2011年 今シーズンの最終戦となったラスヴェガスですが、予選16番手からポジションを11番手にまで上げたものの、最初の10ラップ目で、佐藤のすぐ後方で悲惨な多重クラッシュが発生。他のドライバーは大怪我を免れましたが、ダン・ウェルドン選手が犠牲となり、レースは大きな悲しみの中で中止となりました。
今回の事故に対する琢磨の思いと哀悼の意も捧げたレースレポートをお送りいたします。
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悲しすぎる結末
第17戦ラスヴェガス
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「本当に痛ましい出来事でした」 ラスヴェガス・モーター・スピードウェイで開催されたIZODインディカー・シリーズ最終戦でダン・ウェルドンの死亡事故が起きたことについて、佐藤琢磨はそう心中を打ち明けた。「ダンの奥さん、ふたりのお子さん、ご両親、そして家族の方々に心からお悔やみを申し上げます」
「重大な事故であることはわかっていましたし、ダンがマシーンから運び出されたことも知っていましたが、どれくらい深刻な状況かはわかりませんでした。15台が関係する、本当にものすごい事故でした。あたり一面にパーツが散らばり、マシーンは炎に包まれていました。とてもひどい状況で、激しいショックを受けました」
この週末、KVレーシング・テクノロジー-ロータスは好調で、琢磨はポイント争いで13番手となれそうな気配を漂わせていた。なにしろ、琢磨自身は34台中16番グリッドを得ていたものの、チームメイトのトニー・カナーンはポールポジションを勝ち取っていたのだ。
「トニーは最初のプラクティスからずっと調子がよさそうでした」と琢磨。「彼と同じ方向でクルマを仕上げようと思いましたが、満足なスピードを引き出すことはできませんでした。僕たちはクルマを完全にリビルトしていました。前戦のケンタッキーが終わってから、いったんマシーンをバラバラに分解したのです。何が原因だったかを調べるためでしたが、それほどシンプルな問題ではないことがわかりました。そこでチームはフリクションに関係するパーツをすべて組み直し、インディ500並みの大作業を行なうことにしたのです」
「ラスヴェガスはとても速いコースです。バンク角はテキサスより浅めだけれどかなり深く、コーナーの曲率はシカゴ並みに大きいため、クルマのセットアップは比較的容易で、グリップを引き出す必要はあまりありません。クルマの考え方は他のサーキットとだいぶ違って、空力パーツはレギュレーションで認められている範囲内ですべて取り外していきます。しかも、ドラッグを減らせるのであれば、メカニカルグリップを落とすことさえ厭いません」
1.5マイル・レースで200ラップを戦うフォーマットにかすかな不安を覚えながらも、レースで好成績を収めることを琢磨は期待していた。「ツーワイドやスリーワイドがかなりの距離で見られるだろうということがわかっていました。とてもエキサイティングです。でも、それと同時にものすごい集中力とライバルに対する信頼関係も求められることになります」
「僕たちのクルマはトラフィックのなかでは良好なハンドリングだったので、グリッドポジションのことはあまり気になりませんでした。なぜなら、レースではみんなが巨大な集団となって走ることがわかっていたからです」
「問題は、最終戦で少しでもいい成績を残したいと誰もが意気込んでいたことにあります。集団となって走るためにトップチームのアドバンテージは相対的に小さくなり、小さなチームが好成績を収めるための条件が揃っています。このため、どのドライバーもいつも以上に接近し、アグレッシブな走りを見せていました」
「ラスヴェガスのコース自体に問題はありません。問題は、そこをどう走るかという点にありました。この点を心にとどめ、お互いにスペースをしっかりとることが大切だったのです。ここのところ、僕たちはエキサイティングなレースを実現できていたので、ドライバーたちはさらにアグレッシブになり、必要以上に接近して走るようになっていました」
アクシデントは、トップ10を追っていた琢磨の直後で発生した。「本当に恐ろしい光景で、心が痛みました。その後、僕たちは“レースをすべきかどうか”について判断を求められました。そこで状況をすべて見渡し、追悼パレードを行なうことにしました。赤旗のままレースが終わることを望むドライバーはいませんでした。そこでインディ500のグリッドのようにスリーワイドで隊列を組み、ダンを追悼するとともにファンの思いに応えることにしたのです」


