に起きた東日本大震災の影響で、いまも20万人を越す被災者が仮設住宅などでの生活を余儀なくされています。このニュースで、そうした多くの人々が励まされ、勇気づけられることを願っています。おそらくテキサスの後で帰国すると思いますが、そこで様々なメディアから取材を受け、たくさんの人たちと会えることを楽しみにしています」

 インディ500では獲得ポイントが2倍になるため、琢磨はランキング3番手となって次戦デトロイトを迎える。「デトロイトはもっともバンピーなコースなので肉体的には厳しいレースです。それまでに、エネルギーを蓄えないと!」

written by Marcus Simmons

 

マーカス・シモンズレースレポート:インディカーシリーズ第5戦

=========================

インディ500に向けて弾みをつける

第5戦 インディGP

=========================

 インディアナポリスのロードコースで行われたインディGPは、当初、佐藤琢磨にとってあまり期待できる展開ではなかったが、結果的に多くのチャンピオンシップ・ポイントを獲得することに成功した。No.26 アンドレッティ・スポーツ・ダラーラ・ホンダは後方グリッドからスタートしながら、最初のピットストップを終えると琢磨は挽回を開始。レース中にイエローフラッグが提示されなかったにもかかわらず、スターティンググリッドよりも10ポジション上の12位でフィニッシュしたのである。

「僕にとってもNo.26をつけたマシーンにとっても難しい週末でした」と琢磨。「プラクティス以降、ずっとスピードが伸び悩んでいたのです」 琢磨は2回のプラクティスをいずれも15番手で終えたものの、予選に向けては不安を感じていた。「チームメイトと比べても、僕のマシーンはトップスピードが不足していました。状況は複雑ですが、僕のマシーンはあまり速くない傾向がありました。ほかのロードコースに比べるとインディGPはペースが速いので、速度差はより顕著になります。しかも、僕たちはハンドリング面でも苦しんでいたのです」

「今回は2デイ・イベントなので、プラクティスの段階からみんなで異なることを試しましたが、45分間のプラクティスを2回行っただけで予選に挑まなければいけません。1回目のプラクティスは昨年同様、ひどく寒く、みんな冬物のジャケットを着ているほどでした! 午後になると日差しが出てきて路面温度も上がりましたが、それでも寒い1日だったことには変わりありません。フリープラクティスではNo.98のマシーンに乗るアレックス・ロッシが好調で、僕は真ん中くらいでした。ライアン・ハンター-レイとマルコ・アンドレッティはレッド・タイアを試すチャンスがありませんでしたが、レッド・タイアに履き替えれば速くなることはわかっていました」

 予選での琢磨はフリープラクティスよりもペースが遅くなり、グループ内の11番手でグリッドは22番手となった。「ブラック・タイアで臨んだウォームアップランでもグリップ・レベルが極めて低いことは明らかでした。その理由はダウンフォース不足にあると考えられたので、アタックに向けてダウンフォースを増やしましたが、状況は改善されませんでした。なぜなら、ストレートスピードが目に見えて下がったからです。全ドライバーのなかで、僕がいちばんストレートスピードが遅かったくらいです。そこで夜になってからマシーンを分解してエンジン関連のハーネスを交換するなど、スピードを上げるためにできることはすべて行いました。ウォームアップ・セッションでは、100%とまではいかないまでも状況は改善され、10番手のタイムをマークしました。これは満足のいくもので、午後のレースに向けて士気も上がりました。前日よりは大幅に満足できる状況だったのです」

 予選を第1セグメントだけで終えていたため、琢磨は決勝レースで新品のレッド・タイアを2セット使うことができた。また、インディ・ロードコースは比較的オーバーテイクしやすいいっぽう、コースレイアウトの関係でレース序盤を中心にイエローが頻繁に提示されることで知られていた。

「ところが今回はインディGP史上初めて、ターン1でなにもアクシデントが起きませんでした!」 琢磨は声を上げて笑う。「スーパースピードウェイの幅広い部分からコークボトル状にぎゅっとコース幅が狭まるうえ、このセクションがS字状になっているので、誰もがサイド・バイ・サイドになって通過するため、3ワイドになることも珍しくありません。おかげで、いつもここで絡んだりクラッシュが起きたりします。ところが幸か不幸か、今回は全ドライバーが何ごともなくここを通過したのです」

 このときすでに琢磨はいくつか順位を上げていた。「これに続くバックストレートでは、インディGPではお馴染みの4ワイドになり、あたり一面にホコリが舞い上がるとともにマシーンは激しくボトミングしました! とっても楽しかったですよ。僕はターン7で1台をオーバーテイクし、続いてスピンしたトニー・カナーンを避けたので、順位を5つ上げることになりました」

 それでも依然として26台が混戦を繰り広げており、続く数周で琢磨は数台に抜き返される。いっぽう、イエローが提示されなければレースは3ストップで走りきることになるので、最初のピットストップを行うまでに少なくとも15ラップは周回しなければいけない。このため、琢磨は硬めのブラック・タイアを履いたまま、必要なラップ数を消化しながら、なおかつ全力を投じなければいけなくなった。「グリップを確保する為にリア・タイアの空気圧をかなり低めに設定しなければいけないことはわかっていましたが、実際には少し低すぎたようです。おかげでタイア内圧が適正値まで上がらず、グリップも得られませんでした。タイアが発熱しないことが原因です。おかげでとても不安定な状態で、ひどいオーバーステアに苦しむことになりました」

 そこで、やや早めのピットストップを行ってレッド・タイアに履き替えると、琢磨はぐんぐんと順位を上げていくことになる。特にピットストップを終えた直後は、ピット作業を引き延ばしていたドライバーたちをごぼう抜きにするほど速く、15番手に浮上。14番手を走るミカエル・アレシンを追撃していた。そしてロシア人ドライバーをフロントストレートで追い越すのだが、このときはギリギリまでピットウォールに接近し、手に汗握るオーバーテイクを演じたのである。「タイアを交換すると、ラップタイムはすぐに1.5秒か2秒ほど速くなりました。レッド・タイアを履くとマシーンの感触は大幅によくなり、このスティントでは本当に力強い走りができました。最初のラップから次のピットストップを行う直前まで、安定して速いペースを保つことができたのです。しかも、僕はリードラップに返り咲くことにも成功します。彼らが最初のピットストップを行うまで、ラップタイムは僕のほうが速いくらいでした」

「アレシンは速いドライバーですが、ときに不必要なほどアグレッシブになります。彼がポジションを守ろうとしたのは理解できますが、僕をウォールに向けて幅寄せしようとしたことは危険極まりない行動でした。それでも十分なスピード差があったので、僕はスロットルを緩めずに走り続けました。あのときは本当にピットウォールが目前でした!」

 2回目のピットストップでは少々タイムをロスしたものの、琢磨よりもさらにピットストップが長引いたコナー・デイリーに先行すると、コース上でジェイムズ・ヒンチクリフをパスし、12番手へと駒を進める。そして3回目で最後となるピットストップが近づいた頃にはスペンサー・ピゴットに照準をあわせていた。ところが、ピット作業中にホイールナットに関連するトラブルが発生、琢磨はまたも数秒をロスすることになる。そして最後のスティントではジョセフ・ニューガーデンにドライブスルーペナルティが科せられた結果、琢磨は11番手に浮上したものの、その7周後にペンスキーのドライバーが追い上げてきたときには反撃のしようがなかった。

「コースにはラバーがのってペースが上がっていました。ピットストップでのトラブルがなければ、もうふたつほどは上の順位でフィニッシュできたかもしれませんが、ニューガーデンだけは防ぎようがありませんでした。ヘアピンで彼にオーバーテイクされたときは、すぐに追い抜き返しましたが、その2周後に今度はストレート上でオーバーテイクされたのです。レース後半の2スティントについていえば、スティント前半の3/4はいい状態でしたが、最後の5〜8周はリア・タイアのグリップ低下に悩まされました。また、最初のスティントを短めにした影響で、燃費面でも苦しい状況に追い込まれました。そうした問題がありながら、一度もイエローが提示されなかったレースで22番手から12位まで挽回したのですから、チームは大健闘したといっていいでしょう」

 土曜日に決勝レースが終わっても、彼らがゆっくりと休むことは許されない。月曜日にはシリーズ中もっとも重要なインディ500のプラクティスがスーパースピードウェイで始まるからだ。「本当はインディGPを上位で終えたいところでした。けれども、少なくとも弾みはつけられたと思います。スーパースピードウェイで走らせるのは、同じマシーンですが仕様はまったく異なります。それでも、僕たちは正しい方向に向かって進んでいけるでしょう! アンドレッティ・オートスポーツの強みはマシーンの台数が多いことだけではありません。これまでの数年間にインディ500で残してきた結果を見てもわかるとおり、チームはとても速く、そして強力です。その実力は歴然としています」

「インディ500を戦う為の特別なマシーンは本来、2ヵ月ほどかけて作り上げます。様々な工程を経て、モディカウルの無駄な凹凸を取り除き、空気抵抗と機械抵抗を極限まで落としたマシーンの仕様変更には非常に多くの作業量を必要とするからです。その為、これまでの僕の経験では、初日はマシーンをシェイクダウンさせて、2日目にベースとなるセッティングをまとめ、3日目からはトラフィックのなかを走行します。ところが、アンドレッティでは走行初日の午後から6台でグループランを行うのです。マシーンがすでにそのレベルにあるのは驚くべきことといえます。インディ500が本当に楽しみで仕方ありません」

written by Marcus Simmons

 

マーカス・シモンズレースレポート:インディカーシリーズ第4戦

=========================

不可解なアクシデント

第4戦 フェニックス

=========================

フェニックス・インターナショナル・レースウェイで行われたインディーカー・シリーズ第4戦は、アンドレッティ・オートスポーツ・チームから出場した4台が揃ってリタイアに追い込まれるという厳しい戦いとなった。リタイアした4人には当然、佐藤琢磨も含まれていて、彼は250周で競われた決勝の136周目にグリップを完全に失ってレースを終えたのである。

この週末を通じて琢磨とNo.26ダラーラ・ホンダは苦しみ続けた。なにしろ、最初に行われた2時間一本勝負のプラクティスでさえ、琢磨は17番手に沈み込んでいたのだから......。「フェニックスでは2月にオープンテストが行なわれました」と琢磨。「2日間のテストで僕たちは大きな進歩を遂げ、レースセットアップのパフォーマンスにはとても満足していたのですが、予選トリムはうまくいかなかったのでセットアップを変えなければいけませんでした。一部の領域では開発も必要でした」

「プラクティスが2時間もあったと聞くと、通常のオーバルコースよりも走行時間が長かったように思われるかもしれませんが、レース直前のウォームアップ走行がないので、この2時間で予選用セットアップにくわえて決勝の準備もしなければいけません。ところが残念なことに、この日はとても風が強く、しかもコースは砂漠の真ん中にあるので、たくさんの砂が舞い込んできました。こんな状態のオーバルコースを見るのは、これが初めてでした。その様子は初めて開かれたときのバーレーンGPにそっくりで、最初のプラクティス中に吹き込んできた砂が、まるで水しぶきのように走行する車から舞い上がっていたのを思い出しました。ハンドリングのセットアップも、強い風のおかげで困難なものとなりましら。190mph(約304km/h)のコーナリング中に気まぐれな風が吹き荒れるのですから、ドライビングはさらに難しくなります。もちろん、コンディションは誰にとっても同じですが、僕たちはまだ予選シミュレーションを終えていなかったので、やや先が見通せない状態でした」

琢磨にとって不運だったのは、予選での彼の出走順が6番目で、アンドレッティのなかではトップバッターとなったことにある。おかげで、チームメイトから事前の情報を手に入れることもできなくなった。さらに悪いことに、日が沈んで気温が下がり、タイヤをウォームアップしにくい状況に追い込まれてしまう。このため、あとになって考えれば「必要以上にコンサバティブなセッティング」を選択したと琢磨は振り返る。「ハンドリングはよかったし、ドライビングもしやすいと感じました」と琢磨。「ただし、そこからどのくらいダウンフォースを減らすことができるかは判断できませんでした。それに、コースコンディションは次第によくなりそうだったので、あとからアタックするドライバーよりも速いタイムをマークするのは難しいと思われました」 実際、琢磨は予選の最終結果で18位まで後退することになった。

レースが始まると、オープニングラップで多重クラッシュが発生する。しかし、琢磨の直前を走行していたグレアム・レイホールとスピンしたマックス・チルトンのマシーンがどこに向かっていくかを鋭く予想した琢磨は、この事故に巻き込まれずに済んだ。「これほどバンク角が急なオーバルコースでは、コーナーと言うよりも、バンクに入ると目の前は壁にしか見えないこともあります。そんなときは、左にステアしているようにはまるで思えず、上に上がっていきそうな感覚ですね! 白煙が上がり、火花が飛んで破片が飛び散ったのが目に入ったとき、僕たちはかなりのスピードに到達していました。間際になってマックスがスピンしながら下のほうに下がっていくのが見えましたが、その後、今度は上に上がっていきました。それと同時にグレアムが向かっているその軌跡が、マックスと交差しそうだったので、僕は寸前で左側のインサイドに進路を変え、アクシデントを避けることができました。ほんのわずかな差でしたが、幸運な判断でした!」

これで琢磨は13番手となったが、リスタート以降は、なかなか順位をあげられなかった。「少なめのダウンフォースで戦うことにしました。なぜなら、僕たちは追い上げなければいけなかったからで、しかもフェニックスはオーバーテイクが難しいコースとされています。僕たちがもっともダウンフォースの少ないマシーンの1台だったことは間違いないでしょう。これでいいレースになることを期待していました」

「最初のスティントは厳しいものとなります。このときはまだ完全に日が沈んでいなかったので、気温もまだいくぶん高いコンディションでした。ここではポジションを守り、レース後半で状況がよくなることを期待していました。ただし、ハンドリングはルース(オーバーステア)で、スライドも多めだったので、フロントのグリップを落とすことで対応しましたが、厳しい状態は変わらず、オーバーテイクはできませんでした。前のクルマの1秒差まで迫ると、タービュランスに巻き込まれてそれ以上、近づくのがとても難しくなったからです」

それでも、チームは2回目のピットストップまで状況を好転させようとして努力したが、このピットストップを終えた直後のアウトラップで琢磨はクラッシュを喫してしまう。「とても奇妙なことが起こりました。アウトラップでターン3に向かっているとき、マシーンがまったく曲がってくれなくなったのです。アペックスにはスロットルを戻して近づいていきましたが、いつもとまったく同じことしかしていません。ところが、まるでフロントがグリップせず、僕は路面の汚れた部分に進入すると、そのままターン4のウォールまで上がっていったのです。これまでたくさんオーバルを走りましたが、こんなことが起きたのは初めてです。アレクサンダー・ロッシもまったく同じ問題でウォールに接触し、ライアン・ハンター-レイにも同じことが起きましたが、彼はあと数cmというところで接触から免れました。つまり、アンドレッティのドライバーはみんなこの奇妙な状況に陥ったわけで、これで僕のレースは幕を閉じました。とても残念です」

フェニックスが終わると、チームはもっとも重要な"マンス・オブ・メイ"をインディアナポリスで迎えることになる。その皮切りはロードコースで行われるインディ・グランプリで、5月後半にはスーパースピードウェイであの伝説的なインディ500が催される。ただし、その前にセントルイスのゲートウェイ・オーバルでテストが行なわれる予定。このコースでインディカーレースが行われるのは久しぶりのことだ。

「ゲートウェイに行ったことはありませんが、僕の大切な友人でサポーターでもあるロジャー安川はここでレースに参戦した経験があって、エキサイティングなショートオーバルだと教えてもらいました。だから、いまはとても楽しみにしています。このテストに続いてはインディGPがあります。バーバー・モータースポーツ・パークでは、僕たちのマシーンは悪くありませんでしたが、さらに速くさせる必要があります。そのためにはロードコース用のセッティングをさらに進化させなければいけません。インディGPのコースはとてもユニークですが、僕たちがこのコースでもコンペティティブで、いいレースになることを期待しています」

written by Marcus Simmon

 

マーカス・シモンズレースレポート:インディカーシリーズ第3戦

=========================

ブレーキ・トラブルに苦しむ

第3戦 バーバー

=========================

 トラブルに苦しみながらもしっかりとポイントを獲得し、ポイントテーブル上の順位を上げられたことは、チームとドライバーが熟達している何よりの証拠といえる。バーバー・モータースポーツ・パークにおける佐藤琢磨は、まさにそれをやってのけた。なにしろ、ブレーキ・トラブルを抱えたアンドレッティ・オートスポーツのNo.26 ダラーラ・ホンダで9位入賞を果たし、チャンピオン争いの8番手に浮上したのだから......。「もっと上位陣に近いポジションでフィニッシュできたら、もちろんそのほうがよかったでしょう」と琢磨。「でも、僕たちはいくつかの問題に悩まされていたので、最終的に手に入れた結果には満足しています。しかも、悪くないポイントを獲得してチャンピオン争いの順位も上がったのですから、長い目で見てもよかったと思います」

 3週間前にバーバーで行われたテストで大きな手応えを掴んでいたので、チームは意気揚々としてアラバマでのレースウィークを迎えていた。「数年前まではバーバーでオープンテストを行なうのが恒例となっていました。ただし、3月初旬に開催されるためにとても気温が低く、たとえ太陽が出ていても凍えるように寒いので、どうしても待ち時間が長くなっていました。それと、バルセロナでのF1テストと同じで、温度がマシーンのバランスやパフォーマンスに与える影響が大きく、コンディションの異なるレースウィークエンドにはあまり役に立たないという傾向もありました」

「それに比べると3週間前に行ったテストのときはずっと温かく、マシーンのバランスとパフォーマンスもとても満足のいくものでした。しかも午前中はトップ、午後も6番手だったので、レースウィークを楽しみにしていました」

 ところが、金曜日のフリープラクティスは期待外れに終わる。「初日、僕たちのマシーンはあまり調子がよくありませんでした。あの日は、普段では考えられないほど暑く、まるで夏のようでした。気持ちのいい1日でしたが、テストのときに比べるとバランスは大きくシフトしていました。また、ブレーキに問題があることも明らかになります。結果的に、これは素材が安定していないことが原因だと突き止めました。ペダルのフィーリングは良好なのに、コントロールがとても難しく、何度もタイアをロックさせてしまいました。バーバーでは、コーナー進入の姿勢を決められない限り、いいタイムは記録できません。もしも正確にブレーキングできなければ、コーナーではひどいアンダーステアになり、出口ではスナップオーバーに見舞われます。でも、チームメイトのマルコ・アンドレッティはとてもコンペティティブでした。僕は4カーチームの特権を存分に活用し、彼のセットアップを"コピー&ペースト"して最良の道を探ることにしました」

 土曜日のプラクティスで状況は好転。新しいブレーキを手に入れた琢磨はいいムードに包まれていた。しかし、このセッションの最後に起きたことは、琢磨のグリッド・ポジションに大きな影響を与えることとなる。琢磨は14番手につけていたのだが、トニー・カナーンが最後のラップで琢磨を15番手に蹴落としたのだ。予選グループの区分はこのセッションにおける順位の奇数・偶数によって決まるのだが、琢磨と同じ奇数グループにはペンスキーの3人 ---- ウィル・パワー、エリオ・カストロネヴェス、シモン・パジェノー----が含まれていたほか、これまでに4度チャンピオンに輝いたスコット・ディクソン、2017年のシリーズリーダーであるセバスチャン・ブールデ、アンドレッティのエース級であるライアン・ハンター-レイなどが揃っていたのである。激戦となることは目に見えていた。

「信じられませんでした! それでもトップ6に入ってQ2に進められそうでしたが、最後の最後に僕とライアンの間にブールデが割って入ってきたのです。それもものすごい接戦で、惜しいところでQ2進出を逃しました」 実際のところ、琢磨はあと100分の6秒速ければQ2に駒を進めていた。この結果、琢磨は14番グリッドからスタートすることが決まる。

 残念なことに、決勝日朝のウォームアップは雨のために台無しとなってしまう。もちろん、琢磨はウェットコンディションが大好きだが、レースがドライになることがわかっているときには、好ましい状態とはいえないだろう。「金曜日のセットアップには満足できなかったうえ、土曜日は予選のことに集中していたので、これまでとは異なるセッティングを試したいと思っていました。したがって、ここではあまり物事が捗りませんでしたし、はっきりとした見通しが立たないまま決勝を迎えることになりました」

 レース前に不運なメカニカル・トラブルによって脱落したマルコ・アンドレッティによって一つ順位を上げ、琢磨はオープニングラップの小競り合いを潜り抜けてオーバーテイクを演じ、2ラップ目を終えたところで9番手まで浮上。ここで、この日2度提示されたコーションの1回目を迎える。原因はコース上の破片だった。「スタートは楽しかったですよ! バーバーはオーバーテイクがとても難しいので、レースが落ち着くまでの最初の何コーナーかが勝負となります。ターン2とターン3はアウト側に回り込んだのに続き、ターン5のヘアピンでもアウトから攻めて、いくつか順位を上げました。最初はマシーンの調子もよかったのですが、間もなくドライブしづらくなります。ひどいオーバーステアで、コース上に留まっているだけでも大変な状態でした。とても苦しい展開です。リアタイアの摩耗が進行するとさらにリアのグリップは落ち込み、オーバーステアはさらに強まりました」

「しかも、最初のスティントで新たなブレーキ・トラブルが発生します。ブレーキングするとマシーンがブルブルと振動するようになったのです。右リアのブレーキ温度が常識外れなレベルまで上がっていました。これは、左フロント・ブレーキがなくなってしまったロングビーチのときと似た症状でした。そこでブレーキバイアスを大きく変更しなければいけなくなったのです」

 グリップに関連する問題は柔らかめのレッドタイアによるデグラデーションが原因だったので、次のスティントではブラックタイアに交換することを決める。ここまでに、他のドライバーが早めのピットストップを行ったこともあり、琢磨は一時5番手に浮上。続くスティントでは10番手前後につけていたが、最後のスティントではわずかにトップ10圏外に落ちてしまう。レース終盤にはもう1度、イエローが提示され、ほとんどのドライバーがここでピットストップ、そのままフィニッシュを目指すこととなる。このとき琢磨は12番手でコースに復帰した。

「イエローが出たとき、僕たちはリスタートでのパフォーマンスを優先してレッドタイアを装着しました。僕は何台かのマシーンとバトルを演じ、いくつか順位を上げました。けれども、ブレーキ・トラブルに苦しんでいたため、ヘアピンの進入でマシーンを停められず、タイアを激しくロックさせてしまいます。このときタイアにフラットスポットができました。タイアが丸くなくなったせいで、レースが終わってからも僕の目と腕は揺れているような感じがしました!」

 ロックアップをしながらも琢磨はマックス・チルトンをパスして11番手に浮上。しかし、すぐにチルトンに抜き返されて12番手となる。次の攻防ではイギリス人ドライバーを仕留めて11番手に返り咲くと、今度はチャーリー・キンボールを抜いて10番手に駒を進めた。最後のコーション中にピットストップを行わなかったキンボールは、ここで給油を行ったのだ。さらにタイアのパンクによりパワーがピットに舞い戻ったことで9番手となる。「いいスティントでした。最初はハンター-レイ、続いてミカイル・アレシンを抑えなければいけませんでしたが、なんとか彼らの行く手を遮りました。長く、厳しい戦いでした。自分たちが期待するような最高の結果ではありませんでしたが、力強いパフォーマンスを示せたと思います」

 アラバマにはフェルナンド・アロンソが姿を見せた。アロンソが琢磨と一緒にアンドレッティのマシーンを駆ってインディ500に参戦することは衆知のとおりである。「フェルナンドに会えてよかったです。彼とは毎年、日本で開催されるホンダ・サンクス・デイで顔を合わせる間柄です。いつも一緒にカートを走らせて楽しんでいます。フェルナンドと一緒にレースを戦えることが楽しみです。彼と一緒にいるととても面白いんですよ。サーキットではタフなドライバーですが、いつもフェアに戦ってくれます」

 琢磨たちはバーバーから真っ直ぐフェニックスに向かい、土曜日の夜に行われるレースに挑む。「昨年のフェニックスではライバル陣営が好調でした。けれども、ホンダは大きな進化を果たしています。フェニックスはとてもチャレンジングなコースです。本当に、信じられないほどで、コーナーでは長い時間、5Gを発生させることになります。このショートオーバルでは既にテストも行なっているのでで、力強くレースを戦えることを期待しています」

written by Marcus Simmon

 

マーカス・シモンズレースレポート:インディカーシリーズ第2戦

=========================

初優勝の地で思わぬ苦戦

第2戦ロングビーチ

=========================

 カルフォルニアのジンクスが再び佐藤琢磨と3人のチームメイトを襲った。ロングビーチの市街地コースで行われた2017年インディカー・シリーズ第2戦において、アンドレッティに所属する4人のドライバーはいずれもチェッカードフラッグを受けられなかったのだ。このうち、琢磨は残り7周で突然のパワーダウンによりリタイア。トップ10フィニッシュも十分に可能と思われていただけに、セントピーターズバーグでの5位に続く好成績が収められなかったことは返す返すも残念だった。

 セントピーターズバーグで得られた手応えは、バーバー・モータースポーツ・パーク、セブリング、ソノマで立て続けに行われたテストでも同様に感じられ、琢磨とNo.26ダラーラ・ホンダに関わるスタッフを大きく勇気づけるとともに、マシーンの進化を加速させた。「第1戦と第2戦の間に1ヵ月近いインターバルがあるなんて、インディカー・シリーズでは滅多にありません」と琢磨。「ただし、とても忙しい日々でした。今年のプレシーズンくらい、テストの量が少なかったことはここ何年もありませんでしたが、シーズンが始まってからは忙しくテストに取り組んでいます。バーバーと、マニュファクチュアラー・テストが行われたソノマはロードコース向けのテスト、そして(バンプが多い)セブリングでは市街地コースを見据えたテストを行ないました。どちらも順調で内容が濃いテストだったので、僕たちは意気揚々としてロングビーチに向かいました」

 それだけでなく、琢磨はワインの監修でも忙しい毎日を過ごしていたのだ! 「ロングビーチでTSワインの発表を行いました。このアイデアが生まれたのは1年半ほど前のことで、それ以降、たくさんのプロセスを経て誕生しました。僕が製作した初めてのワインは、インディカー初優勝である2013年ロングビーチを記念するもので、モータースポーツ・アーティストのランディ・オーエンの作品を元にラベルを作成したロングビーチ・エディションとしました」

「カベルネソーヴィニヨンから作られた上質なワインです。メドウクロフト・ワインはフォイト・ワインを製作していて、AJフォイトが作った特別なワインを彼のチームに所属している当時に見せてもらったことがきっかけでした。これは、僕が優勝した2013年にメドウクロフトで収穫されたブドウを使ったもので、そこは大きなこだわりです。クールでしょ? 僕たちはたくさんのテイスティングを行いましたが、とても楽しい作業でした。できあがったワインについては大満足しています。いま飲んでもとてもおいしいけれど、熟成して最高のワインとなるように慎重にブレンドしました。10〜15年後に飲むとまた格別な味がするはずです。まさにコレクターのためのワインといえるでしょう!」

 たしかに。このワインは600本だけが製作され、インディアナポリスのフォイト・ワイン・ヴォールトで購入可能。発売は、インディ500が開催される今年5月の予定である。

 レースの話に戻ろう。より正確にいえば、フリープラクティスについてである。「初日のセッションはとてもうまくいきました」と琢磨。「僕たちのクルマはほかと異なることを試していたので、1回目のセッションではラップタイムが状況を反映していたとはいえません。2回目のセッションでは4番手まで一気に上がりました。この結果には満足で、しかも昨年の予選タイムにとても近い記録だったから、マシーンが進歩していることは明らかでした。そして、フリープラクティスで柔らかめのレッド・タイアを試したのも、今回が初めてでした。今年からルールが変更されたためですが、セントピーターズバーグではアクシデントのため、レッド・タイアを履くチャンスがなかったのです」

「土曜日のプラクティスはさらにタイムを上げました。このときはブラック・タイアで走行しましたが、タイムは5番手で、トップ5のタイム差は5/100秒しかありませんでした。なんという接戦でしょう! このときはレッド・タイアの特性も概ねわかっていたので、予選に向けて大きな期待を抱いていました」

 しかし、予選は不本意な結果に終わり、これが決勝レースで苦戦を強いられるきっかけとなる。予選グループでの順位は9番手で、このため琢磨は18番グリッドからのスタートを余儀なくされた。「バランスの変化に戸惑いました。気温が上がったうえに風が強くなっていましたが、これは誰にとっても同じことです。まずブラック・タイアでウォームアップして、レッド・タイアに履き替えました。アタックできるのは2ラップです。最初のアタックでターン5の縁石を使ったとき、奇妙なことが起きました。アプローチの仕方がそれまでと違ったのかもしれませんが、クルマが間違った方向に飛び出し、アタックを中断しなければいけませんでした。次のアタックが最後のチャンスでしたが、やはりターン5でバランスを崩し、またもやタイムをロスしました。残りのラップで取り戻そうとしましたが、不可能でした。とても残念です。いろいろな条件が重なったのと僕のミスが原因でした」

 この後、琢磨はエンジニアのギャレット・マザーシードとNo.26のセッティングを見直し、決勝日当日のウォームアップでは2番手のタイムを叩き出す。「何人かのドライバーはレッド・タイアを履いていましたが、僕はブラックを選びました。このときは『これが予選だったら!』と思わずにはいられませんでした。上がり下がりの激しい週末でしたが、最終的にいい結果が得られると信じていました」

 追い越しが難しいロングビーチで下位グリッドから追い上げるには、できるだけ早い段階で通常とは異なる戦略に切り替えるしかない。琢磨が選択した作戦もこれで、オープニングラップにウィル・パワーとチャーリー・キンボールの事故が起きてコーションになると、琢磨は2ラップ目にピットストップを実施。2回目のストップは12周目に行った。「今年の決勝は例年より5ラップ長くなりました。したがって2ストップで走りきるには燃費を15%ほどセーブしなければいけません。ただし、朝のウォームアップでは僕たちのマシーンが速いことは明らかだったので、3ストップ作戦を基本としましたが、いっぽうで柔軟に対応できるようにしたいとも思いました。また、僕たちには使えるタイアがたくさんありました。なぜなら、僕たちの予選はセグメント1だけで終わったからで、このためレッド・タイアが1セット余分にありました。つまり、最初から最後まで攻め続けられる環境が整っていたわけです」

「けれども、期待ほど速く走れませんでした。その詳細については検証しなければいけないものの、気温の上昇が関係しているのか、予想したほどのグリップを得られませんでした。苦しい戦いだったといえます。オーバーテイクで順位をいくつか上げることができましたが、大事な局面で抑えられる格好になり大きくタイムロスしてしまいました」

 レースの1/4を終えると、琢磨はJRヒルデブランドをパスしたものの、エド・ジョーンズを攻めあぐねることになる。琢磨は結果的に4ストップ戦略にスイッチし、残り26周で最後のピットストップを行う。それから間もなく、チームメイトのアレクサンダー・ロッシがコース上で停止したため、この日2度目で最後のコーションとなる。グリーンフラッグが振り下ろされたのはフィニッシュまで16ラップとなったときのことで、琢磨は13番手につけていた。

 少なくとも、この段階まで琢磨はレースを戦い続けていたのである。続いてトニー・カナーンをパスして12番手、ミカエル・アレシンを攻略して11番手に浮上。トップ10フィニッシュが限りなく現実味を帯びてきたこのとき、マシーンが不調に陥った。「この日のレースでトップ6やトップ7に入った何人かのドライバーと同じ戦略を選んでいました。けれども、最後のピットストップではまたしてもタイムをロスし、これが決定的な痛手となりました。コースに戻った僕はまだペースが上がらない状態で、すでにタイアのウォームアップが終わっているドライバーたちに追い越されてしまいます。なにもかも、期待とは反対の方向に進んでいきました」

「やがてイエローが提示されます。僕は他のドライバーたちと同じレッド・タイアを履いていました。リスタートではかなりアグレッシブにチャージしました。TKとサイド・バイ・サイドで走るのは最高でしたし、ターン1への進入でオーバーテイクできたのも楽しかったです!」

「このままトップ10圏内に食い込めそうな展開でしたが、突然パワーダウンが起きて、僕たちは残り7周で為す術もなくマシーンを停めました。アンドレッティ・オートスポーツにとっても難しい1日でした。これまでロングビーチのコースは僕たちに優しかったのに、今年、いい結果を残せなかったのは残念でした。ただし、シーズンはまだ長いので、次の1戦にも全力で挑むつもりです」

 シリーズ第3戦はアラバマ州のバーバー・モータースポーツ・パークで開催される。「バーバーとソノマのテストは順調で、マシーンを確実に進化できたので、いいレースになることを期待しています」

written by Marcus Simmon

 

マーカス・シモンズレースレポート:2017年 インディカーシリーズ第1戦

=========================

素晴らしい幕開け

第1戦セントピーターズバーグ

=========================

 2017年ベライゾン・インディカー・シリーズの開幕戦セントピーターズバーグ。今季移籍した名門チームのアンドレッティ・オートスポーツからこの一戦に挑んだ佐藤琢磨は、数ラップをトップで周回した後に5位でフィニッシュするというエキサイティングなレースを演じた。

 AJフォイト・レーシングのNo.14をつけたマシーンで戦い続けて4年。今季からはNo.26アンドレッティ・ダラーラ・ホンダでシリーズに臨むが、琢磨がいわゆる有力チームからインディカーに参戦するのはこれが初めてのこと。計4台をエントリーするアンドレッティで琢磨のチームメイトとなるのは、ライアン・ハンター-レイ、マルコ・アンドレッティ、そしてアレクサンダー・ロッシの3人だ。「今回の挑戦は本当に楽しみですが、いっぽうでフォイトを離れることをとても淋しく思っています」と琢磨。「なにしろ4シーズンをともに過ごした家族も同然のチームですから、たくさんの思い出があります。また、AJとラリー・フォイト、それにチームの全員から受けたサポートは本当に素晴らしいものでした。最後の2シーズンはやや苦戦を強いられましたが、僕たちはこれまでに何度も素晴らしいパフォーマンスを発揮しました。今年のセントピーターでも、顔を会わせるたびに互いにサムアップしました」

「いっぽう、アンドレッティは仕事の進め方が異なるので、いまは新しいスタイルを学ばなければいけません。チームはここ何年間かにわたってたくさんの成功を収めてきましたが、とりわけインディ500でのパフォーマンスには目を見張るものがありました。また、アンドレッティは4台体制でインディカーにエントリーした最初のチームで、いまではガナッシやペンスキーも彼らに追随しています。その仕事ぶりはF1を彷彿とさせるものがあります。もちろん、F1はまた別世界ですが、チームのリソースや仕事のクォリティはバツグンに高く、マイケル・アンドレッティはチームに全力を投じています。もっとも高いレベルでインディカーを戦うという意味において、僕にとってはおそらく最高の環境だと思います」

 琢磨には新しいチームだが、そこには懐かしい顔もあった。琢磨がインディカーに挑んだ初年度と2年目に在籍したKVレーシングでエンジニアを務めたガレット・マザーシードと、アンドレッティで再びコンビを組むことになったのだ。「これは本当に素晴らしいニュースでした。なにしろ、あの頃に比べると、僕たちは互いにたくさんの経験を積んできましたから。また、チームは新しくても、そこに気心が知れたスタッフが在籍しているというだけでほっとします。インディカー・シリーズに活動の場を移してから、ガレット、ジェリー・ヒューズ(元スーパーアグリで、インディカーではレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングでエンジニアを務めた)、ドン・ハリデイ、ラウル・プラドス(最後のふたりはAJフォイトに所属)といったエンジニアたちと一緒に仕事ができて、僕は本当に幸運でした」

 まだアンドレッティとの契約が完了していなかったため、昨年12月にセブリングで行われたテストに参加できなかった琢磨は、フェニックスでのオーバル・テストに2日間臨んだほか、先ごろ実施されたセブリングで1日テストを行ったのみ。ただし、シミュレーターや様々な準備を行うことで「これまででもっとも充実したシーズンオフを過ごすことができました」と琢磨は語る。

 ただし、そうした成果が週末の滑り出しに反映されることはなかった。金曜日最初のプラクティスは16番手。その日の午後に行われた2回目のプラクティスではタイムを記録する前にクラッシュを喫した。「インディカーを戦うようになって、いちばん困難な金曜日だったかもしれません。とても過酷な1日でした。最初のセッションは、満足できるとはいえないものの、それほど悪くはありませんでした。僕たちのチームではセットアップのフィロソフィーを4人で分担して試すことになっていますが、僕はちょうど調子が出始めてきたところでした」

「ところで、リーグが指定するブレーキは今季からブレンボではなくなりました。新しいブレーキは硬い素材を用いたもので、作動温度域が非常に限られていることが特徴です。このため、温度が低い状態では満足に作動しませんが、高温になると急激に減速Gが立ち上がります。このブレーキでレースが走りきれるかどうか、誰もが悩んでいたほどで、リーグは開幕直前にブレーキダクトのモディファイを認めることになったほどです。第2セッションが始まるとき、ペダルのフィーリングが驚くほどソフトだったので、走行前にブレーキのエア抜きを行いました。アウトラップの段階でブレーキとタイヤはしっかり準備が整っていると思えたので、ブレーキペダルを踏み込みましたが、まったく感触がありません。そしてタイヤがロックしてコントロールを失い、ウォールにヒットしたのです。これで走行時間を大幅にロスすることになると同時に、ソフトコンパウンドのレッドタイアを試す機会も失ってしまいました。今季より、2回目のプラクティスで1台あたり1セットずつレッドタイアが試せるよう、ルールが改正されていたのです」

「チームのメカニックたちは最高の仕事でマシーンを修復してくれましたが、土曜日に行われた3回目のプラクティスではまだチームメイトから大きく遅れている状態でした。けれども、3人のチームメイトとエンジニアたちが全力でサポートしてくれました。これは本当にこのチームの強みだと思います」

 その言葉どおり、琢磨は最初の予選グループで3番手のタイムをマーク。12台が進出する第2セグメントに易々と駒を進めた。ここで4番手につけた琢磨はファイアストン・ファスト6に挑み、5番グリッドを勝ち取ったのである。

「マシーンがあんなにいい状態になって、本当に最高の気分でした。思い切り攻めることができたうえに、とてもコンペティティブで、不満はなにもありません。もしかしたら、もっといい成績を残せたかもしれませんが、状況が状況だっただけに、この結果には心から満足できました」

 ところが、日曜日のウォームアップはあまりコンペティティブではなかったうえに、チームメイトのハンター-レイにブレーキトラブルが発生、ウォールに真っ直ぐ激突するという事件が起きる。それでも琢磨は110周の決勝で好スタートを決めることができた。レースが始まると、ジョセフ・ガーデンを早々とパスして4番手に浮上。序盤のコーションが終わると琢磨はこのポジションを確固たるものとし、ウィル・パワーがピットストップを余儀なくされたところで3番手に順位を上げる。そして26周目にトニー・カナーンとミカエル・アレシンの接触で破片が散乱してイエローが提示されたとき、琢磨はトップを走るジェイムズ・ヒンチクリフのわずか5秒後方につけていた。

 もっとも、このイエローは予選を上位で終えたドライバーにとって最悪のタイミングだった。後方グループのドライバーたちは1回目のピットストップを終えていたため、コーション中にピットストップを行ったヒンチクリフ、スコット・ディクソン、琢磨のトップ3は集団の最後方に並ぶこととなり、琢磨は12番手に転落したのだ。しかし、リスタートが切られると琢磨は驚くべき手腕を発揮し、たった1周で7番手まで挽回してみせたのである!

「僕たちはおよそ半年もレースから離れていました。しかもセントピーターは空港の滑走路を使っているためにスタート部分はとてもワイドですが、ターン2はコークボトルでコース幅は急激に狭くなります。つまり、とんでもなくリスキーなのです! でも、僕の周りにいたのは信頼のおけるドライバーばかりだったので、とてもいいバトルを演じることができました。ヒンチクリフは新品のレッドタイアで、僕たちはユーズドのレッドを履いていました。だから僕は"ディキシー"を抑えていられるだけで満足で、その後は後続を引き離しながらヒンチクリフに迫っていきました」

「2回目のリスタートでの僕のマヌーバはもしかしたら数名のドライバーをアンハッピーにさせてしまったかもしれませんね。ディクソンが追い上げを図ってヒンチクリフのインサイドに飛び込み。僕はそのさらにイン側を刺し、4ワイドとなりながら全員をオーバーテイクしました。ライアンは僕より5つ上のポジションにいて、僕たちは互いに接近していきました。このとき勢いの付き過ぎていた僕を彼が避けてくれたので、2台は接触せずに済みました。彼の協力なしにいい成績は残せなかったでしょう。僕たちは引き続きレース戦略に従って走っていましたが、3番手になるのは難しくないと思っていました」

 このとき、琢磨はインディカーの新人でこのとき3番手のエド・ジョーンズが率いる集団の後方につけていた。エドのペースが上がらなかった為、トップ2のセバスチャン・ブールデとシモン・パジェノーははるか前方に逃げてしまっていた。やがて全ドライバーがピットストップを行うと、琢磨はトップに浮上。そのまま数周したところでNo.26のマシーンもピットに舞い戻った。次のスティントを琢磨は4番手で走行していた。やがて徐々にパワーに接近していったが、ほどなくオーストラリア人ドライバーはピットストップを行った。

 これで3番手となった琢磨は、残り28周となったところでピットストップを敢行。このとき後続のドライバーに対しては十分なマージンを有していたが、ここで右フロント・ホイールの交換に手間取ってしまう。「僕たちには十分な余裕がありましたが、どうやらエアガンに問題があったようです」

 結局、琢磨は5番手となってコースに復帰。やがてパワーがスローダウンすると4番手に浮上した。けれども、後方からハンター-レイが猛追を開始。最終ラップの最終コーナーでチームメイトの先行を許した琢磨は0.0528秒差で5位に終わった。「もちろん表彰台に上れれば嬉しかったと思いますが、苦しい状況のなかでメカニックたちは本当に素晴らしい働きをしてくれました。最終ラップに入ったとき、あと6秒分のプッシュ・トゥ・パスが残っているとダッシュボードは伝えていました。これは最後のストレートにとっておくつもりでしたが、その1周前にあるコーナーでP2Pボタンを押したところ、なにか想定外のことが起きて残り時間がゼロになってしまったのです。(のちにラスト10秒は何かトラブルがあり、P2Pのハイブーストが全く掛かっていなかったことが判明。HPDは原因究明に努めている)このため最終コーナーでライアンに仕留められてしまいましたが、これはあくまでもレースの結果なので気にしていません。そもそも、彼が今週末してくれたことを考えれば、僕が順位を譲るのは当然だったのかもしれません」

「でも、僕は5番手に満足しています。こうした素晴らしいスタートが僕たちには必要だったのです。これはチーム・スタッフ全員が頑張った結果であり、これからの2017年シーズンを本当に楽しみにしているところです」

 次戦は琢磨が唯一インディカー・シリーズで優勝した経験を持つロングビーチが舞台。実は、1977年に開催された2回目のF1ロングビーチGPでマイケルの父であるマリオが優勝した経験を有しており、チームにとっては験のいいサーキットでもある。いっぽう、チームはバーバー・モータースポーツ・パークとソノマでテストを実施する予定だ。

written by Marcus Simmons

 
パワープロダクション
ポスカ CM